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魔族に対する「毒」

「そうでしたか、あれが紋章持ち……」


 その夜、アルトとラインフォールは夕食を食べながら、昼間のできごとを振り返っていた。

 今日の料理は、香辛料とともに焼いた黒豚のローストポーク。だが――


「……焼き過ぎだ」


 アルトは噛みにくそうに口の中でもごもごと肉を噛み、血のように赤いワインで流し込んだ。


「それに筋を切っていないな、噛み切れん」

「そうですか?」


 しかし、ラインフォールはいとも簡単に肉を噛み千切り飲み込んだ。

 アルトはナプキンで口を拭きながら、ラインフォールを見た。


「ラインフォールは、紋章持ちと遭遇したのは初めてか?」

「はい、噂で聞き及ぶばかりでした。ガネッサの前の白の軍団長、白煉のヒューラー殿は紋章持ちに倒されたとか」

「ああ、ヒューラーの件は俺が旅に出ている間のことで詳しくは知らんがな。俺が直接見たのは……4年ほど前か、先代の紫の軍団長、紫幻のメッツァが紋章持ちに倒されたときだ」

「メッツァ殿も……」


 ラインフォールは知らなかったらしく、少しく驚いた。


「激闘だった」


 アルトは、思いに耽るようにグラスに残ったワインを見つめた。


「……人間と思って侮るなよ。あれは特別だ。例えるなら、魔族に対する毒のようなものだ」

「毒……ですか」


 ラインフォールにはアルトの言わんとしていることが理解できなかった。

 神の加護の証をその身に刻んで生まれる人間――紋章持ち。ラインフォールはそのことに何の違和感も疑問も抱いていなかったが、アルトの「毒」という例えに、妙な引っ掛かりを覚えた。


「手負いのお前では少々キツい相手だ。安易に近付くなよ」

「はい……」


 ラインフォールが魔甲クロウレスから受けた傷は相当に酷く、まだ完治していなかった。

 そこで、ラインフォールはふと思った。


「そう言えば、クロエも紋章持ちでしたね。軍団長を倒すほどの力があるとは思いませんが……」

「あれはさらに特別だ。紋章持ちでありながら、魔法の素養がなく、人並以下の力しかない。その理由は俺にも分からん」


 そう言って、アルトは皮肉な笑みを浮かべた。


「だからこそ、興味が湧くとは思わんか?」




 ベルディの街の小さなバーのカウンターの隅で、金色の短髪で額から右頬に掛けて傷跡のある40歳くらいの男――クロムウェルが、琥珀色の酒が入ったグラスを傾けていた。

 その横には、筋肉質なクロムウェルよりも細身の男。年齢はクロムウェルと同じくらいか。少し長めの茶色い髪をセンターで分け、太い眉に少ししゃくれた顎が特徴的だ。


「今日は、おたくの副団長に世話になったよ」

「それはどうも、だが、礼はアリスに直接言ってくれ」


 クロムウェルの横に座る男は、第12騎士団の団長ディクソンであった。


「キミに聞きたかったんだけど、魔鉞バラックスをアリス君が倒して褒章を授与されたことについては、どう思っている?」


 クロムウェルはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら聞いた。

 ディクソンもまたいやらしい笑みを浮かべた。


「どう、って? 大変誇らしい気持ちでいっぱいさ」


 クロムウェルは、ディクソンの表情と口調で、ディクソンも自分と同様に、バラックス撃退はアリス1人で成し遂げたものでないと思っていると感じた。

 確かにアリスは優秀な騎士であり、第12騎士団の中でも飛び抜けて実力があるが、それでもオルレウス四武将として名の通った魔鉞バラックスを1人で相手にできるとは考えられなかった。しかし、2人はそうは考えていても、それでは誰が一緒に戦ったかということになると見当はついておらず、もちろんクロエは候補に挙がっていなかった。


 ディクソンは、空になったグラスを店のマスターに見せて、同じ酒を注文し、クロムウェルを見た。


「それで、マサキ殿とは友好を深めることはできたのか?」

「ふん、紋章持ちは何を考えているか分からん」


 クロムウェルは苦々しく答え、ウイスキーを飲み干すと、少し強めにコースターの上に置いた。

 グラスの中の氷が音を立てた。いつもは心地よい音色も、今日のクロムウェルにとっては雑音のようであった。

 ディクソンは、そんなクロムウェルを見て微かに笑った。


「クロムウェル、そんなお前に面白い話がある」

「面白い話?」

「ああ……もう少しこっちへ」


 クロムウェルは、訝しみながらディクソンに身体を寄せた。

 ディクソンは、バーのマスターにも聞こえないように、小さな声でクロムウェルに耳打ちすると、クロムウェルは驚き、ディクソンを睨むように見た。


「なぜ俺に話す。キミが自分でやれば良いだろう」

「俺は、次の総団長にはお前が相応しいと思っている。この話を受ければ、後ろ盾を得られて、総団長への近道となる」


 ディクソンの言葉に、クロムウェルはニヤリと笑った。


「ディクソン、キミはカリーナの嬢ちゃんについていくものと思っていたが?」


 ディクソンは、バルト領駐留軍統括官カリーナに対し、常日頃から良い顔をしており媚を売っていると思われていた。


「上官の心証を良くしておいて悪いことはないだろう」


 ディクソンは一笑に付した後、眉間に皺を寄せ、拳を強く握った。


「……本音を言えば、年下の小娘が上官であるなど我慢できん。しかし、お前になら、俺はついていっても良いと思っている」


 そして、クロムウェルの肩に手を置き、


「総団長は、統括官の中から選ばれることが多いが、統括官を飛び越して騎士団長から選ばれることもある。お前ならなれる。ぜひ頑張ってほしい」


 ディクソンは真剣な眼差しをクロムウェルに向けた。

 そこで、2人が頼んだ酒がそれぞれ用意され、目の前に置かれた。

 クロムウェルが笑みを浮かべてウイスキーの入ったグラスを手に取ると、それに続くようにディクソンは透明な炭酸の入ったカクテルの入ったグラスを手に取り、2人無言で乾杯した。




 同時刻、ベルディの城。

 マサキはあてがわれたスイートルームのような豪華な部屋で、3人の仲間と何やら話し合っていた。

 時刻は既に午後10時を回っており、3人の仲間の顔には疲労と眠気が浮かんでいるが。マサキは昼間よりもはつらつとしている。


「それで、間違いないの?」


 剣士の女が疑うようにマサキに聞いた。

 マサキは楽しそうに笑みを浮かべた。


「ああ、間違いない、あの男はオルレウスの軍団長、黒耀のラインフォールだ」

「確かにただならない雰囲気のある男と思っていたが、まさかそんな大物が……」


 巨漢の男が呟く。

 ラインフォールが軍団長を辞したことはまだそれほど広まっていないらしい。


「ははあん、マサキのやりたいことが分かったよ」


 魔術師の女がニヤニヤとマサキを見ると、マサキは頷いた。


「黒耀のラインフォールの首を取る。ブルースやセツナのように、俺も軍団長を倒すんだ」

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