旅立ちの準備とギルドとの別れ
王都の朝は活気に満ちていた。市場の喧騒、職人たちの金槌の音、焼きたてのパンの香り、そして冒険者ギルドから響く笑い声と剣の音。目を引く店先には色とりどりの果物が並び、人々が行き交う賑やかな光景が広がる。
そんな賑わいの中、レオンたちはギルドの一角で出発の準備を進めていた。リリスは装備を確認し、カインは地図を見つめながら呟いている。
「まったく、ギルドが正式に支援してくれないとはな。こんなこと、ひどいんじゃない?」
リリスが不満げに腕を組む。彼女の隣で、セシリアが落ち着いた口調で答えた。
「ギルドとしても立場があるのでしょう。『アプリの調査』は公には認められていない活動ですから」
「でも、エドモンドが『影ながら支援する』って言ってたのになあ」
レオンが呟くと、ちょうどギルドの奥から副ギルドマスターであるエドモンドが姿を現した。彼の鋭い眼光がレオンたちを見渡し、静かに口を開く。
「お前たちの決意は理解している。ただ、ギルド全体を巻き込むわけにはいかない。だが……個人的な支援なら、できる範囲で手を貸そう」
そう言って、エドモンドは旅に必要な資金が入った小さな革袋を手渡した。その袋は革が厚く丈夫で、冒険に耐えうるような作りだった。
「これは……?」
「最低限の道具だ。役に立つはずだ」
レオンが受け取ると、エドモンドはさらに、小型の折り畳み式の地図を差し出した。王都から封印の谷に至るまでの詳細なルートが示されている。地図の端には警告の印があり、危険な地域が赤い線で注意深くマークされていた。
「この地図には、封印の谷周辺の地形や、過去に冒険者が通ったルートの記録がある。お前たちの足跡を隠す手助けになるかもしれん」
「これは助かる……」
カインが丁寧に頭を下げる。その横でリリスが袋の中身の金貨がこぼれそうになるのを手で押さえながら、ニヤリと笑った。
「へぇ、結構いいものが入ってるじゃない。さすが副ギルドマスター、抜かりないね」
「……気をつけろよ」
エドモンドの声は静かだったが、その眼差しは深い意味を孕んでいた。
ギルドマスターのガラハッドもまた、別れを惜しむようにレオンたちを見つめていた。
「お前たちの選択に口を挟むつもりはない。ただ、無茶はするな。ゼルヴァ王国の遺跡はただの歴史的な遺産ではない……何が眠っているかわからんのだからな」
「はい、肝に銘じます」
レオンは力強く頷いた。
ガラハッドはしばらくレオンたちを見つめた後、静かにため息をついた。その眼差しには、若者たちの純粋な決意に微かな感銘が浮かんでいるようだった。
「……お前たちのような若い冒険者が、なぜこんな危険な道を選ばねばならんのか……」
「世界の仕組みがそうなっているなら、俺たちが変えるしかないんですよ」
レオンの言葉に、ガラハッドは目を細めた。そして、何かを決意したようにギルドの奥へ向かい、小さな金属製のバッジを持って戻ってきた。そのバッジには獅子の紋章が彫られ、見る者にギルドの威厳を感じさせるものだった。
「これは?」
「ギルドの古参冒険者にだけ渡される識別章だ。何かあったときに、ギルドの者に見せれば、最低限の便宜は図ってもらえるはずだ」
「……ありがとうございます」
レオンがそれを受け取ると、ガラハッドは深く頷いた。
レオンたちは、ギルドを後にした。外の世界へ足を踏み出す瞬間、リリスが振り返ってギルドを見上げた。
「……戻ってきたときには、また堂々とここを利用できるようになってるといいな」
リリスは一瞬笑みを浮かべた後、真剣な眼差しでギルドを見上げた。
「そのためにも、まずは封印の谷で手がかりを得ないとな」
レオンが前を向き、一歩を踏み出す。
王都の門をくぐると、先ほどまでの喧騒が嘘のように静かになった。門の向こうには薄曇りの空が広がり、冷たい風が彼らを出迎えた。
これから進む道には、どんな試練が待ち受けているのか。誰も答えを持たないまま、それでも彼らは歩みを止めなかった。
こうして、レオンたちの新たな旅が始まった。