血濡れの鴉
封印の谷へ向かう道の途中、レオンたちは青々とした草原を進んでいた。
穏やかな風が吹き抜ける中、陽光を浴びて輝く草花が風に揺れる。その奥には、かすかに煙突から上る煙が見え、小さな街道の宿場町が地平線の先に姿を現していた。
「そろそろ休憩にしようか」
レオンが振り返ると、リリスが大きく伸びをしながら頷いた。
「賛成! ずっと歩いてるし、ちょっと座りたい!」
「休むのもいいが、油断するな」
マリオンが厳しい口調で言う。その目線は草原の奥を探るようで、何かを警戒しているのが分かった。
「このあたりは、旅人を狙う盗賊や魔物が出ることもある」
「ま、そんなのが出てきても、返り討ちにしてやるさ」
カインが自信ありげに笑う。
レオンたちが宿場町に近づくと、前方に数人の冒険者たちが立ち話をしているのが見えた。
彼らの装備は洗練されており、鋭い目つきをしている。その中の一人は地図を広げ、何かを指し示しながら険しい表情で頷いていた。明らかに熟練した戦士たちだった。
「おや? あれは……」
リリスが小声で呟くと、マリオンが目を細め、低く押し殺した声で言った。
「あの紋章……ブラッドレイヴンか」
「ブラッドレイヴン?」
レオンが問い返すと、マリオンはゆっくりと頷いた。
その紋章は、黒いカラスが羽を広げたようなデザインだ。鎧の表面にはほのかに赤い模様が刻まれ、どこか威圧感を感じさせる。
「最近、急激に名を上げている冒険者パーティだ。戦闘の効率を極限まで突き詰めた連携を見せることで有名だ」
マリオンの言葉を受けて、カインもレオンに目を向け、静かに頷いた。
「へぇ……それはちょっと興味あるかも」
リリスが好奇心を滲ませると、レオンはちらりと彼女を見た。
(でも、そんなに強いパーティが、なんでこんなところに?)
ブラッドレイヴンのような名のある熟練の冒険者パーティと遭遇することは珍しい。しかも、彼らがいつも善意で動くとは限らない──レオンの表情には一瞬の緊張が走った。
レオンの視線の先には、強者特有の圧を放つ男が立っていた。彼は堂々とした態度でレオンたちに歩み寄る。
厚みのある黒光りする鎧には数々の傷跡が刻まれ、年季を感じさせるその外観が、彼が戦場で培った経験を物語っている。彼の歩みに合わせて、重厚な音が静かに響き渡った。
鋭い目つきが周囲を射抜くようで、その表情にはわずかに冷徹さと余裕が入り混じっているようだった。
「やあ、お前たちも封印の谷を目指しているのか?」
陽光に輝く金色の髪を持つ壮年の男が口を開く。その声は落ち着きがありながらも、どこか選民意識を感じさせるものだった。
「俺はヴォルフガング。冒険者パーティ『ブラッドレイヴン』のリーダーだ」
彼の背後にいる仲間たちは、それぞれ異なる武器を構えていた。槍、剣、弓、杖——どの装備も精鋭冒険者のものであることが一目で分かる。彼らの鋭い視線が、静かにこちらを観察しているようだった。
「ブラッドレイヴンか……」
カインが呟く。その瞳には、一瞬の鋭い光が宿っていた。
「最高クラスの相性を持つパーティと聞いている。アプリが導き出した、最も効率的な組み合わせの一つとされているそうだな」
「ほう、俺たちのことを知っているとは光栄だな。」
ヴォルフガングは満足げに頷く。
「アプリの導きに従い、最適なメンバーで構成されたパーティ……それが俺たちブラッドレイヴンだ。」
「だが、アプリの指示通りに動くだけで、本当に最強のパーティになれるのか?」
レオンは静かに問いかけた。
「当然だ」
ヴォルフガングの声は揺るぎない。
「選ばれし者だけが生き残り、導かれる。それが自然の摂理だろう?」
「……選ばれし者?」
リリスが眉をひそめる。
「弱者は淘汰され、強者のみが未来を担う。俺たちは選ばれた側だ。アプリが証明している」
ヴォルフガングの口調には一片の疑いもなかった。その言葉の端々から、彼の揺るぎない信念が滲み出ているようだった。
レオンは彼の言葉に違和感を覚えた。
「アプリの選定基準が絶対とは限らない」
レオンは言う。
「お前たちは、アプリが定めた相性だけを信じているのか?」
「信じるとも」
ヴォルフガングは薄く笑みを浮かべた。
「俺たちは、世界の理に従い、最も合理的な道を進んでいるだけさ」
カインが小さく息を吐き、わずかに肩をすくめた。
「こいつら、完全にアプリを信奉しているな……」
「まるで宗教みたいだね」
リリスがぼそっと呟いた。その瞳には、わずかな嘲りが宿っているようだった。
ヴォルフガングはその言葉に気を留めることなく、話を続ける。
「お前たちも、導かれるべき側ならば、この先で証明できるだろう。封印の谷は試練の場だ。俺たちは、選ばれし者として、それを乗り越える」
「試練の場?」
レオンが問い返す。
「そうだ。俺たちはここに来る前に、封印の谷についての情報を集めていた」
ヴォルフガングは自信満々に語る。
「そこでは真に相応しい者のみが生き残る、厳しい試練が待ち受けているらしい」
「つまり、選別が行われる場所ってこと?」
リリスが顔をしかめる。その表情には、どこか言葉にできない違和感が浮かんでいた。
「そう捉えてもいい」
ヴォルフガングは不敵に笑った。
「俺たちはそこで真の強者のみが選ばれることを確かめに行く」
レオンたちは、ヴォルフガングの言葉に警戒心を抱きながらも、彼らと共に行動を共にすることを決めた。果たして彼らの言う「選別」の真実とは何なのか——
その答えを探るために。