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鏖太刀・イバラキ

「手負いで勝てる相手ではないと忠告したはずだ、逃げるべきであったな」


 笑うでもなく、怒るでもないアルトの眼に、ラインフォールは逆に恐縮した。


「は……申し訳ありません。足止め程度ならば可能かと考えてしまいました」

「足止め? ……そうか、なんとなく察しはついた。後は俺が話をつける。この場を離れるでも、この場にいるでも、好きにしろ」


 ラインフォールは、「はい」と頭を下げると、大木に背を預けて座り込んだ。


「キミ、誰?」


 マサキは眉間に皺を寄せ、不信感を滲ませながらじろじろとアルトを見た。


 このときのアルトは、下級官吏の制服の上着を脱ぎ、ネクタイを外したワイシャツ姿で袖をまくった格好。元・魔王の威厳に満ちた雰囲気も相まって、マサキには何者か推測することも困難な見た目であった。

 そして、アルトは眼鏡を外しており金色の瞳でマサキを見ている。つまり、今、アルトからは魔族の魔力が溢れ、マサキは直にその魔力を感じていた。


「俺のことは気にするな、手負いの獣に代わって遊んでやろうというだけだ」

「キミが、ねえ……」


 マサキはそう呟きつつ、アルトとの距離を詰めようとした。が、その前にアルトが鼻先に現れ、マサキを突き飛ばした。


「思ったよりも遅いな」

「な……!」


 マサキは咄嗟に腕でガードし、ダメージはなかったが、数メートル後ろの木に背中を打ちつけた。


 強い。

 仮にラインフォールが手負いでなかったとしても、この男には及ばないのではないか。

 マサキは、ふと思い出した。オルレウス魔王国の、追放された魔王の噂を。

 月夜の夜空のごとき髪と金の瞳。

 まさか――


「いやいや、こんな所に元・魔王がいるわけないよね」


 マサキは頭を振って思い直すと、大剣を中段に構えて魔力を籠めた。

 マサキの集中が深まるにつれ、辺りに冷気が漂い始める。そして、マサキの口から漏れる吐息が白くなり始めたとき――


魔獣氷創(まじゅうひょうそう)!」


 マサキが魔法を唱えると、冷気が集まって、3体の巨大な狼――フェンリルの形をした氷の塊となった。それらは十数メートルの巨体を伸ばし、本物のフェンリルのように雄叫びを上げる。

 本物のフェンリルは、甲級の上に位置する特級モンスターである。もしもフェンリルを3体同時に相手にしようとすれば、オルレウス魔王国の一軍団であっても壊滅的な被害を受けるだろう。コピーがどれほどの力を持っているかは分からないが、少なくとも発するプレシャーは本物に匹敵している。


 だが――


「ふ……面白い魔法だが、じゃれ合う暇はない。昼休みが終わるまでに戻らなければならんのでな」


 やはりアルトは動じない。目の前のフェンリルのコピーよりも、午後の勤務時間に間に合うかどうかの方が重要であった。


「何を訳の分からないことを!」


 十数メートルの大きさのフェンリルが次々とアルトに襲い掛かり、休む間もなく攻撃し続けたが、アルトは軽やかにそれら全ての攻撃をかわした。

 そんなアルトに狙いを定め、マサキは離れた位置で大剣を振りかぶった。


「凍れ! 氷刃凍波斬(ひょうじんとうはざん)!」


 マサキが大剣を振り降ろすと、前方数百メートル仰角90度の範囲が全て凍りついた。

 だが――


「黒炎・煉獄」


 辺り一帯が業火に包まれ、氷刃凍波斬による氷は一瞬で全て溶け、さらに氷のフェンリルも半分ほど身体を溶かしながら動きを止めた。


「バ、バカな……」


 マサキは目を見開いた。マサキは氷の魔法には自信があった。だがアルトの炎は、その自信をいとも簡単に溶かしてしまったのだ。


「今の俺では、子犬を消し去ることもできないか」


 それでもアルトは本来の力の10分の1しか出せていない。

 アルトは、半分以上が溶けて動けなくなっている氷のフェンリルを見回し、不敵な笑みを浮かべると、


「魔装召喚」


 と身体の前で右腕を伸ばし、身体の前に発生した闇の中から刃渡り2メートル近い大太刀を取り出した。


鏖太刀(おうだち)・イバラキ」


 アルトの一挙手一投足を目に焼き付けんとしていたラインフォールも、大太刀の妖しさに、思わずアルトではなく大太刀に見惚れてしまった。


「ラインフォール、伏せていろ」


 アルトは身体を右に捩じりながら大太刀を右方向に振り被り、その場で一文字に大太刀を振り切った。

 と、巨大な斬撃が周囲に飛び、木々はもちろん、氷のフェンリルの身体を上下に真っ二つに切断した。


「うおおおッ!」


 マサキは大剣で斬撃を受け止め、しばらく耐えていたが、大剣にひびが入り、ついに大剣が砕かれた。マサキは、大剣が砕かれる直前で何とか真上に飛びのいて斬撃を回避し、冷や汗をかきながら大木の太い枝の上に着地した。


 何という力。まさか、本当に元・魔王なのか。だとすれば、死を覚悟して全力を出さなくては勝つことはできない。

 マサキは決心を固めた。


「良いだろう、ここからは全力を出す」

「ふ……まるで、今まで全力を出していなかったような口ぶりだな」


 アルトは大太刀を肩に担ぎながらマサキを見上げる。いつの間にかアルトは、間合いのギリギリ外までマサキに接近していた。


「大剣同士で斬り合ってみたかったが、貴様の方はなまくらだったと見える」


 アルトは大仰に残念そうな顔をして見せた。


「がっかりするのは早い……!」


 マサキは冷や汗をかきながら強がって笑みを浮かべ、折れた大剣の先を氷で覆い、氷の大剣を作り出した。

 耐久力は落ちるが、鋭さはほとんど変わらない。


「まだまだ、これから……!」


 とマサキがアルトに攻撃を仕掛けようとしたとき――

 マサキの懐から朗らかなメロディが流れ、マサキは咄嗟にアルトと距離を取ると、アルトに大剣の切っ先を向けながら、懐から何やら機械を取り出して耳に当てた。


「はい、なんでしょうか」


 それは魔力を使って通信ができる道具、いわば通信機であった。


『マサキ、今どこにいるのですか』


 通信の相手は、ハルエスト教会教皇ラスタイル。


「少し街の外に……」

『まさか、トラブルを起こしてはいないでしょうね』

「そんなことはありません」

『とにかく早く戻って来なさい。貴方は私の護衛なのですから、近くにいてもらわねば困ります』

「……はい分かりました、直ぐ戻ります」


 最後は半ば投げやりな感じでマサキは通信を切った。

 そして、苛立たし気にため息をつくと、アルトを向き、


「そういうわけだから、これで終わり」

「そうか」


 アルトは笑みを浮かべながら答えた。

 ここに来る前にクロエに一声掛けて良かった。クロエからラスタイル教皇に状況が伝わり、マサキに連絡が入ったのだろう。


「仲間の怪我を直したいんだけど、良い?」

「構わんよ。ただし、今後、理由なくラインフォールは襲わないと約束しろ」


 アルトの出した条件に、マサキは不満そうに眉間に皺を寄せ、目を細めた。


「……まあ、良いや、またあんたが出て来ると面倒だ」

「よし、交渉成立だ」


 そう言ってアルトは鏖太刀・イバラキを闇の中にしまうと、ラインフォールに肩を貸して消え去った。

 後に残されたマサキは、脚の力が抜けたように座り込み、透き通るような青空を仰ぎ見た。


「あー、なんだあれ、あのままやってたら絶対死んでたよ」




 アルトはラインフォールを家に送り届けた後、何とか1時間の昼休みが終わるギリギリで職場に戻って仕事を始めたが、昼食を食べることができなかったため、腹の虫が収まらず、仕方なく役所の購買でお菓子でも買おうかと廊下に出て玄関ロビーまで行くと、ちょうど玄関のガラスの向こうに、マサキとその仲間たちが城門に入って行くところが見えた。

 マサキらは教皇に命じられたにも関わらず、急いで戻る様子はない。せめてもの反抗のようにも見える。

 アルトは城門の奥に消えるマサキらを見ると、購買に入って、少し悩んでからプレッツェル状のお菓子を購入し、職場に戻ろうとしたとき、にわかに外が慌ただしくなった。




「これは……直ぐにこのフロアを封鎖しろ」


 スペリアム王国騎士団バルト領統括官カリーナが、クロエを含む配下の騎士らに指示をした。


 カリーナの目の前には、目を見開き、血まみれになったラスタイル教皇の屍。

 カリーナは部屋の壁際で眠たげな眼をして欠伸をしているマサキを見た。


「マサキ殿が部屋に入ったときにはこの状態であったと……間違いありませんね?」

「ああ、街の外で少し身体を動かしていたところ……30分くらい前かな、教皇から戻って来いと連絡があって、戻って来たらこのザマだ」


 第1発見者を疑うのはセオリーだが、血痕の乾き具合から殺されたのは数十分前、そして、


「統括官、5分前にマサキ殿とそのお仲間が城門を通過したことを確認しました」


 とクロエが報告したため、マサキは容疑者から外れた。


「なんということ……現役の教皇様が暗殺されるなんて、大変なことになるぞ」


 カリーナは、ラスタイルの苦悶の表情に視線を落としながら、奥歯を噛んだ。

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