仲間の帰還と封印の谷への決意
翌朝、レオンたちは宿を出発し、ギルドへと向かっていた。
朝の静かな街並みは、まだ人影もまばらで、微かな風が通り抜ける音だけが耳に残る。彼らの足音が石畳に響き渡り、静けさを際立たせていた。
「“封印の谷”か……名前からして、ろくな場所じゃなさそうだね」
リリスはわずかに眉をひそめ、ため息混じりに言った。
「ゼルヴァ王国の遺産に関する手がかりがそこにあるのは確実よ。でも、ただの遺跡じゃない。危険な魔物や罠もあるかもしれない」
カインが冷静に補足する。
「だからこそ、慎重に準備しないといけないわ」
セシリアが真剣な表情で頷き、手元の鞄を少し引き寄せた。
「それに、ギルドの支援は受けられないんだろ?」
レオンが眉をひそめると、リリスが苦笑いしながら肩をすくめた。
「まあね。でも、エドモンドがそれとなく協力してくれてるみたいだし、完全に孤立してるわけじゃないわ」
レオンは、ギルドは表立って支援することはできないものの、情報収集や装備の調達に関しては手を回してくれると約束していたのを思い返し、少しだけ安堵を覚えた。
ギルドの前に到着したそのとき——
「久しぶりね、みんな」
朝日がギルドの建物を淡く照らす中、静けさを破るように響く声に、レオンたちは、一斉に振り向いた。
「……エルザ!?」
そこには、見慣れた赤髪をなびかせた戦士——エルザ・ヴァレンタインが立っていた。その堂々とした姿には、どこか以前よりも重みのあるオーラが漂っていた。
驚きと安堵が入り混じる中、レオンたちはエルザに駆け寄った。
「エルザ! 無事だったのね!」
セシリアが嬉しそうに声を上げる。
「当たり前でしょ。私を誰だと思ってるの?」
エルザは自信たっぷりに笑ったが、その瞳には以前とは違う鋭さが宿っていた。
「……話があるの。聞いてくれる?」
エルザの表情が真剣なものに変わると、レオンたちもそれに応じて頷いた。
レオンたちは、宿の個室に場所を移した。
部屋の中はまだ薄暗く、窓の外から差し込む柔らかな朝の光が机をかすかに照らしている。古びた家具の木目が小さな歴史を語り、微かに漂う埃の匂いが、ここで過ごす時間の静けさを際立たせていた。
「私は、自分の気持ちを整理するために一人で動いていたわ。でも、その途中で奇妙な噂を聞いたの」
エルザの静かな声には、わずかな緊張と興奮が滲んでいるようだった。
「奇妙な噂?」
カインが首を傾げる。
「“ゼルヴァ王国の遺産を狙う者たちが動いている”って話よ」
「……!」
レオンたちは息をのんだ。
「ある場所で、封印の谷に詳しい学者に出会ったの。その人は、ゼルヴァ王国の技術や歴史を専門に調査している方だったわ」
「封印の谷に詳しい学者……?」
セシリアが驚いたように繰り返した。その声には、興味と疑念が入り混じっていた。
「そう。その人によると、ゼルヴァ王国の遺産が“封印の谷”に眠っている可能性が高い。それに、選別機能の存在を示唆する古文書の一部を発見したらしいの」
「それなら、私たちが得た情報と一致するわね」
セシリアが静かに頷きながら言った。
「ええ。そしてもう一つ、重要なことが分かったの」
エルザは一瞬視線を落とし、再び鋭い目でレオンたちを見据えた。
「この“マッチング・アドベンチャー”……本当に、適性診断だけのものだと思う?」
「……どういうことだ?」
レオンが眉をひそめる。
「このアプリには“選別機能”があることはすでに分かっている。でも、それだけじゃないのよ」
「……まさか」
カインが息をのむ。
「その人によると、アプリの目的は単に適性の高い者を組み合わせるだけではなく、アプリは“次の世界”を作るために、特定の人間を導いているかもしれないって話なの」
「次の世界……?」
レオンが困惑した表情で繰り返した。
「“選ばれた者だけが生き残る世界”……その準備を、アプリがしているのかもしれない」
エルザの言葉が、静まり返った部屋の空気を凍りつかせた。
「そんな……まるで、人間を選別しているみたいじゃない」
セシリアが信じられないというように呟く。その声にはわずかな震えがあった。
「ええ。そして、その人によると、封印の谷に行けば、選別機能の核心に迫る手がかりがあるかもしれないの」
「封印の谷……」
「アプリとゼルヴァ王国の技術を解明する鍵が、そこにある可能性が高い。だから、次はその学者と一緒に、封印の谷に行こうと思うの」
リリスが腕を組みながら唸る。
「なるほどねぇ。そこまで私たちの情報とつながるなら、行く価値はありそうだね」
「でも、封印の谷が無事とは限らないわ」
カインが険しい表情で頷いた。
「確かに、王国の遺産を狙う連中がすでに動いているなら、向こうで待ち伏せされる可能性もある……」
セシリアが静かに言葉を繋ぐ。その瞳にはわずかな緊張が浮かんでいた。
「そうね。ただし、封印の谷の状況も、決して安全とは言えないわ」
「……そこに行けば、すべてが分かるのか?」
レオンが真剣な表情で問う。
「まだ分からないわ。でも、これ以上、アプリに操られるつもりはない」
エルザの声には、迷いのない強い意志が滲んでいた。
「だったら、行くしかないわね」
リリスが微笑みながら言った。その視線はすでに次の冒険を見据えているようだった。
「みんな、準備はいいか?」
レオンが仲間たちを見渡すと、力強い声が返ってきた。
「もちろん!」
エルザを加え、再び最強のパーティが揃った。
「封印の谷へ向かうわよ!」
エルザの言葉に、一同の表情が引き締まる。朝日が窓の外から差し込み、彼らの影を長く伸ばしていた。
彼らは新たな目的地を定め、次なる冒険に向けて動き出すのだった。