選別の影と見えない監視者
ギルドへと戻ったレオンたちは、すぐにガラハッドの執務室へ向かった。
「何があった?詳細を全て伝えろ」
ギルドマスターのガラハッドが鋭い視線を向ける。その瞳には鋭くも重々しい緊迫感が宿っていた。
「地下書庫で奇襲を受けました。ゼルヴァ王国の秘密を探ろうとした途端、正体不明の刺客たちが襲い掛かってきました」
レオンが報告すると、ガラハッドは眉をひそめ、深く息をついて視線を鋭く戻した。
「……やはり、何者かがこの情報を隠そうとしているか」
エドモンドが腕を組み、視線をわずかに落としながら思案に沈む。その声には沈んだ思慮とわずかな苛立ちが滲んでいた。
「ギルドの者ではなかったのか?」
エドモンドが問う言葉に、レオンは重い表情で答える。
「いいえ、彼らはゼルヴァ王国の意思を継ぐ者だと名乗っていました」
その言葉が放たれると、その場の空気は重く、まるで部屋の灯りが一瞬だけ揺らいだかのような気配が漂った。
「ゼルヴァ王国の意思……。つまり、滅びた王国の遺産を守ろうとしている勢力が、今もなお活動しているということか」
ガラハッドは深く息を吐き、その瞳には状況を見極めようとする鋭さが宿っていた。
「それだけではありません。」
レオンの声が少し低くなる。
「『マッチング・アドベンチャー』には、本来の適性診断機能の他に、“選別機能”が存在していた可能性があります」
「選別機能?」
エドモンドが目を細め、興味と警戒を滲ませながら問いかける。
「アプリは、ただ相性の良い者同士を繋ぐだけではなく、何か別の基準で人々を選んでいたのではないか……」
カインが調査した書物を広げながら説明する。その古びたページは薄く変色し、かすかなインクの匂いが漂っていた。
「血統・能力・魔力適性など、個人の要素だけでなく、組み合わせによる“未知の可能性”を測っていたのかもしれません」
カインの指がページをなぞりながら続ける。
「その証拠として、過去にこのアプリを利用していた相性の非常に高いパーティの一部が次々と消えていった、という記録があります」
「消えた……? それは、死亡したのか?」
ガラハッドが険しい表情で問いかける。
「それは不明です。ただ、突然行方不明になり、二度と戻らなかった者が多くいるようです」
セシリアが記録を確認しながら続けた。その声にはどこか冷たく硬い響きがあった。
「つまり、このアプリを使うことで“選ばれた者”がどこかへ連れていかれている可能性がある、と?」
エドモンドが低く呟き、その言葉が室内の空気をさらに重くする。
「その可能性が高いです。そして、もしそうなら、俺たちもその“選ばれた者”の候補になっているのかもしれません」
レオンの言葉に、一同が凍りつく。彼の拳は、気付かぬうちに固く握りしめられていた。
ガラハッドは腕を組み、低く息を吐いた。
「それは、どういうことだ?」
「『選別機能』が動作していたのなら、俺たちが相性100%のパーティとしてマッチングされたこと自体、何か意図があるのかもしれません」
レオンが慎重に言葉を選びながら答えた。
「……なるほどな。」
ガラハッドがゆっくりと頷き、その場に重々しい空気が漂う。
「しかし、そうなると、敵はなぜお前たちを殺そうとした? 『選別』するなら、生かしておくのではないのか?」
「それが謎よね」
リリスは軽く眉をひそめながら肩をすくめる。
「もしかすると、私たちは“選別”の基準を満たしていないのか、それとも、秘密を知りすぎたから排除しようとしたのかなぁ……」
「……いずれにせよ、敵対勢力がいることは確実だ」
ガラハッドが言い切りながらも、わずかに重い息を吐いた。その表情には、リーダーとしての覚悟と背負う責任の重圧が浮かんでいた。
「ギルドとしても、これ以上放ってはおけない」
「なら、ギルドの力を借りて調査を進められるのか?」
レオンが期待を込め、一歩前に出ながら尋ねる。その瞳には微かな希望が宿っていた。
「それが難しい……」
ガラハッドが首を振る。その動きには確固たる現実が込められていた。
「ゼルヴァ王国に関する話は、古い貴族や政治家たちにとっても触れたくない禁忌だ。誰もがその話題を避けてきた。下手に動けば、ギルドの立場すら危うくなる」
「ですが……!」
レオンは食い下がるように一歩前に詰め、拳を握りしめた。その苛立ちは、期待が裏切られたことへの感情と使命感が入り混じっていた。
そのとき、エドモンドが口を開いた。
「正式な支援は難しいが……何か方法があるはずだ」
「エドモンド?」
ガラハッドが彼をじっと見つめる。
「ギルドとして正式に動くのが難しいのなら、レオンたちに個人的な協力を申し出るのは問題ないはずです」
「……ふむ」
ガラハッドは腕を組み、視線を落としながらしばし沈黙する。その間には、リーダーとしての責任感と計算が複雑に絡み合っているようだった。
「わかった。正式な支援はできないが、私の名の下に、最低限の情報と資源の提供は認める」
ガラハッドの言葉に、緊張していた場の空気が少しだけ和らぐ。
「ありがとうございます!」
レオンたちは深く頭を下げ、感謝の言葉を口にした。その声には安堵と新たな希望の光が滲んでいた。
そのとき、レオンの端末が微かに振動した。
「……何だ?」
レオンはスマートリングのディスプレイを確認した。
【アクセス試行履歴あり】
画面上のキャラクターは、少し困惑した様子でふわふわの耳をピクッと動かし、大きな瞳をキョロキョロと周囲に向ける。杖を軽く振り、先端からふわっと星屑のエフェクトが広がった。
「ん~?誰のアクセスだろう?ちょっと分からないみたい!」
不思議そうに首をかしげる仕草とともに、頭のピンク色のリボンがちょこんと揺れる。
「何かあったの?」
リリスが覗き込む。
「俺のアカウントに、何者かがアクセスを試みた形跡がある……。これまで一度もこんな警告が出たことはなかったのに……」
その言葉に、カインが鋭く反応した。
「つまり、私たちの行動を誰かが監視している可能性がある、ということね」
「間違いないな」
ガラハッドが険しい表情で頷く。
「となると、敵は既にお前たちの動きを把握している可能性が高い。慎重に行動しろ」
「……ああ」
レオンはスマートリングを握りしめ、冷たい感触にわずかな苛立ちと決意を滲ませた。
これで確信した。
自分たちは、もう単なる冒険者ではなく、何か大きな陰謀に巻き込まれているのだと。