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オレスの正体

「そうでしたっけ? いや、そもそも、なぜあんな人間に固執するのか分からないのですが」

「アルトは俺の唯一の人間の知り合いだ。この先も利用できる。 ……それに」

「それに?」

「上手く言えないが、あいつには何かある。何か感じるんだ、不思議な、何かを」


 ガネッサは押し黙った。

 具体性は欠いているが、オレスの言うことは何となく理解できた。ガネッサもアルトに対して妙な違和感を抱いていたからだ。


「……ですが、まあ、今は良いじゃないですか、そんなこと」


 ガネッサはフードの下の口元に笑みを浮かべた。


「間違いありません、古の地図が示すように、ここに『鍵』があります」

「……おい、まだ話は終わってない」


 オレスがガネッサに殺気を向けた。

 しかし、ガネッサは変わらず、余裕の笑みを浮かべている。


「話なら後にしましょう。人間どもの街が混乱している今が、誰にも邪魔されずに実行できるチャンスです」


 ガネッサがそう言った途端、ガネッサから突き刺すような魔力が溢れ出した。魔族の魔力だ。


「……あんたには、渡さない!」


 オレスが両腕を向けると、巨大な水流がガネッサに向かって行く。

 が、水流はガネッサを避けるように2つに割れ、ガネッサには命中しなかった。


 その水流によって巻き起こる風圧でガネッサのフードがはだける。

 銀の短髪、紅い瞳の切れ長の目で、ガネッサはオレスをあざ笑った。


「くく……この程度の水魔法など……私が誰か忘れていませんか?」

「はっ、あんたが誰だろうが関係ない、『鍵』は俺がもらう、俺のものだ!」

「ようやく本性を現しましたね、初めから『鍵』を独り占めにするつもりでしたか」

「ああ……こき使われることには飽きた、俺が『鍵』を手に入れて、世界を支配してやる。そしたら、魔族だろうが人間だろうが、気に入らない奴は全員ぶっ殺すんだ。まずは、手始めにあんただ、ガネッサ! フフ、ハハハハハハッ!」


 醜悪な笑い声を響かせながら、オレスは放つ水流の勢いをさらに増した。

 だが、ガネッサには届かない。


「良いですね、その野望、魔族らしい」


 ガネッサが両腕を広げた。


「ですが、弱い……この白蛇のガネッサに対するには、あまりにも弱い。どうやら元・魔王だと言われて勘違いをしてしまったようですね……身の程を知りなさい」


 次の瞬間、周囲30キロメートルはあるアユナ湖の水が天高く立ち昇った。と、同時に、数本の水流が蛇のようにうねりながら、オレスの身体を貫いた。


「ご苦労様、あなたがいなければ、『鍵』の発見にもっと時間がかかっていました」

「く、そ……」

「急所は外してあります。そこで、静かに見ていてください」


 ガネッサは、血を流しながら倒れるオレスを見てほくそ笑んだ。


 オレスはガネッサが『鍵』の在りかを探らせるために人間の国に送り込んだ手下であった。オレスがアルトから『鍵』の在りかの手掛かりとなる古地図を手に入れることまでは、ガネッサの期待通り。だが、オレスが自ら力を手にしようという野望を抱き、裏切って来ることはさすがにガネッサの予想外であった。

 オレスはガネッサの裏をかけると思っていたが、しかし、ガネッサの前ではオレスなど虫けら同然。オレスが裏切ろうとも、ガネッサが目的を達することの何の支障にもならなかった。


「では、『鍵』を見つけるため、一度綺麗にしましょうか」


 ガネッサは、湖水が立ち昇るアユナ湖を向くと、広げた両手を閉じ、両手の平を合わせて握り、強く念じた。




 オレスとガネッサのやり取りを、離れたところからクロエらは目撃していた。


 オレスは元・魔王ではなかった。

 クロエらの予想は全くの見当違いであったわけだが、そのことにクロエらは戸惑う間もなく、アユナ湖の有り得ない状態に茫然と立ち尽くした。




 アユナ湖の水が自然の理に逆らい、天高く立ち昇る様子は、ベルディの街からも見ることができた。


 初めは誰もが、その光景がどういう状態なのか理解することができなかった。が、迅速な情報伝達と、そして、ベルディの街を貫く川の水が上流に引き寄せられるようにしてなくなってしまったことで、ほとんどの者が勘付いた。


 そして、数十キロメートル彼方の立ち昇る湖水の様子が僅かに変化したことに幾人かが気づいた直後――


「逃げろ! 水が、全部、押し寄せて来る!」


 と騎士たちが割れんばかりに声を張り上げた。




 ガネッサはアユナ湖の水を操作し、全て下流に向かって放った。


 その水量、約2億立方メートル。


 2億トンの水が一気に川を下り始めた。


 河岸は砕け、川岸の家や畑は全て水に飲み込まれる。

 このままベルディの街に到達すれば、ベルディの街は丘の上の城を除き、崩壊する。

 今から避難したところで、おそらく間に合わない。

 誰もが絶望を感じた。




 アユナ湖の湖水が激流となってベルディの街に迫っているそのとき、ベルディの街とアユナ湖のちょうど中間辺りの山中の峠道に1台の馬車が止まった。


「さあ、頼みましたよ」


 高齢の女性の声とともに、1人の男が馬車から降り立ち、谷間を見下ろす。

 眼下には、アユナ湖からベルディの街に流れる川。


「そこで待っているのか? どうなっても知らんぞ」


 男はそう言うと、山肌を滑るように川に向かって山を下り、河原に降り立った。


 上流を見ると、轟々とした激流が肉眼で確認できるほどまで迫っている。


 時刻は夕暮れ。陽は既に山の端に吸い込まれ山中は暗い。しかし、迫る激流は、夕の陽で薄明るい空を反射し、白銀に輝きながら、木々を、山肌を飲み込んで、強大な怪物の様相で襲い掛からんとしている。


 が、男は動じない。身の丈の数倍の高さの激流に向かって右腕を伸ばした。

 と、次の瞬間、激流は巨大な透明な壁に激突したように大きな飛沫を上げ、跳ね上がった。


「秩序を侵す行為には、理に背いて応えよう」


 男は伸ばした右腕に左手を添えた。


 直後、まるで時が止まったかのように、巨大な激流が静止した。


 轟々と鳴り響いていた激流の咆哮は止み、辺りには慌てたように叫ぶ鳥の声と、優しく肌を撫でるそよ風に喜ぶ梢のささやきが流れるばかり。


 そして次の瞬間、その穏やかな空気を打ち破るように、再び激流が轟音を発しながら、なんと上流に向かって逆流し始めた。

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