表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マッチングアプリで最強パーティを作った結果!!!  作者: MMM
領都イェブール・王都編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

178/401

この街に、名を遺して-1

 レオンたちは、オーケルベーレの屋敷の門をくぐった。 扉の内側には、外の光よりもわずかに温度の低い空気が満ち、長く磨かれた石床が靴音をやわらかく受け止めている。

 石階段を上がり、玄関扉が開かれる。内側は、昼間の陽を拒んだまま、厳粛な薄明かりに満たされていた。案内役の足音が控えめに先導し、レオンたちはひとつの空間へと導かれていく。


 応接間。それは、あらゆる言葉が“駒”になる場。

 レオンたちが立ち止まった先、重厚な二枚扉が静かに開かれた。磨き上げられた黒檀の板に、流麗な金の象嵌がささやかに光を返す。鋳鉄の蝶番ちょうつがいが短く、しかし確かに鳴った。それはただの金属音ではない。まるでこの屋敷そのものが、言葉なき問いを開いたようだった。

 その奥から、漆黒の靴音が厚く織られた絨毯の上にゆるやかに踏みしめられる。

 沈んだ色彩の中で、それはかすかなリズムとなり、あたかも空気の密度を測りながら音を運んでいた。 揺れぬ姿勢。計算された間合い。そこに立つ人物の存在は、まるでこの空間にとって“最初の答え”であるかのようだった。


 応接間の扉が静かに閉じられたとき、空気にはひときわ濃い静けさが宿った。ランプの光が壁の金彩をかすかに照らし、室内の空気をゆるやかに巡る香が、訪問者を迎え入れる“無言の手”のように漂っていた。

 その静寂を破ったのは、朗らかに空間を横切る声。

「おお、来たね。さあ、掛けたまえ。……ん?この香り、セシリア嬢が選んだのかな?なかなか趣味がいい」

 明るさと余裕を帯びた口調だった。だがその“軽さ”は、熟考を重ねた者にしかまとえぬもの。

 声の主はメルセドーラ辺境伯、オーケルベーレ。この街の顔にして、数多の戦と駆け引きをくぐり抜けてきた老獪な貴族。

 陽光を吸い込むような深緑の上衣に、金のチェーンをあしらい、そのたたずまいは絢爛けんらんを避けながらも、“権威”そのものが歩いていると錯覚させる風格を備えていた。

 言葉には笑みが混じるが、目元だけは涼やかに揺るがない。まるで声は陽光で、視線は影――そんな対極の二重奏。背後に控える老執事もまた、館そのものの記憶をまとうかのように静かな存在感を放つ。

 すべてが過不足なく整えられた空間の中、レオンたちは、今回もオーケルベーレの言葉の先にある“真意”の気配を読み取ろうとしていた。


「伯爵、今日はお時間をいただきありがとうございます」

 その言葉は、空間の張りつめた静けさにすっと入り込み、まるで濃いインクが水面に一滴落ちたように、応接間の空気をゆるやかに変える“起点”となった。

 レオンは礼を述べると、仲間たちへと静かに目配せし、その所作しょさはまるで、言葉にならぬ結束を確かめ合う儀式のようだった。そしてゆっくりと肘掛け椅子へと腰を下ろす。硬さを感じさせないその動きには、疲労でも油断でもなく、「ここで交わす言葉に意味が宿る」と知る者の慎重さがにじんでいた。

 窓の向こうには、赤く染まりかけた空が、イェブールの屋根という屋根に沈みゆく夕の記憶を落としていた。瓦の輪郭が炎の余韻を帯び、遠くの尖塔にさえ影が浮かぶ。

 壁際の棚には、琥珀色の蒸留酒が静かに並ぶ。ラベルの筆致も瓶の縁も、すべてが“選び抜かれたもの”のたたずまいをしており、香と記憶を封じ込めたガラスの群れが、この館の主の趣味と“忘れぬための備え”を語っていた。

 中央の楕円形のテーブルは、磨かれた木目が灯りを柔らかくね、その存在だけで「ここはただの談話の場ではない」と告げていた。数多の決断と、名前を持たぬ策謀が交わされてきた場所――政治の影も軍事の火も、ここから生まれ、街の呼吸を変えてきたのだろう。

 そして今また、その席に、ひとつの別れと始まりを携えた者たちが座ろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ