魔王を穿つ爪、魔甲クロウレス
クロウレスは、爪を前にして高速で回転しながら、弾丸のようにアルトに向かって突進した。
クロウレスの逸話はアルトも聞いたことがあったが、その技を目の当たりにしたのはこれが初めて。クロウレスの動きを十分に観察しながら、紙一重でクロウレスの突進を回避したが、回転によって巻き起こる突風の勢いに、アルトは上着を斬り刻まれるとともに、体勢を崩し、膝をついてしまった。
クロウレスは、そのまま森の木々を粉みじんに粉砕しながら突き進んで制止すると、アルトを振り返り、気を抜くことなく身構えた。
双爪捩突貫の威力は、先ほどのアルトの闇の矢と同程度。いや、破壊する範囲の分だけ、双爪捩突貫に軍配が上がる。
「ハッハッハ、なかなかの威力だな」
しかし、アルトは楽しそうに笑いながら立ち上がった。
「本来のアルトワルス様の力ならまだしも、力を封印されたあなたでは、決して止められない!」
再びクロウレスは高く跳び上がり、回転しながら突進した。
双爪捩突貫は、ベラスムスの魔王に致命傷を与えた。封印の魔法で本来の10分の1の力しか出せないアルトが、ベラスムスの魔王よりも強いはずがない。つまりこの奥義で、間違いなくアルトに致命傷を与えられる。
「死ねえええっ!」
クロウレスは突進しながら叫んだ。
ところが、今度はアルトにかわす気配がない。
「観念したかぁぁっ!」
クロウレスは、勝利を確信した。
「ふっ、そんなわけないだろう」
アルトの呟きが聞こえた直後、轟音とともにクロウレスがアルトに激突した。
「な……!」
何が起こった。
クロウレスは自分の身に起こったことが理解できなかった。
アルトに激突した瞬間、クロウレスの爪が万力に押さえつけられたように動かなくなり、慣性でクロウレスの身体が1回転して静止した。
クロウレスは静止した体勢のまま、足元の草むらを見つめ、思考していた。
なぜ回転が止まった。なぜ停止している。なぜ――
次の瞬間、クロウレスの両手の爪がアルトに握りつぶされ、砕け散った。
「バ、バカな……!」
アルトは、血の滲む右手の平をクロウレスに向けた。
クロウレスの双爪捩突貫は、真正面からアルトに受け止められた。それも片手で。
「俺に傷をつけるとは大した威力だ。だが、致命傷を与えるには足りんな」
「そんな……俺の爪は、魔王にも……」
「当時、ベラスムスの魔王は相当の高齢で、病を患っていたと聞く」
アルトは、憐れむような目でクロウレスを見た。
「そんな老人を傷つけたところで、何の自慢にもならんよ」
「く……ま、まだ――」
「轟雷・羅電」
周囲が昼間のように明るくなるほどの激しい雷撃が放たれ、クロウレスは身体から煙を上げながら倒れた。
「さて、先にどちらの様子を見に行くかな」
アルトは血の滲む右手を振りながら、街の方向を見た。
オルレウス魔王国四武将、魔鉞バラックス。
話には聞いていたけど、こんな話じゃなかった。これほど絶望的な強さとは聞いていない。
斧が来る。
何とかかわせた……でも風圧で身体が持っていかれる。
1人ならとっくに死んでいる。
あの娘は……クロエは、なんであんなに食らいついていけるの?
なんで、あの落ちこぼれの子が、私の前で戦っているの?
アリスは、バラックスに攻撃をしようにも、バラックスの攻撃を回避するので精一杯で、クロエのように隙をついて攻撃するなどとてもできなかった。
「アリス、私たちの物理攻撃では倒せない、魔法を使って!」
クロエはそう叫び、バラックスの攻撃を引き付ける。
「む、無理よ、こんな奴、私たちが倒せる相手じゃない、団長や副団長を呼びに行きましょう!」
「あなたのところの副団長は、さっきこいつに倒されたわ」
「え……う、うそ、そんなの……なおさら無理よ!」
「無理でもやるの! 私たちが逃げたら、こいつのせいでたくさんの人が死ぬ。私たちがこいつを止めるの。止められなくても、私たちが時間を稼ぐ間に、団長が来てくれるかもしれない」
振り下ろされるバラックスの大斧をクロエは紙一重でかわし、バラックスの指に剣で切り傷を付けた。
最高に集中できていることをクロエ自身も実感していた。
白蛇のガネッサと戦ったときと同じくらい集中できている。これもラインフォールの稽古のたまもの。ラインフォールは、身体能力を向上させる基礎訓練とともに、クロエがガネッサと戦ったときに発揮した集中力を常に維持できるような稽古もしていた。
その稽古の成果が、この危機的状況で発揮できている。
だが、バラックスの大斧の攻撃は、クロエにとっては全て必殺。死とすれすれの緊張感は神経をもすり減らす。後どれくらい集中力が持つか分からない。
「アリス! アリスの魔法なら、こいつを倒せる! だから、お願い!」
「クロエ……」
アリスは、クロエと幼馴染であり、そして、クロエの兄の許嫁であった。
アリスとクロエは年齢も同じ、ともに騎士の家系に生まれ、子どもの頃はよく2人で遊んでいた。しかし、アリスがクロエの兄と許嫁となってから、クロエの兄がクロエを邪険に扱っていたため、アリスはクロエと疎遠となった。
そのことは、アリスにとってずっと心苦しかった。
だから、クロエが自分と同じくバルト領に駐留する騎士団に配属されたと知ったときは、クロエと再び仲良くできるのではないかと思っていたが、2人を分かつた時間は簡単に取り戻せない程に長く、アリスは素直にクロエに接することができなかった。
それなのに、今、クロエは自分を信頼し、命を預けてくれている。
アリスの胸に様々な感情が混じり合いながら溢れ、一筋の涙となって流れた。
「……仕方ないわね、私が手を貸してあげるわ」
アリスは左腕を前にして半身になると、左手に魔力を溜めてバラックスに向けた。すると、アリスの左手に集まった魔力が弓の形となり、アリスはその魔力の弓に、右手に持った剣を矢のようにつがえた。
次第に剣にも魔力が集まり、剣が強く光り輝き始める。
「アリス、それじゃあ足りない! こいつを貫けない!」
クロエが叫ぶと、アリスは額に汗を浮かべながら苦笑した。
「分かったわよ、これから全ての魔力を剣に回すことに集中する。ちゃんと私を守りなさいよ」
アリスの剣が輝きを増す。これ以上は、訓練でも試したことのない領域だ。だが、クロエの言うとおり、バラックスを倒すにはこの程度では足りない。自分の限界まで、いや、限界を超えなくてはならない。
「はあああっ!」
アリスは気合をこめ、剣に魔力を集めた。
その間、クロエはバラックスの注意がアリスに向かないよう、これまで以上にバラックスに対して積極的に攻撃を仕掛けていた。
1発でも直撃を受ければ即死。そんな相手に勇猛果敢に向かっていくクロエに対し、アリスは離れた位置にいながら恐怖で脚が震えていた。
「なんで、あんな……怖くないの?」
アリスは震える唇で呟いた。
バラックスは確かに恐ろしく強い。何とか戦っているが、実際には死と隣り合わせだ。だが、クロエとしては、軍団長である白蛇のガネッサや翠牢のキメリア、また、ダンジョンで遭遇した神の使いに比べれば、バラックスなど大したものではなかった。
「あんたなんかより、もっと怖い奴を知っている!」
そのとき、突然、バラックスが大斧を振り上げながら高く飛び上がった。
「な……」
驚くアリス。
「しまった……」
奥歯を噛むクロエ。
バラックスの奥義・雲散霧消が来る。




