4話 ようこそヘウンデウンへ④
4話 ようこそヘウンデウンへ④
『メリー商会』と看板が掲げられた建物の中に入ると、金属と花火が混じったようなニオイが充満していた。
壁やショーケースは全て分厚いガラスで覆われており、中には大小様々な銃や剣が飾られている。
「いらっしゃいませ〜」
小箱に入った商品が散らかったカウンターの奥の方から聞こえた声は、武器商人のイメージからかけ離れた、お姉さんの声だった。
「ちょっと待ってネ。すぐ行くヨ」
彼女の話し方は、翻訳魔法越しでもノノやKとは明らかにイントネーションが違う事が伝わってくる。
カウンターの奥にあるであろう部屋から、小さな声で「あっ」と声が聞こえた後、積み上げた荷物が崩れるような大きな音が響き、店内に数秒の静寂が訪れた。
「後にしよう」と開き直ったと思われる声が聞こえ、奥の部屋から現れた姿に僕は開いた口が塞がらなかった。
そこに立っていたのは、Kよりもさらにスタイル抜群の、身長が2メートル以上ある女性だった。
フワフワとした白い髪は膝裏まで伸びていて、頭には小さな角と長い耳が生えている。
半袖シャツの上から『メリー商会』と描かれた大きなエプロンをし、青いジーパンのポケットには名前の分からない工具がギュウギュウに詰まっていた。
顔や腕のような露出している部分は体毛で覆われており、顔の形も基本的に人の形ではあるものの、羊の要素が色濃く残っている。
Kの事を”人寄りの獣人”と例えるのなら、彼女は”獣寄りの獣人”だ。
「オヨヨ? 一人見ない顔がいるネ」
「あぁ、紹介するよ。コイツの名前は”まあやみ”」
「いえ、雨宮です。雨宮樹です」
紹介すると言っておきながら名前を間違えられたので、僕は慌てて訂正した。
メリーさんの興味津々な視線が僕に向けられたが、主張の激しい身体に気圧された僕は、メリーさんの目を直視できなかった。
「雨宮ちゃんネ。ウチの事は”メリーさん”と呼んでネ。よろしく」
メリーさんがカウンター越しに大きな手の平を差し出してきたので、僕はそれに応えるように握手をした。
「よろしくお願いします。メリーさん」
メリーさんは満足そうにニコニコと笑った。
「それでメリーさん。”あみまま”に良い感じの武器を売って欲しいんだけど」
Kの口から”武器”という単語が出た途端、頭に生えた耳がピクンと動いた。
「良いヨ良いヨ! どんな武器が欲しいのかな? 希望があれば何でも言ってネ」
「希望、ですか?」
そもそも、武器を持つことに抵抗があるので、欲しい武器と言われても困る。
「あの、何ていうか、あんまり危ない武器は持ちたくないんです」
「オヨヨ? それはどういう意味?」
メリーさんの顔は笑顔のままだったが、目は全く笑っていなかった。
「そ、それは、僕はその、誰かを、傷付けたく無いんです」
メリーさんの目を見ると、どうにも言葉が詰まってしまう。
何とか絞り出すように答えた僕の言葉を、メリーさんは噛み締めるように「うんうん」と何度か頷いてから言った。
「武器を握るという事は、誰かを傷付けるという事だヨ」
「それは、そう、なんですけど」
Kがガシガシと頭を掻きながら「悪い、メリーさん。コイツは武器童貞なんだ」と言った。
間違ってはいないけれど、その表現はちょっと。
いや、間違ってはいないのだけれど。
「そういう事ネ。雨宮ちゃん。ちょっとコッチ来て」
メリーさんはそう言いながらカウンター横にある扉の前に移動し、手招きをした。
「おい、メリーさんが呼んでんだから行けって」
Kに背中を押された僕は、半ば強制的にメリーさんと共に扉の奥へ進むことになった。
扉の先には、横一列に長いテーブルが並んでおり、テーブルの奥には広い空間があり、色や数字が書かれた看板が立っていた。
「此処は射撃場ネ。撃った事が無いなら撃つのが一番早いヨ。さぁ、早く早く」
メリーさんに背中を押されて、『1』と書かれた看板のあるテーブルの前に無理やり立たされた。
メリーさんの力は、2メートル超えの体格から分かるようにとても強く、逆らうことは出来なかった。
「”初めて”なら、拳銃が良いネ」
メリーさんはエプロンの内側から拳銃を取り出すと、テーブルの上に置いた。
「的が見えるよネ? 照準器の中心に的を入れたら引き金を引く。さぁ、やってみて」
「いや、あの、えっと」
困惑していると、メリーさんの手が僕の手を優しく包むように握り、拳銃を無理やり握らせた。
「手も肩も、力を入れ過ぎないのが基本ヨ。それから、狙う時以外は引き金に指を掛けない。コレは絶対に守ってね」
「は、はい」
言われるがままに、僕は的に向かって銃口を向けた。
「良く狙って、良いと思ったら引き金を引いてネ」
バンッ!!
破裂音と強い衝撃。
銃口からは僅かに煙が上がり、火薬の臭いが鼻を刺激する。
発射された弾丸は、僕が狙った看板の端に小さな穴を開けた。
「あぁ、ごめんネ。力を抜いてとは言ったけど、引き金を引く瞬間は身体を固定してネ」
「あ、はい」
エアガンで遊んだこともなければ、縁日の射撃すらやった事が無い僕にとって、ゲームではない射撃は初めてだった。
「さぁさぁ、どんどん撃ってヨ。向き不向きや癖とか見たいから」
「ま、また撃つんですか?」
「此処は射撃場だヨ。沢山撃たないとネ。大丈夫大丈夫。新規のお客様だからお金は取らないヨ」
まぁ、人や動物を撃つのではなく、的を撃つだけならあまり嫌な気分にはならない。それならもう少し続けてみよう。
一度撃ったことで、引き金を引いた時にどんな衝撃が来るのか分かっている。
それを踏まえて、照準器を的に合わせ、身体を固定し、呼吸を整えてから、ゆっくりと引き金を引いた。
バンッ!!
今度は、的の中心から少しだけ右上にズレた場所に穴を開けた。
「良いヨ良いヨ! その調子ネ。次は真ん中に当ててみよう」
「真ん中はいくら何でも無理ですよ」
「雨宮ちゃんなら出来るヨ。頑張って」
メリーさんが僕の頭と頬を優しく撫でた。
あまりにも突然の事に驚いた僕は、銃を床に落としてしまう。
「あ、ごめんなさい」
「気を付けてヨ。暴発したら危ないからネ」
「は、はい」
僕は床に落とした拳銃を拾い、深呼吸をしてから、照準器を合わせ、身体を固定し、引き金を引く。
バンッ!!
放たれた弾丸は、的に傷一つ付けず、奥の壁に当たった。
「あ、あれ?」
「銃口の角度の数ミリのズレが、着弾点に数十センチ、数メートルのズレを起こす。射撃の基本ネ」
その後、僕はメリーさんから色々な銃を渡され、遠くの的や動く的を狙って撃つ事を繰り返した。
一時間以上は撃ったであろう。
肩や腕に筋肉痛が生じ始めた頃、メリーさんは「はい、終わり」と言った。
「雨宮ちゃん。実際に撃ってみてどうだった?」
「えっと、難しかったけど、面白かったです」
メリーさんは僕の頭を撫でながら満面の笑みを見せた。
何度か頭を撫でられて思ったのだが、メリーさんの撫で方は、子犬を褒める時と同じような気がする。
「それは良かったネ。それで、雨宮ちゃんはどの銃が一番手に馴染んだかナ?」
馴染んだかどうかは分からないけれど、一番撃ちやすかったのはコレしかないだろう。
「拳銃ですかね。他の銃は、大きくて重くて構え方も難しかったですし。その点、拳銃は軽くて握りやすかったです」
「なるほどなるほど。じゃあ最初の銃は拳銃で決まりネ」
「いや、あの、えっと、確かに拳銃がしっくり来たのは事実なんですけど」
看板が相手だから撃てたのであって、たとえ相手が人間じゃなかったとしても、僕は生き物に対して引き金を引ける気がしない。
そう言おうとした時、いつの間にか壁際に並んだベンチに座っていたKが「オイオイオイ」と口を挟んだ。
「とりあえず一丁ぐらい持っとけって。お前が銃を撃ちたくなくても、この街にはお前を殺そうとする奴はウジャウジャいるんだぞ」
「それは」
言葉に詰まっていると、メリーさんは顔を覗き込むように前傾姿勢になった。
「雨宮ちゃんは、たとえ相手が殺意を向けてきても、その相手を殺したくないんだよネ?」
ノノとKが同時に「馬鹿じゃないの」と言うのが聞こえたけれど、僕はメリーさんに向かって目を逸らさずに「はい」と答えた。
ノノは大きな溜め息をついた。
「あのねぇ。”あままや”が思ってる程、この街は」
「ノノちゃん」
メリーさんが、鋭い目付きと声色でノノの言葉を遮った。
「分かったヨ。ちょっと時間は貰うけど、雨宮ちゃんが望むような”絶対に人を殺さない、無力化することに特化した銃”を開発してみるから」
「そんな事が、出来るんですか?」
「ウチはこの街一番の武器屋。メリー商会のメリーさんだヨ。任せたまえ」
メリーさんが僕の両頬をモチモチと揉みながら笑った。
「というわけだから、完成したら連絡するヨ。今日は代わりにコレをあげるネ」
メリーさんはそう言いながら、僕に拳銃を手渡した。
「いや、その」
「これは”模造銃”。玩具の銃ネ。
魔力を帯びた素材で出来てるから、目が節穴の奴等が相手なら本物だと勘違いするヨ。玩具だから弾は出ないけど、牽制ぐらいは出来ると思うヨ」
「これは、いくらなんですか?」
メリーさんはケラケラと笑った。
「それはただの玩具。お金は取らないヨ。
それとも、本物の方が良かった? 同型の実弾銃ならすぐに用意出来るヨ。”魔弾銃”は設定が色々あるから、引き渡しは明日になるネ」
「いや、コレが良いです。ありがとうございます」
何度考えてみても、誰かを撃つための銃を持つ気にはなれなかった。
だから、僕はコレで良い。
ノノが思い出したように口を開いた。
「メリーさん。今まで武器の開発を依頼したことは無いんだけど、開発費って幾らぐらいになるの?」
「そこまで複雑な内容じゃないから、開発費は5万ぐらいネ。銃本体が10万で補助機能に5万の計20万だと思ってくれれば良いヨ」
「20万ね。分かったわ。連絡貰ってから来れば良いのよね?」
「そうネ。お届けでも良いけど、色々説明したいから、お店に来てくれた方が嬉しいヨ。3日もあれば終わると思うから、そのつもりで待っててネ」
「分かったわ。じゃあ、今日はこの辺で」
「またな、メリーさん」
「はい、毎度ありがとう。死なないように気を付けてネ」
Kとノノが出口に向かって歩き出したので、僕はメリーさんに一礼してからノノの後を追った。
「さて、出発するぞ」
ドアが全て閉まったことを確認したKは、アクセルベタ踏みの超加速発進を実行。
覚悟していても、身体は急加速についていけず、ヘッドレストに頭をぶつける羽目に合った。
「腹も減ったし、さっさと帰るか」
「そうね」
何気なく外を見ると、ビルの隙間から、夕日がもうすぐ沈もうとしているのが見えた。
「料理は”まやまや”が考えておけよ。オメェが作るんだから」
「え、僕がですか!?」
いきなり矛先が自分に向いてきたので、思わず声が裏返る。
「何でもするんだろ? だったら料理もやれよな」
「まぁ、多少は出来ますけど」
「良しッ! 美味ぇ飯期待してっからな」
「料理が出来るの? 本当に?」
ゲラゲラと笑うKと疑いの眼差しを向けるノノ。
確かに、難しい下ごしらえや包丁捌きが必要なモノは無理だけれど、炒めるだとか煮るだけなら僕でも出来る。
多分、出来るはずだ。
時は遡り、雨宮が射撃練習をしている頃。
射撃に夢中になっている雨宮は、後ろにあるベンチにアタシとノノが座ってしばらく経っても、全く気が付いていなかった。
「どう思う? アレ」
雨宮を指差しながら言うと、ノノは「下手」とだけ返した。
『なぁ、メリーさん。”あまみや”はアタシと同程度かアタシよりも下手に見えるんだけど、メリーさんの目から見てどうなんだよ?』
雨宮本人には聞かれたくなかったので、”脳内会話”でメリーさんにだけ送信した。
『少し下手だけど、大きな問題は無いヨ』
『へぇ。大きな問題は無い、ねぇ』
バババババッ!!
雨宮が構えたサブマシンガンから薬莢が次々と落ちていく。
雨宮の構えた先にある的の端に、穴がいくつか開いたのが見えた。
『コイツ、随分と甘っちょろい考えの持ち主だから、最終的に武器を買わないかもしれないけど、怒らないでくれよ?』
『それは問題無いネ。雨宮ちゃんは絶対に銃を握るし、いずれは人を殺せるようになるヨ』
メリーさんが予想外の返事をしたので、思考が一瞬止まった。
『とてもそうは見えないんだが?』
メリーさんが一瞬だけアタシに視線を向けた。
『雨宮ちゃんに限らず「誰も傷付けたくない」って考えの人はそんなに珍しくないヨ。「自分の手を汚したくない」という感情なのかもしれないけどネ』
『ケッ。馬鹿みてぇ。勝った方が正義。それが常識だろ』
勝った方が正義。
負けた方は全てを奪われる。
金も、命も、尊厳も。
だから勝たなくてはいけない。
いや、”絶対に負けてはならない”。
それが、この世界で唯一の真実。
『雨宮ちゃんは、そうは思わない人生を送ってきた。それだけの話ヨ』
『それだけの話、ねぇ』
自分の過去を否定されたような気がしたが、メリーさんが否定するつもりで言ったのではないことは、彼女の顔を見れば分かる。
『雨宮ちゃんみたいな人が、暴力に拒絶反応を起こす理由は2つ。
”暴力を奮った経験が無い”か”生命に関わる暴力を受けたトラウマがある”から。雨宮ちゃんはどう見ても前者ネ』
『だろうな。後者のような目をしていない』
”後者の目”とは、”経験者”なら一目で分かる魂の折れた人間の目のことだ。
『雨宮ちゃんは経験が無いだけだから、沢山経験させて、沢山褒めてあげる。これでコロッと落ちるヨ』
『何だソレ。キッッッショい筆下ろしかよ』
何かの冗談かと思ったが、冗談を言っているようには感じ取れない。
『雨宮ちゃんに限らず、皆そんなもんネ。大事なのは、一度でも良いから経験すること。一度でも経験すれば、ブレーキは無いも同然ネ』
『まぁ、そうかもしんねぇけどさ。銃を経験させるってのは、的撃ちでも効果があんのか? 的撃ちなんてガキでも出来るだろ』
『あるヨ。照準器で狙って、引き金を引く。この二つの動作を自分の意志で行った雨宮ちゃんは、既に的撃ちと人撃ちの境界が曖昧になってるヨ』
『本気で言ってる?』
『本気ヨ。最初は怖くなっちゃうだろうけど、撃たなくちゃいけない状況になったら、最後には引き金を引くヨ。
一人でも撃てたら、二人撃つのも同じ。5人6人と撃てば、もう雨宮ちゃんを縛るモノは何も無いネ』
『そうなってくれた方が、アタシ等としても助かるけどさぁ。さすがにそんな上手いこといかないだろ』
『頃合いを見て、雨宮ちゃんに”撃たなくちゃいけない状況”を用意してあげるネ。用意してあげれば、絶対なるヨ。賭けても良いネ』
アタシは今まで、メリーさんとの賭け勝負で一度も勝っていない事を思い出した。
『そりゃあ楽しみだ』
『オヨヨ。そうネ。とても楽しみヨ。大事な大事なお得意様候補だからネ』
アタシの方をチラッと見て、ニコリと笑うメリーさんの目は、武器が大好きで、戦争が大好きな、アタシよりもドス黒い感情が静かに燃える武器商人の目をしていた。