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追放されし魔王アルトワルス・デ・オルレウス

 オルレウス魔王国――追放された魔王が治めていた国。軍団長は、そのオルレウス魔王国の軍を束ねる者。ガネッサは8人いる軍団長の1人であった。

 軍団長は1人で一国を落とすことができるというが、ガネッサが引き起こした状況を見て、クロエはその噂が間違いないものだと認めざるを得なかった。


「さあ、終わりだ、死ね」


 ガネッサの背後から水流が蛇のようにうねりながらクロエに襲い掛かる。


 もはやこれまで。と、クロエは目を瞑った。


 が、水流はクロエの前で打ち消された。


 クロエが瞼を空けると、黒い上下に身を包んだ濃紺の髪の男が背を向けて立っていた。


「あ、あなたは……」


 そう呟いて、クロエは意識を失った。

 その傍らにはいつの間にか、身なりの良い老婦人――マーガレットが膝をつき、クロエの背に手を置いていた。


「彼女は眠ったわ、ほかの騎士たちが来るまではまだ時間が掛かる。これで、気兼ねなく戦えるでしょう」


 マーガレットが濃紺の髪の男に向かって言うと、男はマーガレットとクロエに顔を向けた。


 大きな眼鏡。その奥の瞳は黄土色。


 行方不明となっていたアルトであった。


「そいつとともに離れていろ」


 アルトが視線でクロエを指して言った。

 いつもの頼りない様子とは全く異なる、不遜な態度。


「案外優しいのね」


 マーガレットは頷くと、馬車の御者を務めていたグレーの背広姿で黒髪をオールバックにした若い男に、クロエともう1人気絶している騎士を担がせた。


「ふん、そんなことではない、ただそいつをここで死なすには惜しいと思っただけだ」

「おや、あなたの眼鏡にかなうとは珍しい。 ……後は頼みましたよ。どうかベルディを救ってください」

「救う?」


 アルトは嘲るような笑みを浮かべた。


「人間など救う義理はない。俺はただ、調子に乗った同胞をこのままにしておくことが我慢ならんだけだ」


 そう言って、アルトはガネッサを向いた。


 その背後で、マーガレットはクロエらを抱えた御者とともに、その場を離れようと駆け出した。

 しかし、ガネッサは見逃さない。2人に向かって水流を放つ。が、ちょうどアルトの真横で、水流は砕け散った。


 ガネッサは訝しみ、アルトを観察する。

 オレスと密会していたときとはまるで別人の雰囲気。それに――


「お前は、俺の兵隊が始末したはずだ」

「逆だ、俺がお前の兵隊を始末した」

「何だと……」

「ついでにお前の目的も教えてもらった」


 アルトはガネッサの部下に襲われたが、逆に返り討ちにして、1人を生け捕りにし、マーガレットの屋敷で拘束してガネッサの情報を得ていた。


 しかし、ガネッサがアルトに差し向けた部下は決して雑魚ではない。乙級モンスターと同程度の力の者を、それも数人差し向けたのだ。アルトの言うことは、ガネッサにとってにわかには信じがたかった。


「お前、一体、何者だ……ただの人間じゃないな」


 ガネッサに僅かに緊張が浮かぶ。


 アルトは少し呆れたように1つため息をつくと、微かに口元に笑みを浮かべながら、眼鏡を外した。


「まだ、気付かないのか?」


 そう言って、ガネッサに向けた瞳は金色に輝いていた。


「ま、まさか……」


 そのとき、月が雲から顔を出した。月の光で夜空は濃紺となる。その色は、アルトの髪と同じ色。

 と同時に、アルトから溢れたのは、突き刺すような魔族の魔力。それも濃密に凝縮された、混じりけのない、純粋な、漆黒の。


「我が名は、アルトワルス・デ・オルレウス。軍団長の貴様に言うまでもないが、前・オルレウス魔王国魔王である」

「バカな……なぜ、こんな所に」


 狼狽えるガネッサ。


「軍団長ともあろうものが、先代の魔王に気付かぬとは情けない。街でお前を見かけたときは正体がバレたかと思ったが、貴様が間抜けで助かったよ」

「く……」


 ガネッサがアルトに気付かなかったのは、全く予期していなかったというのもあるが、それ以外に2つの理由があった。

 1つは、ガネッサがオルレウス魔王国の8人の軍団長のうち、最も新しい軍団長であり、アルトとの面識がほとんどなかったこと。

 そして、もう1つは、アルトが日ごろ装着している眼鏡が、魔力を押さえつつ、魔族の魔力を人間の魔力に変換する代物であるからであった。


「……何が目的ですか? ここで私と対峙する理由はないはずだ」

「1つは貴様と同じだ、『鍵』を手に入れるため」

「あなたもか……だが、渡さない。これはエーデル様のための力!」

「そしてもう1つは……エーデルの思い通りになることが、我慢ならないからだ!」


 アルトは強い意志を宿した金色の瞳をガネッサに向けながら、一歩踏み出した。


 ガネッサに緊張が走る。

 目の前に対峙しているのは、前魔王・アルトワルス。軍団長を束ねる魔王の力は、当然、軍団長よりも強い。


 だが、ふと、ガネッサは思い出した。


「……そう、そうだ……ふ、はは……ははははっ!」

「どうした、何か面白いことでも思い出したか?」

「ああ、思い出した。ゲイルード殿に聞いた。あなたが追放されたときのことを」

「……ほう、何を聞いた?」

「あなたは、国を追放されるに当たって、ある術式を施された」


 アルトは何も言わずに、ガネッサの話を聞いた。


「その術式とは、力の封印。あなたは今、力を封印され、本来の10分の1程度の力しか出すことができない。ならば恐れる必要はない。いくら絶対的な力を持つ魔王といえども、10分の1の力しかないのであれば、『鍵』の力を得た今の俺ならば勝てる!」


 ガネッサが再び数本の水流を放った。水流は蛇のようにうねりながら、アルトを襲う。しかし、アルトが右腕を上げると、先ほどと同様に水流は砕け散った。


「啖呵を切った割には、この程度か?」


 アルトが挑発すると、ガネッサは切れ長の目を細め、口角が耳まで裂けるかのように吊り上げて蛇のように笑いながら高く跳び上がった。


「くく……ならば、これならどうですか! 白波大蛇(しらなみおろち)!」


 湖面が盛り上がり、直径5メートルはあろうかという巨大な水流が発生し、大蛇のごとくアルトに向かって放たれた。


「あまり俺を舐めるなよ」


 アルトは水流の大蛇に右手の平を向けた。すると、水流の大蛇はアルトに接触する直前で吹き飛ばされ、巨大な水しぶきと化し、辺りに降り注いだ。

 しかし、白波大蛇はフェイク。アルトの眼をくらませるための囮。本命は――


「もらったぁぁっ!」


 アルトの真上から、巨大な蛇の尻尾が振り下ろされた。


 水流ではない、実体のある尾。ガネッサの本来の下半身。

 アルトに振り降ろされたガネッサの尾は、地面を抉り、周囲を激しく揺らし、数百メートル先まで地割れを起こした。


「俺の全力の一撃だ、骨は砕け、内臓は潰れ、もはや立つこともできまい! フハハハッ!」

「……こんなものか?」

「ハハ……は?」


 尾の下から響く声が信じられず、ガネッサは固まった。

 と、次の瞬間、ガネッサの尾が強い力で引っ張られ、ガネッサの身体が浮き、凄まじい勢いで地面に叩きつけられた。


「だから言ったであろう、俺を舐めるな、と」


 身体を強く打ち付け、痛みで動けないガネッサの眼に映ったのは、服についた砂を払う無傷のアルト。


「ば、バカな……まさか、ゲイルード殿は、俺を謀ったのか?」

「いや……俺に封印が施されているのは本当だ」

「だ、だが、この力……俺の攻撃が通用しないなど……」

「なに、簡単なことだ、『鍵』の力を得た貴様よりも、力を封じられた俺の方が強い、ただそれだけのこと」


 そう言って、アルトは高く跳び上がり、拳を振りかぶった。


「ガネッサ、終わりだ」

「くそぉぉっ!」


 ガネッサは空中のアルトを打ち払おうと巨大な尾を振り回した。

 が、アルトは目にも止まらぬ速度で、流星のように落下し、ガネッサの腹部に拳を叩きこんだ。


「ぐえええっ!」


 ガネッサは血を吐き出しながら地面にめり込み、衝撃で周囲の地面は大きく砕け、激しく揺れた。


「弱いなガネッサ。ほかの軍団長とは天と地の差。俺がまだ魔王であれば、軍団長の地位を剥奪しているところだ」


 そして、アルトは意識のないガネッサの胸元に手を置いて魔力を籠め、念じた。


「『鍵』はもらうぞ」


 すると、ガネッサの胸の上に、エメラルドのように緑に輝く直径5センチほどの宝石が現れた。と、同時に、ガネッサの背中に生えていた羽根と、身体に刻まれた文様が消え、巨大な蛇の尾が2本の脚に戻った。

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