祈りの扉がひらくとき-1
正午が近づき、王都ルミナスの陽光が天頂に向かう頃、空は群青と乳白が溶け合うような色をしており、その中央に、陽の光がほとんど音を立てるように広がっていた。
街の屋根瓦に金の粒が散りばめられ、影は最も短く、まるで地面の祈りすら空へと昇っていくようだった。
レオンたちは、オーケルベーレとともに、システィリア正教の大聖堂の前に立っていた。
荘厳な白い尖塔は、淡く揺れる陽光をまといながら、雲を貫くように空へ伸びている。
その尖塔の外壁には、無数の聖者と天使の彫像が並び、両腕をそろえて天へ向けたその姿は、ただの石ではなく、空の静寂に祈りを編み込む者たちの影のようだった。石造りの壁面は、光の角度によって金の筋と銀の面を交互に描き出し、静かに時刻の軸を動かしていた。
聖堂の前庭には、風が抜けるたびにローブをたなびかせる巡礼者たちがおり、祈りの息づかいが広場全体に薄く、暖かく満ちていた。
鐘楼の小窓には、一羽の鳩が静かに留まり、広場を見下ろしていた。その背後では、聖者たちの彫像が空へ向けた指先で“まだ名づけられていない祈り”を託しているようで、レオンたちは、その光景のなかに、何か大きな物語の入口がひそやかに開かれはじめているのを感じていた。
「こりゃあ、確かに壮観ってやつだねぇ……」
リリスが目を細めた。
「教義も歴史も重い。気軽に踏み入れる場所じゃないな」
エルザが低く呟き、剣の柄にそっと手を添えた。
レオンは手にした封筒を見つめる。それは、“ひとつの決断が封じられた命の書状”のように、掌の中で静かに重さを主張していた。
正教の刻印が押された封には、厳重な封蝋が施されており、封蝋は深紅の色をしている。光の角度によって浮かび上がる紋章は、まさしく“聖印”――システィリア正教の権威、大枢機卿その人の証だった。
レオンたちは、大理石の敷石が広がる大聖堂の正面玄関へと歩を進めた。
空に届かんとする白い尖塔の陰が足元に伸び、陽光の輪郭がゆるやかに揺れている。
玄関前には、重厚な鎧を纏い、槍を手にした衛兵たちが厳然と並んでいた。その目には、鋼の訓練と信仰の誇りが宿っており、通りすがりの者を拒む光が走っていた。
だが、オーケルベーレの姿を認めるや否や、その鋭利さが一瞬でほどけ、礼節の影が宿る。
「……伯爵閣下、お久しゅうございます」
衛兵は深く頭を垂れる。その声には、街と正教と長い歴史を背負う者への敬意が込められていた。
「うむ、久しいな。今日はちょっと特別なお客様を連れてきたのでね」
オーケルベーレが笑みの奥に目配せを送ると、レオンは一歩前へ出て、懐から例の封筒を差し出した。
衛兵はその手元を丁寧に受け取り、指先の所作にもほとんど音を立てなかった。そして封を開け、羊皮紙の中身に目を走らせると、胸元に拳を当てて一礼し、背後の衛兵に控えめな合図を送った。
「こちらへどうぞ。中へご案内いたします。申し訳ありませんが、武器につきましては、こちらでお預かりさせていただきます」
レオンは剣帯を外し、そっと手渡す。カインも無言で杖を差し出すなど、それぞれの武具が衛兵の手の中へと収まっていく。
そして荘厳な扉が、音もなく開き始めた。その動きは、まるで長く閉ざされていた書のページが風にめくられるかのようであり、奥から流れてくる空気は、香油と石の静寂が混ざった、別の時間の匂いを運んできた。
扉の先には、案内役の修道士が待っており、一度礼をすると、無言のまま、レオンたちを先導するように、奥に進んだ。
レオンたちは無言のまま、扉の向こうへと足を踏み出した。
その一歩一歩が、これまでの旅の記憶に薄く層を重ねていく。まるで過去の頁の余白に、新たな物語がひそやかに書き加えられていくようだった。




