孤独な冒険者と怪しいアプリ
人は誰しも、誰かとつながりたい。
だが、冒険者という生き方は孤独だ。信頼できる仲間を見つけられなければ、命を落とすこともある。だからこそ、誰もが理想のパーティを求めてさまよう。 俺もその一人だった。
「はあ……今日もソロか」
酒場の隅で、木製のジョッキを片手にぼやく。
黄金色のエールが喉を潤すが、気分は晴れない。賑やかな笑い声や乾杯の音が耳に届くたび、俺の席だけが取り残されたように感じる。
俺の名前はレオン・アーデル。世間的には一人前と言ってもよいCランクの冒険者だ。
剣と魔法を扱うバランス型で、パーティの補助役としてはそこそこ優秀……なはずだった。それなのに、俺はいつも一人だった。
何度かパーティを組んだことはある。
だが、「戦闘中に癖が合わない」「報酬の分配で揉める」──そんな些細な問題が積み重なり、結局は解散してしまう。ある時は戦士の横暴に振り回され、またある時は魔法使いと言い争った。
ひどい時には、強敵を前に相手に剣を振り抜いた瞬間に、背中を預けたはずの盾役が逃げ出した。敵の爪が俺のすぐ目前に迫る中、背後で聞こえるはずの盾の金属音が消えたときの絶望……。それを、俺は今でも忘れられない。
そして期待を裏切られるたびに、次第に俺は期待すること自体が怖くなっていった。
「おい、レオン。お前、そろそろパーティ組まねえのか?」
そう声をかけてきたのは、ベテラン冒険者のグラハムだった。大柄で筋骨隆々、腕の傷跡が歴戦の証だ。
「組めるなら組みたいですよ。でも、相性が合わなくて……」
「はっ、今時はアプリでパーティ探す時代だぞ?」
「……は?」
何を言っているんだ、このオッサンは。
俺の表情を見て、グラハムはニヤリと笑う。
「『マッチング・アドベンチャー』ってアプリがあるんだよ。スキルや性格を入力すれば、相性のいい仲間を自動で組んでくれるらしいぜ」
「……それ、婚活アプリじゃないんですか?」
「まあ、似たようなもんだろ。相性がいいってことは、協力しやすいってことだ。最近は若い奴らが結構使ってるらしいぜ」
俺は半信半疑だったが、興味がないわけではなかった。
どうせこのままじゃ、一生ソロのままだ。
「ちょっと試してみますかね」
そう言って、俺は『マッチング・アドベンチャー』をダウンロードした。
俺は、ダウンロードを終えて『マッチング・アドベンチャー』を起動させると、画面には『理想の仲間を探そう!』という文字が踊る。その文字の隣には、ふわふわの耳と大きな瞳を持つかわいらしいキャラクターが表示されていた。
その体型は小さなぬいぐるみのように丸みを帯びており、毛並みは柔らかそうなパステルカラーのブルーとホワイトが基調。両手を元気よく振りながら、にっこりと笑顔を見せている。
大きなピンク色のリボンを頭に結んでおり、動くたびにちょこんと揺れる。その手には、小さな魔法の杖を持っていて、杖の先がほんのりと光りながらキラキラした星屑のエフェクトを撒き散らしている。
キャラクターは時折小さくジャンプしながら、元気よく両手を振っている。ふわっと浮かび上がるように動き、画面いっぱいに親しみやすい雰囲気を広げていた。
「一緒に最高の仲間を探しましょう!」という吹き出しも添えられており、その無邪気な仕草や明るい雰囲気に、俺は少し肩の力が抜けてしまった。
これが俺の孤独を変える一歩になるのか──少なくとも、期待してみる価値はあるかもしれない。
「ええっと……スキル、剣技Lv4、炎魔法Lv3、補助魔法Lv2……」
アプリの指示に従い、自分の情報を入力していく。
性格診断や戦闘スタイルの傾向まで細かく聞かれるが、意外と悪くない。「戦闘中、仲間がピンチのとき、あなたはどうする?」といった質問も出てきて、少し考え込む場面もあった。
診断の結果、俺の戦闘スタイルは「柔軟なサポート型」と分析された。妙に当たっているようで、少しだけ感心する。
最後に、「相性重視」か「戦闘能力重視」かを選ぶ画面が出てきた。 画面は柔らかな青いグラデーションに包まれていて、選択肢を囲む金色の枠が穏やかに光っている。
俺は迷わず「相性重視」にチェックを入れる。 効率や強さよりも、俺が本当に欲しいのは信頼できる仲間だ。 迷うまでもない。
「俺は、信頼できる仲間が欲しいんだ」
【適性パーティ検索中……】
数秒後、画面に四人の名前が表示された。
【相性100%のパーティが見つかりました!】
「マジか……?」
半信半疑で詳細を開く。
画面には、各メンバーのアイコンが整然と並んでいる。背景には煌めく星屑が流れ、レア度を示す『SSR』や『相性100%』の文字が金色に輝きながら次々と表示される。
この「SSR」というのは、特に希少で実力が高いパーティ構成であることを示している。ゲームやアプリの世界で使われる表現らしいが、要するに「最高ランクに近い特別な相性」ということだ。
【前衛】戦士:エルザ・ヴァレンタイン(女)
【後衛】魔法使い:カイン・ローエル(女)
【支援】神官:セシリア・アルトワ(女)
【機動】盗賊:リリス・フォーチュナ(女)
剣を構えるエルザの力強い姿のアイコンは凛々しく、背景に広がる砂漠の荒野が彼女の剛腕戦士としての過酷な経歴を物語っている。リリスの跳び回るポーズのアイコンは、俊敏さと大胆さを兼ね備えた盗賊の特徴を見事に表現し、アイコン背景には深い森が描かれていた。
全員が、俺との相性100%と表示されていた。しかも、どのメンバーも実力者ばかりだった。
『前衛』のエルザは、剛腕で知られる防御の名手らしい。
『後衛』のカインは戦場を駆け回りながら、強力な魔法で敵を制圧するタイプだ。
『支援』のセシリアは、負傷者を瞬時に治癒する神官として定評がある。
そして『機動』のリリスは、俊敏な動きと鋭い洞察力を併せ持つ盗賊だった。
「……え、本当に?」
こんなパーティ、本当に夢みたいな話だ。
期待と不安が胸の中で交差する中、俺は意を決して『マッチングリクエスト送信』ボタンを押す。
──数秒後。
【パーティ承認完了】の文字が画面に浮かび上がった。
直後、アプリ内のチャット機能が起動する。
『初めまして!あなたがレオンさんですね?』
最初に話しかけてきたのは戦士のエルザだった。その丁寧な言葉遣いから、落ち着いた性格が伝わってくる。
『いやー、これも縁ってやつか! よろしくね!』
盗賊のリリスの軽快な一言が、まるで画面越しに弾むようだ。
『ふむ……君がこのパーティの最後のピースか』
魔法使いのカインがクールに呟く。その一言がどこか頼もしさを感じさせる。
『ええ、素敵な出会いですね。よろしくお願いします』
神官のセシリアが微笑むような穏やかな言葉を送ってきた。
まさか、本当にすぐにパーティが組めるなんて。
「……明日、試しに狩りに行きませんか?」
俺の提案に、全員が即答で「いいね!」と返してきた。
こうして、俺は『相性100%の最強パーティ』と出会ったのだった。
だが、この時はまだ知らなかった。
このアプリには、『ある秘密』が隠されていることを──その秘密が、俺たちの運命を大きく揺さぶることになるなんて。