巨人族来訪
スペリアム王国バルト領駐留軍統括官カリーナは、統括事務所の会議室で、第12騎士団団長ディクソンと、第13騎士団団長クロムウェルとともに、深刻な顔で話し合っていた。
カリーナは黒い髪をかき上げ、眼鏡の奥のまつ毛の濃い目を細めながら報告書類に目を落とす。浅黒い肌が、どこか今日は血色が悪そうに、いつもよりさらに少し暗いように見える。
「ラスタイル教皇が暗殺されて1週間経つというのに、犯人の目星すらついていないとは……」
カリーナは書類を机の上に乱暴に投げると、腕を組み、自分よりも1回り上の年齢のディクソンとクロムウェルを睨んだ。
「申し訳ありません。我ら騎士団の不甲斐なさを恥じるばかりです」
茶色い髪をセンターで分け、太い眉に少ししゃくれた顎のディクソンが、申し訳なさそうに頭を下げると、クロムウェルも続いて頭を下げた。
「マサキ殿も、護衛任務を失敗してさぞや落ち込んでいることでしょう」
クロムウェルは頭を上げながら言った。
ラスタイル教皇の護衛を務めていたマサキは、ラスタイル教皇暗殺の日のうちに、ベルディを発っていた。
「それはどうかしらね……」
カリーナは顎に手を当てながら、マサキの去り際に交わしたやり取りを思い出していた。
ラスタイル教皇暗殺後、マサキが王都に戻る際にカリーナはマサキに挨拶をしにいった。
そのとき、マサキの仲間たちは多少動揺している様子であったが、マサキに落ち込んでいる様子はなかった。
そのため、カリーナはマサキに現在の心境を聞いたが、マサキの返答は意外なものであった。
「俺は教皇を護衛しろとは言われていない。一緒について行けと言われただけだ。だから、教皇が誰かに殺されようが、俺には関係ない」
おそらくラスタイル教皇は、マサキが護衛ではないと知らなかった。事実、暗殺される直前に、護衛なのだから戻って来い、と指示をしていた。
そこから、ラスタイル教皇の暗殺は、教皇がベルディの街を訪れる前から計画されていたと推測できる。マサキにラスタイル教皇に同行するよう指示した人物が、暗殺に関係しているに違いない。
その線での捜査は、ハルエスト教会の内情に関わる話になるためディクソンとクロムウェルには困難である。首謀者の捜査は、自分がやらなければならないとカリーナは考えていた。その代わり、実行犯の捜査までは手が回らないため、実行犯についてはディクソンとクロムウェルに任せざるを得ず、カリーナはなんとももどかしかった。
カリーナの頭を悩ませていることは、それだけではなかった。
「実行犯の捜査は引き続き継続しながら、彼らへの対応もつつがなくお願いします」
カリーナがそう言うと、クロムウェルが笑みを浮かべた。
「はい、準備は万端です。捜査で足りない人手は下級官吏で補えました。いや、本当、下級官吏を使うことを許可していただき、ありがとうございます」
そう言って頭を下げるクロムウェルに対し、カリーナはツンとして言った。
「それは私の案じゃないわ、もっと上からの御厚意よ」
ちょうどそのころ、ベルディの街の中では、静かなざわめきが広がっていた。
人々が注目しているのは、男ばかり8人の集団。
動物の毛皮や木の皮で作った服を着て、中には上半身が裸の者もいる。顔や体に入れ墨を施し、野性的な印象の集団であるが、最も特徴的なのは風貌というよりは、その体格である。全員が筋骨隆々としているが、そんなことはまだ大したことではない。彼らの身長は低い者でも2メートル50センチを超える長身なのだ。
彼らは巨人族。
この世界の5大種族の1種族である。
人々は先日の教皇の来訪のときのように歓声を上げることはなく、風貌に似合わず、威嚇するでもなく静かに城に向かって歩いていく巨人族の集団を、遠巻きで興味深そうに見ていた。
「巨人族が何をしに来るんでしょうね」
アルトは眼鏡の位置を中指で直しながら、隣に立つ同僚のカボスに話し掛けた。
2人はベルディの城の玄関ホールで、いつもの下級官吏の制服とは違う、来賓を出迎えるための鮮やかな青色の制服を着て並んで立っていた。
アルトよりも頭1つ大きいカボスは、いつもどおり七三分けの生真面目そうな見た目で、直立不動で正面に顔を向けたまま答えた。
「何でも、領主様に至急申し入れたいことがあるらしいですよ」
これから現れる集団は巨人族の一行。
彼らは、スペリアム王国バルト領の西に接する地域を拠点としていた。
国賓レベルの来賓の対応は、本来は騎士がするものだが、ラスタイル教皇暗殺事件の捜査に多くの騎士が駆り出されているため、下級官吏が人員の不足を補うこととなった。アルトが選ばれたのは、いつもと同じ理由で使い勝手が良いから。一方、カボスが選ばれた理由は、人間の中でも高身長であるため巨人族を相手にするのに適任である、といういい加減な理由であった。
「おい、下級官吏、無駄口叩いてんじゃねえぞ!」
第13騎士団副団長のジョンサムが、アルトとカボスを怒鳴りつけた。
カボスは不動のまま正面を見続け、アルトは大げさに「はい!」と返事をして背筋を正した。
と、ジョンサムの背後からクロエが現れる。
「ジョンサム副団長、あまり彼らを威圧すると緊張を煽るだけですよ」
「はっ、こいつらはただの頭数合わせ、にぎやかしだ。緊張して動けなくなるくらいでちょうど良いんだよ」
「いや、そうは言っても……」
クロエが何とかジョンサムを嗜めようとしていると、第13騎士団団長のクロムウェルが現れた。
「クロエ、ジョンサムの言うとおりだぞ、対応は全て我々騎士が行う。下級官吏には荷が重いからな、彼らは何もしないで立っているだけで良い、それが一番トラブルがなく、安心だ、ハッハッハ」
クロムウェルは額から頬に掛けて傷のある顔で、豪快に笑った。
「団長、巨人族の方々、入ります!」
栗色のちじれ毛、そばかす顔の青年騎士――エリックがクロムウェルに合図をすると、クロムウェルとジョンサムは玄関ホールの奥の階段の前で姿勢を正して立ち、巨人族の一行を出迎える態勢となった。
城の入口の高さは人間には十分であるが、巨人族はほとんどギリギリで、1人、2人は小さく頭を下げながら、窮屈そうに玄関ホールに入って来た。
先頭の男がおそらくこの集団のリーダーなのだろう。木の皮製のゆったりとしたベージュのズボンとシャツ、シャツの上には毛皮のベストを羽織り、獣の牙や爪で作ったネックレスとピアス、ブレスレットで装飾している。濃い茶色の髪を逆立て、額のヘアバンドに眉まで覆われ、ヘアバンドの真下の鋭い眼で玄関ホールに集まった騎士や下級官吏たちを見回している。
「ん……?」
と、巨人族のリーダーが不思議そうな表情を浮かべて、アルトに近付いてきた。
アルトは目を合わせないように下を向いていたが――
「お前、アルトか?」
巨人族のリーダーに突然名前を呼ばれ、アルトは顔を強張らせて咄嗟に、
「あ、あーっ! トイレですか、トイレですね! あの、この方、トイレに行きたいみたいなんで案内してきます!」
と、巨人族のリーダーの腕をがっちりつかんで、背後の廊下の奥に連行した。
後に残された者たちは、クロムウェルやクロエはもちろん、巨人族の男たちもポカンとして、二人が消えた廊下を見つめるばかり。