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来訪者

 使徒の会。


 人間、魔族を問わず、上流階級に属する者たちが参加する秘密結社である。

 月に1回の会合で、交流を深めつつ世界情勢に影響を与え得る重要な事項について協議する。

 参加者が会合に出席する際は、白い仮面の装着を義務付けられ、はた目からでは参加者が何者であるかは分からない。

 使徒の会を取り仕切る「主宰者」と呼ばれる男は、20代か30代の男ということ以外詳しいことは不明。ほかの参加者同様仮面をつけているが、その仮面は他の参加者のものとは違い黒い文様が刻まれており、会合では一見して主宰者と分かる風体である。


 その主宰者の男が、サイドテーブルに置かれた銀の燭台の蠟燭の灯だけが照らす暗い部屋で、ビロードの1人掛けのソファに座っている。

 背後の壁には、男の頭の倍はある大きな獅子の頭部の剥製が掛けられている。その表情は怒りではなく、悲痛、いや、悔恨であろうか。見る者を圧倒するが、感じるのは威圧ではなく痛ましさ。


 主宰者の男は、まるでその獅子を征服したかのような雰囲気でソファに座り、テーブルを挟んで座る男に真っ直ぐ対峙している。

 主宰者の男と対峙しているのは、白い仮面の正装姿の小柄な男。前回の会合で、スペリアム王国騎士団の次期騎士団長について諮ることを主宰者に依頼した人物だ。

 その正体は、スペリアム王国の宰相ベッケン。まだ40代でありながら宰相まで上り詰めた、スペリアム王国きっての切れ者、いや曲者である。


 さて、なぜベッケンが、会合以外の場で主宰者と面談しているのだろうか――


「なるほど、現騎士団長殿の退任の時期のめどが立たない、と」


 主宰者の男の口調は怒るでも呆れるでもなく、実にニュートラル。感情が見えない。


「つい先日ご承認いただきながら、騎士団長の交代の手続きすら進めることができない状況であり、大変申し訳なく思っております」


 ベッケンは謝辞を口にするが、口調に感情が乗っていない。申しわけないと口にしながら、申し訳なさの欠片も感じられない。

 形式上の謝罪、ただ単に筋を通しに来ただけと分かっていながら、主宰者は右手を少し上げて、


「そんなお気になさらなくても結構。物事には、上手くいかないことも往々にしてあります。それに、まだ、誰も文句は言わないでしょう」


 心なしか、主宰者が「まだ」を強調したように聞こえた。

 ベッケンはごく浅く頭を下げた。


「私どもの見込みでは、いつ倒れ、動けなくなってもおかしくないといった時期なのですが、どうもその兆しが見えない。まあ、巧みに装っているのでしょうが……」

「それでは大っぴらに団長の交代を進めることなどできませんねえ」


 ベッケンは小さく頷いた。


「そうなのでございます」


 そして、一瞬の間を置き、


「ついては、なにか妙案があれば承りたい。思いつくのは、暗殺、讒言、風説の流布、といったものしか思いつかず、しかしそれらは一番最後に採り得る手段」

「そうですねえ……まあ、ないことはないですが……」

「ほう、それはぜひお聞きしたい」

「ですが、少し気になることがありまして」


 主宰者がもったいぶるので、ベッケンは少しもどかしそうに身体を動かした。


「……なんでしょうか?」

「バルト領に気になる人物が……」

「バルト領? 誰のことでしょうか?」

「それはもう少し待ってください。私もまだ聞き及んでいるだけなので。少し時間をいただきたい。大丈夫、悪いようにはしませんよ」


 そう言う表情の見えない主宰者を、ベッケンは仮面越しに顎に手を当てながら見つめた。




 木の葉が色付き始めた中秋の頃。

 つい先日までうだるように暑かったというのに、今日は嘘のように涼しいそよ風が丘の草花を揺らしている。

 空は秋晴れ。優しい青が空一杯に広がっている。

 そんな穏やかで過ごしやすい日の昼前の時間。


「アールトくーん、遊びましょう!」


 しわがれた老人の声が、アルトの家の前で響いた。

 玄関のドアが少しだけ開き、隙間からアルトがジトっとした目で覗き込む。


「アルトくん、久しぶりだからって恥ずかしがらないで出ておいでよ」


 かわいこぶってアルトを誘うのは、白髪で長い白髭を生やした高齢の男。身長はアルトよりも低く160センチメートルもないだろう。足元まであるコートのような白い服の上に、蒼いストールを巻き、手には自然に歪んだ木の杖。

 アルトはドアの隙間から覗いたまま、無表情に、


「どなたでしょうか、変わった知り合いなら間に合っています」


 と言うと、家の中からラインフォールのくしゃみの音が聞こえた。おそらく、巨人族のダイバもくしゃみをしていることであろう。

 老人は、ふざけるのをやめて、やれやれと言った風にため息をついた。


「全くお前さんは、相変わらず愛想がないのぉ……」

「ふん、それは悪かったな。あなたこそ相変わらずのふざけ具合」


 そう言ってアルトは、ドアを大きく開けた。

 と、そこで、ラインフォールがキッチンから出て来て、アルトの肩越しに老人を見た。


「アルト様、何者ですか? 怪しい奴ならば、私が追い払いましょうか」


 ラインフォールはアニマルキングダムのキャラクターであるカラスのクロッチの絵柄が書かれた黒い前掛けで手を拭きながら、アルトの脇から老人の前に出た。


「おい、止めておけ――」


 アルトがラインフォールを止めようとしたが、ラインフォールは既に老人の肩に触れようかというところで――


「な……!」


 ラインフォールは、気付いたときには宙を舞っていた。

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