一射入魂、試練を乗り越えろ
「...はっ!?」
ユトリちゃんの思わぬ不意打ちに見惚れてしまっていた僕は、迫り来る地面の気配を感じて、慌てて我に返る
「これが【特殊個体】の恐ろしさって奴か...!」
僕の純情な心を弄ぶなんて!
「っと、そんなアホな事を考えてる場合じゃないか」
地面には先の尖った木々が落とし穴へと仕込む杭の様に立ち並び生えており、このまま落下すれば串刺しになる事は間違いない。仮に体を捻って木を躱せたとしても、次に待っているのは固い地面だ。縄で縛られ、受け身を取る事すら出来ない今の状態では、落下の衝撃で圧死してしまう
あれ?これ詰んでない?
「待て待て待て...本当に何か手はないのか。頭動かせ、頭アタマあたま...」
僕は自分のおでこを指で突きながら、およそ数分後に待ち受ける悪夢を回避すべく頭を動かす。身体強化は...多少、体を頑丈にした所で落下の衝撃を受けきれるとは思えない。風魔法で体を浮かす...そもそも、魔法の類を覚えていない。ユトリちゃん...美人だったな...魔物だけど...
「現実逃避するな、僕ぅ!!」
両頬を両手でバチン!と叩く。この期に及んで何を考えてるんだ僕は、今はユトリちゃんの事ではなく目の前の事に集...ちゅう......あれ?
「...体が、動かせる?」
先程まで縄で雁字搦めにされていた僕だが、気が付けば既に拘束から解き放たれており、今や十全に両手両足を動かす事が出来る状態になっていた。そういえばユトリちゃんが魔法と使った後に少しずつ縄が緩んでいって、その後...
『本当はもっと早くに解ける予定だったもの』
「...あれって、どういう事?」
時間が経てば解ける縄なんて誘拐に何の意味も無い。そんなの「縄が解けたら逃げても良いよ」と言ってる様な物じゃないか
「そういえば、昔、僕が家でイタズラした時に母さんに怒られて縄に縛られたまま極寒の山小屋に放置された事があったなぁ。父さんはアレも修行の一環だと言って笑っていたけど、そんな修行方法を考える変わった人なんてウチの両親くらい、で...」
胸から喉に向けて酸っぱい物が上って来る。何だか僕の心が「これ以上は考えるの、やめとこ?」と声をかけてくれてる様だ。だが残念ながら、思考は止まらず僕の頭脳は、一つの結論へと達しようとしていた
「修行、修行ね...そういえばユトリちゃんも言ってたよねぇ?」
『理由なら教えて上げても良いけど、それじゃあ修行にならないし...』
なるほど、謎は全て解けた
つまり
「誘拐犯が、実の両親だった件...!!」
まぁ考えてもみれば、あの2人が身内を攫われるなんて失態を犯す筈が無いもんね。仮に、誰かが僕の拉致に成功したとしてら「強敵現る!」って感じで怒りより喜びが勝りそうだもの
「でも、希望も見えた」
そう。この誘拐劇の脚本が僕の両親であって、目的が修行だと言うのであれば息子を身一つだけで送り出す事は無いと断言出来る。僕は再び【視力強化】を発動して辺りの様子を見回す。先程まで僕を縛っていた縄が周りに漂っているが、それ以外に目を引く異物が空中に浮かんでいる事に気付いた。あれは...麻袋?
「とど...けぇ...!」
地表がどんどんと近づいてくる焦燥感に駆られながら、両手両足を大きくバタつかせて何とか麻袋を掴み取る事に成功する。すぐさま袋を脇に抱えて口を開け、中身が零れない様に注意しながら中を覗き込む。何か、今の状況を打破出来る品物は入っていないか...!?
「布に包まれたこれは...ショートボウ?それと矢が数種類...あ!これは!!」
僕は麻袋の中に入っていた矢の束より1本の矢を引き抜く。矢尻の先端は錐の様に鋭く尖っているが、その半ば程よりフックの様な返しが四方向に伸びている。この矢は我が家独自に改良した物の一つでその形状から【花冠針】と言う。特に貫通力に秀でており、刺さった矢は四方に伸びたフックによって肉を切り開かないと取り出せない程、獲物の体に深く突き刺さる
「本来の使い方とは違うけど、この矢にローブを結んで手頃な木に打ち込めば...」
【花冠針】がアンカー代わりとなり、無事に地上へと戻る事が出来るかもしれない。僕は早速、自身の周りで共に落下を続ける縄を掴み、矢へと括り付ける
「縄の長さは...10mは無いか。なるべく背が高く、幹の太い木を探して...」
今宵4度目の身体強化で【視力強化】と腕力を向上させる【腕力強化】を発動する。連続且つ長時間の身体強化は後に激しい筋肉痛を引き起こすが、今は生死を分ける境目だ、そんな事を気にしている場合じゃない
「ぐぎぎぎぎ...!!!」
身体強化の反動に歯を食いしばり耐えながら、矢を構えて弦を引き絞る。見た目に反し妙に頑丈な弓ではあるが、この短弓の特性上、このままでは木を貫通する程の威力は出ないだろう。なので、今回は渾身の一射に落下スピードも加えて放つ事にする
「あの木なら行けそうかな...?狙いは真下方向よりやや斜め、入射角はこの位で...発射まで30秒!」
ギリリと軋む弓を目標に向け、風圧で照準がブレそうになるのを必死に堪える。なぁに、色々有った夜だけど今から放つ矢が当たれば済む話でしょ?簡単カンタン、だから
「絶対に、失敗するなよ...僕!!」
震える口で、自身を鼓舞する
余裕そうな思考に反する様に、体は迫る危機を敏感に感じ取っていたのだ。指先は震え、今にも摘まんだ矢を放しそうになる。歯はカチカチと音を鳴らし自分が、ちゃんと呼吸出来ているのかも認識出来ない
ミチリと唇の端を強く噛み、力づくで自分の体に言う事を聞かせる事にする。後ろ向きになっていても事態は好転なんかしない。必ず、当てる、当てる、当てるーーー!
20、19、18、17、16...残り15秒
矢を当てる幹の太さは目測で30cm程だろうか、普段の僕なら難なく当てられる的の大きさだ
15、14、13、12、11...残り10秒
昨晩、家族と過ごした一幕が脳裏をよぎる。今は余計な思考だ、邪魔をするな
10、9、8、7、6...
5秒前。
突然「ゴオッ!」と風が巻き起こる。木々は風に煽られて枝が舞い、目標の姿を覆い隠す
4秒前。
ただでさえ威力の出ない短弓だ。周りの枝に接触すれば威力は減衰し【花冠針】は突き刺さるどころか、当たっても弾き返される可能性が有る
3秒前。
先程の突風に驚いたのか、枝に止まっていた小鳥の群れが此方に向かって一斉に飛び立つ姿が眼に映る
2秒前。
(...今のは?)
見間違いなんかじゃない。あの小鳥達は荒ぶる木の枝に掠りもせず、空へと飛び抜けた。一体どうやって?種族特有の動体視力...それとも特別な技能か?まるで、周りの風景の全てを把握する様な動きだった
『お前は、その場から動かずに身体強化を上手く使って、張り紙に書かれた文字を読んで見せろ』
瞬間、先程見ていた夢の内容を思い出す。身体強化を...上手く使う?
1秒前。
「...うぁあああああああああああああああ!!!!!」
視力と腕力への身体強化を解除、全ての魔力を【感覚強化】へと切り替え、体内を循環している魔力を体外へと全力で放出する
(父さんはあの時「身体強化を上手く使え」と言っていたけど、視力を強化しろなんて一言も言っていなかった!)
体外へと放出された魔力は、僕の感覚神経を投網にしたかの様に周囲へと広がり、その詳細をダイレクトに伝えて来る。その精度は、触れた葉っぱの葉脈すらも鮮明に伝えてくる...が、この技術の真骨頂はこれじゃない
(魔力を介して僕の感覚と対象の感覚を一体化させる!つまり...)
この技術の本懐は「感覚共有による対象の行動予測」!!
0.5秒前
(見えた!!)
矢が通る道を確認した僕は【感覚強化】を解除、身体に残された魔力全てを【腕力強化】へ切り替えて、弓を強く引き絞り...放つ!!
バシュン!!!
月明りを反射した【花冠針】が夜空に一筋の白線を描きながら目標へ向けて進む。行く手を阻んでいた木の枝達は道を譲る様に行く体を動かして突破口を開き、やがてその最奥に矢が達してーーー
カァン!!!と快音が夜の森へと反響した
「よぉし!!!」
矢と共に飛んだ縄、その端を僕はガッツポーズ替わりに手で強く握り、降下していく。【花冠針】はしっかりと木の幹へと打ち込まれている様で、時計の振り子の様に森の中へと吸い込まれてく僕の体重をしっかりと支えてくれる
「...はぁ~~~~」
思いっきり溜め息を吐く。今、僕の体はガサガサと木の枝にぶつかりながらも、時計の振り子の様に弧を描いて落下の勢いを殺していく
「何とか、無事に...」
地上に降りる事が出来そうだ...と思った、その瞬間
ボキッ!!
「ふぇ?」
僕の握ってる縄の先より小気味の良い粉砕音が伝わって来る。それと同時に襲って来る浮遊感...まさか、矢尻は刺さったのに、矢自体が衝撃に耐えられなかった?
「うそでしょう~~~!?」
数秒前まで綺麗な弧を描いていた体は、背中から地面へと一直線に向かっていく。参ったな、もう魔力も無いし、体を動かす気力も無い
「今度は、もっと丈夫な矢を、準備しないと...」
この後に訪れる落下の衝撃が、せめて打撲だけで済むように祈りつつ、僕は目を瞑り流れに身を委ねる。そして
ボフン!
と、何か柔らかい物に衝突したみたいだが、決死の数分間を生き抜いた疲れが出てしまった様で、無防備にも僕はそのまま意識を手放してしまうのであった
~~~
【土よ、我が意をここに】
少女の声が夜の森に落ちる。耕したばかりの様な柔らかい土が空気を含みながら丸まり、即席のクッションとなって、空から落ちて来た男の子の元へと出現する。クッションはボフン!と音を立てて彼を飲み込むが、中で気絶してしまったのだろうか?外へ出て来る様子が無い
『...アティ。どうして、あの少年を助けた?』
少女の持つ杖が、持ち手である少女へと問いかける
「ん~、なんとなく?」
少女は肩に杖を担ぎ直しながら「もしかしたら、ご近所さんになるかもしれないし」と呟く。その様子を見て杖は盛大に溜め息を溢すのだが、本人がそれを気にする様子は無い
「じゃあね。お互い生きてたら、また会おう」
アティと呼ばれた少女は、自身の作ったクッションへと親指を上げてサムズアップ。そして「とおっ!」と掛け声を上げながら若葉色の髪を揺らし、バタバタと森の奥へと走り去って行く
カイルとアティ、2人が【終の森】で再開するのは、果たしていつの日になる事やら...
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