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凡人

作者: 古家  雅

僕の幼馴染は天才だ。


正しくいうと音楽の天才だ。彼女が奏でる音すべては音楽へと成り上がり、その周りの音は雑音に成り下がる。かくいう俺の音も雑音に成り下がった音の一つだ。でも諦めるしかないほど彼女は才能に溢れていて彼女が奏でる音を聞くたびに幼稚でお遊びみたいな俺の音楽が恥ずかしくてしょうがなくなる。だから俺は絵を描く道へと道を選び直した。


彼女を超えられない。


そう思ったらもう何もやりたくなくなってきてしまった。その結論に至るまでにもちろんたくさんの見るに堪えない醜い嫉妬を向けては自分と喧嘩をした。それでも何回やろうとも、俺は彼女の音楽に酔いしれてしまう。「こんな音を奏でられればいいな」と願えないほどの音だった。


…そんな彼女の弱みを俺は知っている。一度だけそんな彼女の泣いている姿を見たことがある。あの頃の俺はそれはそれはひねくれていて思春期の奴らにはよくいるコンプレックスの塊だった。でも、自分は特別だと心の奥底で信じていたからいつもも裏切られていた。


「わからない…。」泣きながらそう連呼する彼女は子供っぽくて、俺は眉をしかめながら彼女を見つめていた。彼女はこっちに気づいていない様子で教科書を開きながらノートになにか書いていた。


ひねくれていて優しさのかけらも無かった俺は彼女が泣いていたのを見て見ぬふりをした挙げ句、心の中で「いい気味だ。」なんて言っていた。だけれど、今になってわかる。いい気味だと言いながら少し安堵してたこと。「あぁ、あの天才でも泣きながら声に出したくなるほど『わからない』と言いたくなるときもあるんだ…」と。それは弱さだとわかっていた。相手を認めるという行為だということを。だから、その頃の自分は自分の弱さを認めたくなかった。昔はそんなこと思いもしなかったが今はこう思ったほうがしっくりと来る。嫉妬してたんだ彼女に。


そしてもっとややこしいことに俺は彼女のことが恋愛的な意味で好きだ。だからどんな屈辱的な場面になってしまっても「でもまぁ…」というとてもとても曖昧な理由で許していた。俺が二年かけて作った音楽を何年も夢見たコンクールに出したのに、彼女がたったの二ヶ月で仕上げた曲が優勝したときも、何ヶ月もかけてやっと理解できたコード進行やなんやらを理解しないでわかったときも、俺は虚しさと嫉妬で心をいっぱいにしたあと、やっぱり、許していた。


もちろん、曲の良さが自分の中にあった嫌な感情のすべてをかき消したのもあると思う。ただかき消されたあと、曲を聞き終わって「あぁ、勝てない」と思って家に帰ったとき、残るのは虚しさとなんで自分はできなくて彼女はできないんだという嫉妬だけだ。そのあとに来る嫉妬と虚しさは彼女に会いたくないという悲鳴を上げるが、その悲鳴に耳栓をして俺の心は会いたいと心の底で思ってしまっているから、恋だろうなと思った。…恋だからもしれない、俺はあの泣きながらノートに書いてた彼女に声をかけれなかったのは。気恥ずかしさと独占欲とその他で。


前提はここで終わらせようと思う。音楽をやめて、絵の道に行って数年が過ぎて今や高校生だ。今でも俺は彼女と一緒にいてなんならほとんど毎日一緒に放課後家でいる仲だ。学校が終わったら彼女の家に集まって俺は絵を描き、彼女は音楽を作る。会話は殆ど無いけれど、それでも一緒にいれてる。恋人?と何十回も聞かれたが、そういう仲ではない。というか、望んではいるけれど多分あの天才はそんなのに興味のかけらもない。ずっと音楽と相思相愛だ。時々する会話が


「テスト何点だった?」と聞かれて


「93点、そっちは?」と取った点数を答える


「なんでそんな頭いいの…私20点…何も言わないでね。」と答えられて終わる会話だ。


毎回するのはテストの会話でなんでそんなに点数が気になるのだろうと疑問が思い浮かぶが、すぐに消える。彼女は音楽の天才であるが、その他はダメダメ。家事もできなければ勉強もできない。彼女は自分のこともあまり気にかけて無いようで、俺がいない日はご飯を食べ忘れるほど熱中する。一度だけそれで倒れたこともある。そのあと絶対に一人にはしてはいけないなと思ってしまった。その他にもアイデアが浮かんだらすぐにどこかに書く癖がある。その癖のせいで今や壁中が楽譜だらけだ。壁に書くとき、最初の頃は止めていたが今はもう止めていない。壁に書くときの横顔がどうしても止めてはいけないような気がしてたまらない。


今日も壁にブツブツ言いながら楽譜を書いていた。よくそんな体制でかけるなと感心しながら俺は冷蔵庫にあるジュースを飲もうと立ち上がった。もう彼女の両親も彼女も勝手に冷蔵庫を開けたりするのは気にもしていない。むしろ、彼女の親はよく出張などでいないから俺に料理を頼んだりしているので彼女より冷蔵庫を開けているような気がする。そんな事をもっていたら、


「ねぇ、絵書くときってブラシ使うの?」彼女が聞いてきた。


「そりゃ…まぁ先に下書きとか書くけどね。…使いたかったら使っていいよ。絵の具とかブラシとか。」


「いいの?!」そう言いるんるんと絵の具を漁っていた。


時々このように突拍子もないことを言われる。あまりに突拍子もないのでこのように何かを提案してしまうときが多い。やっぱり駄目だな。


ジュースを飲むために冷蔵庫を開けてジュースを探す。あいつ、いつも元の場所に戻さないから探すのも一苦労、右を見て、やっと見つけたジュースを手に持ってコップに入れた。彼女の家には台所のそばにダイニングテーブルがおいてあり、その近くの壁に大きな家族写真がある。仲がいい家族だな…といつも思っているが、今回はその写真よりも目を引くものが会った。ダイニングテーブルの上にノートが置いてあった。グシャグシャのノートに彼女の名前が書いてあった。勝手に見てはいけないな、と思い彼女の名前を呼ぼうとしたが、とある事に気がついた。


これはあのとき泣きながら書いていたものではないか?と


俺はそうなると好奇心が抑えられなかった。何があんなにも彼女を苦しめていたのだろう。あの天才が苦しむものってなんだろう。見てはいけない…けれども見たい。そんな葛藤の決着は無論、みたいがかった。


ページを捲るとそこには滲んだ数字が並んでいた。

5×5=20✗

2×3=6

6×9=12✗

間違えている数式がほとんどだった。


そうか、彼女は泣きながら勉強をしていたのか。今でも彼女は勉強が得意ではない。なんだか嬉しくなった。あの天才だって悩んでいた!悩んでいたんだ!天才には天才の悩みがある。そりゃそうだ。悩みがない人はいない。彼女はちゃんと人間だったんだ。その事実がなんだかなんだか心を踊らせてしょうがない。それからまたノートをめくって行っても出てくるのは間違ってる数式だけだった。なんでわからないんだろう、というあまりにも尖っている質問は彼女には似合わないと最初に思った。


小一時間経った後、俺はなんだか彼女に親近感が湧いてきた。今なら彼女になんの嫌な感情なく喋れるような気がする。嫉妬も虚しさも全て全て許してしまった。


「絵の調子はどう…」だ?そう聞こうとした。そう聞こうとしたんだ。


だけれど目の前に写ったのは絵の具をキラキラした目で見つめる彼女ではなくて曲を作ってるときの、天才の、表情で、。言葉が、言葉が見つからない。


絵を描いていた。


壁に。


絵を描いていた。


壁一面に彼女の頭の中にずっと眠っていたであろう夜空が描かれていた。見るものの観点から見ればそれはただただきれいで壮大な夜空だけれど、色と言う面からみればそれはそれは鮮やかだった。夜空だって夜空だってわかるのに7つの色。いやそれ以上の色を使っていた。でもごちゃごちゃした感じには見えずむしろ一つにまとまっていて。俺は言葉が見つからなかった。なんで?せっかく遠くへ行けたと思ったのに。彼女の描く夜空から目が離せない。もう駄目なんだ。俺が描く夜空がただの紙切れになってしまう。なっている!なんで?きれい。でも!


「あ…あはは」自分でさえも聞き取れない声で笑った。笑うしかなかった。


「うーん…完成?」気づくと彼女は天才の顔ではなくなっていた。


「うわ!いたんだ...!どう?」


下書きも何もないその絵は言葉では表せないほどきれいだった。


「きれいだよ。すごいね。」やっとの思いで絞り出せた言葉。こんなんじゃない。こんなんじゃ説明できないんだ。


「ありがとう!今作ってる曲に合う絵を書きたかったんだよね…。あ、壁に書いてた…あちゃーまた怒られちゃう…」


「そう、だね。」


「私ちょっとコンビニ行ってくる!なにかほしいのある?」


「あ、な、なにもないよ。ありがとう、いってらっしゃい。」


「はーい!いってきます!」


彼女のいなくなった空間は息がしやすく、寂しかった。


壁に描いてある絵を見つめ、開けられてないスケッチブックを見つめる。あぁ彼女には勝てない。でも彼女のことが好き。


だから俺は許してしまうのか?


いや、違う。違うんだ。きっと。俺は許すなんて生ぬるくて甘っちょろくて、どうしようもなく自分勝手な言葉で自分を騙してきた。素直にすごくてきれいで夢を持たせてもくれないような隙のない音楽を作る彼女に憧れていたんだ!「こんなのがいつか作れればいいな」なんて幻想を描かせてくれない!彼女の芸術に!俺はきっともう酔いしれてしまった!もう聞いてしまった。もう見てしまった。


そんなに嫌なら、そんなに自分の人生をむちゃくちゃにしてるなら逃げればいいじゃないか?でもそれじゃあ駄目なんだ。あの目を輝かせながら奏でるあの姿は誰にも邪魔されてほしくないほど美しくきれいだ。あの姿を見れないなんて。あぁ、ちゃんと恋もしてたんだ。もう本当に手遅れだ。笑っちゃうほど手遅れだ。


俺は一人泣いていた。 


乾いていない絵に触れてしまって絵の具のついたその手では涙を拭う気にはなれず、座り込んで泣いていた。


恋と憧れは似てるといいますが、憧れは届きたい、その人のようにになりたいけど届かないで、恋は届きそうで届かない。なんか、恋の方が傲慢な気がします。

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