はぐれモンスター討伐隊
「それで、何で俺が呼ばれたんだ?」
アルトは眼鏡の奥の眼を細めながら、目の前を歩くモンスター討伐隊を眺めていた。
アルトの横でクロエが苦笑いをしている。
「はは、ごめんなさい。マサキはラスタイル教皇の同行者だから、接待をする事務方がいた方が良いということになって、それで人員を出してほしいと依頼したんだけど……」
「そんな誰もやりたくない仕事、当然俺に回って来るか……だが、結局お前のところのボスがずっと相手にしているではないか。俺はいなくても良さそうだが?」
アルトの言うとおり、討伐隊の集団の前の方で、金色の短髪で、額から右頬に掛けて傷跡のある重装の鎧姿の男――第13騎士団団長クロムウェルが、親し気にマサキに声を掛けている。
マサキは相変わらず眠たげな顔で、なれなれしいクロムウェルを煙たがっている様子だが、クロムウェルは気にも止めず、ぐいぐい攻めている。
周りの騎士の話している内容を聞くと、クロムウェルは大変な野心家で、紋章持ちのマサキとのコネを作ろうとしているようだ。
「何とも浅ましいな……」
アルトは詰まらなそうにため息を吐いた。
「おい、眼鏡小僧! 水を寄こせ、早くしろ!」
突然、ジョンサムがアルトに向かって大きな声で指示を出したので、
「は、はい! すいません!」
アルトは背中に背負った大きなリュックから水筒を取り出し、直ぐにジョンサムの所まで走って行き、ジョンサムに水筒を渡した。
「ふん、ボケっとしやがって、使えねえな、手前は」
ジョンサムは水を一口飲むと、叩きつけるように水筒をアルトに返した。
その様子をクロエは見ながら、何とも言えない気持ちになる。
尋常ならざる力を持つ元・魔王のアルトが、ああやってこき使われている。しかも、本人に嫌がる素振りもない。
元・魔王としてのアルトは不遜な態度で力を振るっているのに、下級官吏としてのアルトは頼りのない、鈍くさい男を演じている。アルトは、なぜこのような立ち位置に甘んじているのか、アルトのプライドは一体どうなっているのか。
クロエがそんなことを考えていると、ふとジョンサムがクロエを制止するように腕を向けた。
「嫌な気配だ……お前は後ろに下がって、邪魔にならないようにしていろ」
前方でも同様に感じているらしく、討伐隊の動きが止まった。
クロムウェルが辺りを見回す。
「報告されていた地点とは少しずれていますな。そんなに移動をするモンスターではないはずですが」
「どうでも良いよ、早く片付けて帰りたいな」
マサキは大きく欠伸をした。その直後――
「来ますよ!」
マサキの前を歩いていたアリスが剣を抜くと同時に、血のように赤い巨大な蛇――ブラッド・スネークと、全身に角を生やした熊――オーガ・ベアが群れで現れた。
どちらも騎士が数人掛かりで一体を対処できるレベルの乙級モンスター。しかも、オーガ・ベアは乙級モンスターの中でも、1つ上のレベルである甲級モンスターに近い強さを持つ。
クロムウェルは苦笑いしながら、
「ブラッド・スネークはまだいいが、オーガ・ベアはちと厄介ですな」
とロングソードを構えた。
「私が指揮を執ってもよろしいですか?」
アリスも剣を構えながら、少し緊張気味にクロムウェルの指示を仰ぐ。
他の騎士たちも緊張しながら各々剣を構えているが、そんな状況でも、マサキは眠たげな、やる気のない様子に変化がない。
「モンスターって、この程度? この程度に手こずるとか、有り得ないんだけど」
とマサキが言い終わるかどうかのタイミングで、オーガ・ベアが数体、マサキに襲い掛かった。
「マサキ殿!」
クロムウェルが慌てて叫んだが――
マサキは背中の大剣を抜くと、一刀のもとに数体のオーガ・ベアを斬り捨ててしまった。
「なに? 呼んだ?」
「い、いえ……」
さしものクロムウェルもたじろいだ。アリスもクロムウェルと同様に倒れるオーガ・ベアを見つめながら唾を飲み込んだ。
化け物じみた強さだ。もしかすると、オルレウス四武将魔鉞バラックスよりも強いのではないだろうか。
「面倒くさいな……熊は僕がやるから、蛇をお願い」
マサキは3人の仲間に指示をすると、3人はたじろぐ騎士たちを置いて、モンスターの群れに突っ込み、次々とブラッド・スネークを倒していき、マサキはオーガ・ベアを狙って突っ込むと、大剣で次々を倒していった。
「わ、私たちも負けていられません。皆、連携を取って、一体ずつ確実に仕留めて!」
アリスが指示をして、ようやく騎士たちもモンスターと対峙した。
その様子をアルトとクロエは一番後方で見ている。
「強いな、あのマサキとかいう紋章持ち」
「……私は『外れ』、私以外の紋章持ちは、皆あのレベルよ」
唇を噛むクロエを、アルトは横目で見た。
「お前は自分を卑下しすぎだ」
と、言うと同時に、アルトは横から襲い掛かって来たオーガ・ベアを裏拳で殴り飛ばした。ほかの騎士たちは目の前のモンスターに手一杯でアルトとクロエのことなど気にも止めず、アルトがオーガ・ベアを倒したことに気付きもしない。
「まだ20歳にもなっていないガキの癖に、人生に絶望するのは早すぎる。ほら、後ろ、来るぞ」
アルトの助言に従って、クロエは振り向き様に剣を抜き、牙を向くブラッド・スネークの片目を切り裂いた。
そして、間髪入れずアルトがブラッド・スネークの頭部に蹴りを入れ、頭蓋骨を砕きつつ遠くに吹っ飛ばした。
「別に、卑下などしていないわ。ただ、悔しいだけよ」
クロエはそう言いながら、真剣な眼差しで、オーガ・ベアを倒してのけるマサキを見た。
アルトは、そんなクロエの表情に強さを見て、小さく笑った。
「ふ……悪くない心意気だ」
「見てなさいよ、私だって強くなって見せるんだから……よし、私は仲間を援護に行くわ」
と、クロエが走り出そうとしたが、
「待て」
とアルトは止めた。
「本命が近くにいるぞ」
前方で戦っていたマサキもアルトと同様に勘付き、脚を止め、周囲の気配を探った。
「ふうん、面白そうな奴がいるね」
と言うと、マサキは森の奥へと走り出し、マサキの3人の仲間も慌ててマサキを負った。
「あ、マサキ殿!」
クロムウェルは呼び止めようとしたが、マサキは瞬く間に森の奥に消えてしまった。
「ど、どうしますか? 追いますか?」
アリスがクロムウェルに聞いたが、クロムウェルは唸るばかり。
マサキの行動も気になるが、ここにはまだ複数のモンスターがおり、それも捨て置けない。
「仕方ない……俺が追う。アリス副団長、ここ任せたぞ!」
クロムウェルはそう言うと、マサキらの後を追った。