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マッチングアプリで最強パーティを作った結果!!!  作者: MMM
領都イェブール・王都編

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"英雄"たちの始まりではない帰還-1

 ゾアの死骸は、空洞のような音を残して奥の岩影に崩れ落ちていた。それは獣の最期にして、洞窟そのものの“呪い”がほどける音でもあった。

 咆哮の余韻は壁の奥に吸い込まれ、瘴気に染められていた空気が、ゆっくりと澄みに還っていく。毒の蒸気が霧散し、肌をいた熱気さえ、まるで遠い夢の残り香のように引いていった。

 だが、空気が澄んでも、視界が明るくなっても、《小鳥の矢筒》の四人はその場から動けなかった。


 カレンは地に膝をつき、荒い息を吐いたまま、まだ剣を握っている。その刃には血が乾き、けれど手だけが、未来にまだ追いついていなかった。

 リオットは壁にもたれ、脇腹の傷の上に浅く手を置いて目を閉じていた。痛みはまだ続くのに、その胸の奥では“生き残った”という実感だけがふいに浮いていた。

 ネリーはカレンの背に手を伸ばしかけて、ふとその手を止める。何かを触れるには、まだあまりにも、終わったばかりだった。

 テッサは肩を震わせながらも、遠くに転がった盾を見つめていた。その瞳に宿るのは安堵ではない。“なんとか生き残った”という静かな安堵と、それでも守れたかという問いだけが、奥底でうごめいていた。

 衣は裂け、傷は滲み、頬は蒼白に染まっていた。けれど確かに、《小鳥の矢筒》はこの死地を越えた。

 その静けさの中にあったのは、歓喜ではなく、生還の余白だった。たしかにそこに“生きている”という鼓動だけが、静かに、等しく打ち鳴らされていた。


 岩壁から滴る水音が、静かに時を刻む。

「……ありがとう、ございます」

 最初に頭を下げたのは、カレンだった。声は震えていた。それでも、言葉の芯はしっかりと立っていた。細い肩がこらえきれずに揺れていたが、彼女の背筋は、まるで鎧を着込んだ騎士のように、凛としていた。

 その姿に、レオンは一歩だけ間を置いてうなずいた。

「無事でよかった」

 ただそれだけを言い、レオンはようやく肩の力をほどく。緊張が抜けたその姿は、まるで戦場の風がようやくいだかのようだった。レオンの背に揺れる剣と深海の静けさを宿したかのような藍の旅装が、風に撫でられ、静かに鳴った。

 光が天井の割れ目から差し込み、土と血にまみれたその場を、どこか柔らかな色に染めていく。それは勝利の光ではなかった。“まだ歩ける”という証明のような、名もなき光だった。


 リオットは、セシリアの結界の光に包まれながら、岩壁にもたれかかっていた。胸から右脇腹にかけて、ゾアの爪が引き裂いた痕が赤黒く残っている。獣の一撃は、まるで“鋭利な断罪”のように肉を裂き、呼吸のたびに痛みが骨を叩いた。だが今、その傷は、柔らかな光の息吹に覆われていた。

 エルザがリオットをそっと支える。戦場では剣を舞わせたその手で、今は傷ついた仲間の肩を静かに抱いている。その腕は余計な力も言葉も持たなかった。ただ“そこに在る”という確かさが、リオットの身体を支えていた。

 セシリアが小さく息を吸い、祈りの調べを紡ぐように詠唱を続けていた。彼女の結界はなお揺らめき、空間に“守られている”という実感をもたらしていた。

「……筋肉が深く裂かれているけど、臓器には達していないわ。回復すれば、また動けるようになる」

 その声には、確信があった。痛みも損傷もすべて知った上で、“戻る未来”を語る者の声だった。

 リオットは、ようやく目を開ける。血の気が少し戻った頬に、微かな笑みが浮かんだ。

「……よかった」

 その言葉は小さかったが、まるで矢羽のように、真っ直ぐでぶれることがなかった。リオットの胸に灯ったのは安堵だけではなく、“もう一度、誰かを守れる”という約束の証だった。


 ネリーはまだ、ぷいと顔を背けたまま腕を組んでいた。唇をとがらせ、眉間には深いしわ。けれどその頬の赤みと、肩のわずかな震えが、本当は怒っているのではなく、恐怖と悔しさをどうにか飲み込もうとしている証だった。

 胸の奥に溜まったものは、言葉にもならず。ただ目の前にいたはずの友が崩れ落ちたあの一瞬が、まだ記憶の奥で炎のように揺れていた。

 そんなネリーを、カインがちらと横目で見やる。その瞳は、まるで予報を言い当てた魔導士のように静かで、ふっと唇だけが皮肉げに持ち上がった。

「次からは、もうちょっと慎重に戦うといい。無茶な突撃は、死を早める」

 その声は軽く、けれど芯を外さない。ネリーの耳元に落ちたその言葉は、氷水のように冷たくて、なのに何かを整える力を帯びていた。

「うるさいわね! わかってるわよ!」

 声を荒げた。とがった言葉の裏に、敵に噛みつけなかった自分がいるのを知っているから。返す声が震えたのは、怒りのせいではない。

 不意にネリーの涙がこぼれた。もうずっと前から溢れそうだったのに、ようやく“外”に出る許可をもらったかのように。それは叫びでも叫びきれなかったもの。誰かが傷つき、誰かが倒れたあの戦場に、ネリーの小さな胸に刻まれた“無力”という名の棘が、まだうずいていた。

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