この街に、名を遺して-2
応接間の空気が、ひととき柔らかくほどけた。 重ねられた戦史と交渉の香を纏う部屋に、名の話が落ちたことで、 その重圧もわずかに和らいだようだった。
「いえいえ、君たちのためなら大したことないさ。そうそう、君たちのパーティ名である《聖鎧の座標》――この名もすっかり街に定着したねえ。ギルドでも評判だよ。最初聞いたときは仰々しいかと思ったが……意味を聞いて納得したよ」
オーケルベーレは、カイゼル髭の端を指先で弄びながら、いたずらを仕掛ける子どものような目を細めて言う。その声音の底には、戦で磨かれた者だけが持つ“見極め”の色があった。
「“いかなる戦場でも、正確に戦うべき場所に立ち、仲間を守りきる”……だったか。実に君たちらしい命名だ。誰の発案だったのかね?」
問いが空気を滑るように、テーブルを越えて響いた。
「……私です」
手を挙げたのはカインだった。銀糸のような髪が揺れ、金の光を微かに弾く。その青い瞳には張りつめた緊張はなく、それでいて、名に託した思いを簡単に語り捨てない静かな熱が宿っていた。
「“座標”という言葉に、皆がそれぞれの居場所を持って支え合っている……そんな意味を込めたかったんです」
静かな言葉が、ゆるやかに天井へ昇ってゆく。それは実用の定義ではなく、祈りにも似た“在り方”の表明だった。
「ふむ、見事な詩情だ」
オーケルベーレは穏やかに頷き、その目を、ゆるやかにセシリアへと向ける。そして言葉を継いだ。
「特に、君の障壁術は――驚くほどの進化を遂げたね。《聖盾結界》、だったか」
その言葉に、セシリアはふいにうつむいた。頬に宿った紅が、まるで結界の光を映したかのように揺れる。
「……恐縮です」
慎ましく頭を垂れるその姿に、緊張と誇りが同居する気配が宿っていた。
「魔法陣から咲く六角の光、そして全員を包む“盾”のような結界……あれは、もはや術というより“儀礼の美”に近い。しかも、実用性に富み、持続時間も極めて安定している。いやはや、セシリア嬢の障壁術を総じて《聖鎧》と称したのは、実に理にかなっている」
オーケルベーレの声には、戦場を幾度も越えてきた者としての敬意があった。それは単なる称賛ではなく、“使える術”としての評価でもある。
「回復に優れた術士は多くとも、障壁にここまで長けた者は少ない。セシリアの術は、我々パーティの“軸”です」
カインが言ったその一言は、冷静にして端正だった。だがその声の奥には、“信頼”という静かな焔が灯っていた。
「エルザが戦いやすいと何度も言ってたよ」
リリスがフォローを入れるように言いながら、その口元にはほんの少し、からかいではない“後押しの笑み”が宿っていた。
エルザはその視線を受け止めるように頷く。言葉は少なかったが、その表情には確かな実感があった。
「確かに、あの結界があると、こちらの動きに集中できる。特に接近戦では、頼りにしてる」
飾らぬ声音。だがそれは、幾度もの実戦を共に越えてきた者にしか贈れない、選び抜かれた肯定だった。
「……ありがとう、ございます」
ぽつりと落ちたセシリアの声は、あまりにも静かで、それゆえに沁み渡る。言葉がわずかに震えていたのは、嬉しさよりも、“認められた”という実感に触れてしまったためかもしれない。
そのときオーケルベーレの口元が、ふわりと緩んだ。その笑みには、若き者たちの結び目を見る者の静かな誇りが宿っていた。




