羽根の休息、そして風の兆し-2
屋敷の応接間に静かな時間が流れていた。 食器の音も止まり、空気はランプの明かりに溶けるように、柔らかく澄んでいる。 そんな中で、カインがふと声を落とすように口を開いた。
「なあ、これからどうする?」
スプーンの音に代わって、言葉が落ちた。その問いは単なる予定確認ではなく、次に進むべき“道筋”を見失わせないための焚き火のような声だった。
「月時計の神殿跡の後、結局今までアプリは反応しなかったから。そろそろ次の手が必要だろ」
誰もがはあの遺構の出来事を思い出す。リオたちと出会い、学んだこと。あれは終点ではなく、次への道につながる何かだったはずだ。
「オーケルベーレの動き次第かしらね」
リリスが椅子にもたれながら答える。その瞳はどこか遠くを見ていた。オーケルベーレがその手に握る“線”のひとつが、今まさに何処に向かって延ばされようとしているのか、リリスは嗅いでいた。
「それと……帝国の方も、そろそろ怪しい動きを見せ始めてる」
エルザが静かに言ったその言葉には、焔に手をかざすような慎重さと、刃の上を読む者だけが持つ“緊張の質”があった。
その瞬間、誰もが黙り込んだ。
カップを置く音ひとつも響かない静寂。シィグルダ帝国――この地の背後に寄り添い続ける、影のような大国の名が落とされたからだ。表には現れず、けれど確かに“現実”を傾かせる力を持つ存在。誰かが踏み入れれば波紋が起こる。誰かが黙ればそれもまた策となる。
明日が動く気配がした。それは風ではなかった。静かに立ち上がる、政治と謀の気流だった。
応接間を照らすランプの灯りが、少し揺れた。それは風でも声でもない。ただ、決意という名の鼓動がこの場にひとつ落ちたからだった。
「でも、私たちはやれることをやるだけです」
セシリアの言葉は穏やかだった。けれどその柔らかさは、受け身ではない。祈りと意志が織り交ざった、戦う者たちの“静かな宣言”だった。
誰も言葉を重ねなかった。ただそれぞれの胸の奥で、その言葉が何かを照らしていた。リリスは微笑み、カインはまぶたを伏せ、エルザは小さく息を吐いた。そして、レオンが手元に残された一通の手紙を見つめる。
あの小さな筆跡を、もう一度だけ目でなぞり、レオンはゆっくりと立ち上がった。
「……動こう。次の任務は、自分たちで選ぶ」
その声には、無言の誓約が宿っていた。誰かに命じられるのでもなく、誰かの憧れに応えるのでもなく、自分たち自身の歩幅で選び取る未来を刻むために。
ひとり、またひとりと椅子が軋む。誰も戸惑わなかった。燃えるような決意ではない。けれどそれは、揺るがぬ翼の律動。
小鳥たちは、空へ。嵐を越えたその羽根は、まだ少し濡れている。それでも――
剣を携えた者たちは、新たなる戦場へと歩み始めた。それは宿命に背を向けることではなく、自らの意志で“戦う意味”を選びにゆく者たちの旅立ちだった。




