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孤独の騎士

「次に家に帰って来るときは、団長になったときだ」


 笑う兄の言葉。

 でも、私の才能では、団長になれないことはみんな知っている。


「もしも騎士を辞めたくなった連絡しなさい。住み込みの給仕なら見つけてあげられるから」


 悲しそうな母の言葉。

 騎士を辞めても家に帰ることはできない。


「大成するまで、家名を語ることは許さんぞ」


 厳格な父の言葉。

 落ちこぼれの私が家名を語ることで、家名が傷つくから。


「僕には姉はいないって言うから、姉さんもそのつもりでね」


 蔑む弟の言葉。

 今や、すれ違っても他人のよう。


「さようなら、クロエ」


 黒く塗りつぶされた家族の顔。嘲笑う口元だけが鮮明。




 クロエは全身を汗で濡らしながら目を覚ました。

 暗い部屋。白い天井に、カーテンの隙間から入る月の光が線を描いている。

 クロエはベッドから出ると、部屋に備え付けられたユニットバスでシャワーを浴びた。


「何で思い出すのだろう……」


 今の夢は、騎士団に入団するときのこと。

 名門カーネスト家に、類稀な紋章持ちとして生まれながら、騎士としては並以下の実力のクロエは、追い出されたも同然に家を出た。

 帰る家のない、孤独な騎士。

 落ちこぼれと揶揄されても、いつか見返してやるという気持ちで耐えているが、言われるたびに心は傷ついていた。

 顔を流れ落ちる雫に、シャワーの湯とは違う熱いものが混じった。

 ふと、アルトの背中が思い浮かんだ。白蛇のガネッサから助けてくれた、そのときの背中。

 黒い上下に身を包んだその背中に、クロエは光を感じた。

 元・魔王であるアルトが、クロエの孤独にもたらされた光だった。




 翌日、アルトが仕事に行っている間に、任務の代休で仕事が休みのクロエは、アルトの家に行った。

 雲がまだらに浮かぶ青空の下、家の外でラインフォールが白いシーツを干していた。


「おはよう……ございます」


 クロエがおずおずと挨拶をすると。

 ラインフォールは昨日と同様に狼のような目でクロエを睨み、


洗濯物(これ)を干し終わるまで待っていろ」


 とぶっきらぼうに言った。

 クロエは、


「あ、じゃあ私も手伝います」


 と洗濯かごの1番上のシャツに触れようとしたが、


「止めろ、アルトワルス様のお召し物に触れるな!」


 とラインフォールが威嚇したので、手を止めた。


「す、すいません、早く洗濯物を干し終われば、早く稽古ができると思って……」


 困った顔のクロエをラインフォールはジトッと見ていたが、


「……じゃあ、タオルを頼む」


 と渋々といった様子で、少しだけ洗濯かごをクロエの方に脚で押しやった。


 クロエは大小いくつかのタオルを干しながら、前髪で片目を隠した、黒づくめのラインフォールを横目で見ていた。

 元とはいえ、オルレウス魔王国の軍団長が昼日向に洗濯物を干しているなんて、おかしな光景である。

 それに、白蛇のガネッサや翠牢のキメリアとは、雰囲気が違う。彼らはクロエから見て破壊と殺戮の権化であったが、ラインフォールはその辺にいる人間と変わらない雰囲気だ。もしかすると、ガネッサやキメリアも、魔王国では普通の生活を送っているのかも知れないとクロエは思った。


「よし、終わった。洗濯かご(こいつ)を戻してくるから待っていろ」


 そう言ってラインフォールは洗濯かごを持って家の中に入り、少ししてから、2本の木剣を持って出てきた。


「分かっているとは思うが、お前に教えるのは剣術だけだ」


 そう言って、ラインフォールは木剣をクロエに投げ渡した。

 クロエは両手で木剣をキャッチしたが、その木剣は異様に重く、思わず落としそうになってしまった。


「非力だな、それくらい片手で1時間は振れないと、話にならんぞ」

「な、舐めないで、これくらい……大丈夫よ」


 クロエは片手で持って構えたが、本当に木でできているのかと思うくらいに重い。クロエが使っている騎士団支給の本身の剣の倍くらいの重さがあるように感じる。


「それじゃあ、軽く実力を見せてもらおうか」


 そう言ってラインフォールは片手で木剣を構えた。


 隙がない。


 クロエの額を汗が伝う。ラインフォールに攻撃を仕掛けても、全て返されて逆に斬られる想像しかできなかった。


「ふん、俺との力の差は分かるか。そちらから来ないのならば、こちらから行くぞ」


 と、ラインフォールが言った次の瞬間、ラインフォールはクロエの左に移動し、クロエの首に木剣を突き付けた。


「片手で扱えないなら、両手で持っても構わない」


 ラインフォールは再び先ほどの位置に戻って、剣を構えた。

 クロエは、今度は両手で剣を構え、深く集中した。

 そして、再びラインフォールはクロエとの距離を詰める。

 今度は右。クロエは反応したが、動きが間に合わず、またもラインフォールに木剣を突き付けられた。


「なるほどな……貴様の実力は分かった」

「え、今ので?」

「俺とて剣士、他人の剣の腕くらい正確に測れて当然だ」


 そう言いながら、ラインフォールはまた元の位置に戻ると、木剣の切っ先をクロエに向けた。


「弱いな」

「う……」


 自分でも分かっているとは言え、やはりはっきり言われると傷つく。


「だが、2週間でアルトワルス様から1本を取れるようになる方法は思いついたぞ」

「え……?」

「……どうした?」


 ラインフォールは、てっきりクロエが喜んでテンションを上げるかと思っていたが、予想外に戸惑っているので思わず聞いてしまった。

 すると、クロエは恥ずかしそうに答えた。


「いや、てっきり、どうしようもない、とか、諦めよう、とか言われると思ったから……」

「なんだ、自信がないのか?」

「い、いや……そんなんじゃないわよ!」


 図星であった。あのアルトに勝つなど想像できない。


「まあ、それも当然だ、アルトワルス様に勝てると思うのは、おこがましいにもほどがある……だがな」


 ラインフォールは狼のような目で、睨むのではなく、真っ直ぐクロエを見た。


「俺は、アルトワルス様のお側に仕えるために、諦めるつもりはない。そして、貴様ならば不可能ではないと見た」

「は……」


 期待されたのはいつ以来だろう。たぶん幼いころ、まだ将来がどうなるか分からないときは、両親は期待してくれていただろう。だが、気付いたときには誰にも期待されなくなっていた。


「俺の稽古は地獄だぞ、死んでもついてこい」

「は、はい、お願いします!」


 クロエは湧き上がる喜びを押し殺して、大きな声で返事をした。




 その夜。

 アルトはラインフォールの作った夕飯を前に、稽古の状況について聞いていた。


「ラインフォールから見て、クロエはどうだ?」

「はい、作戦がありますので、あまり詳しくは申し上げませんが、弱いと言われる理由は分かりました」

「真面目過ぎるところだな」

「お気づきでしたか、さすがアルトワルス様です。あの女は、剣術の型を愚直に稽古したのでしょう。型の動きはなかなかに美しい動きでした。しかし、型どおりの動きしかできない。それでは仲間からは動きは丸わかり、実戦でも動けないでしょう」

「その欠点を補ってやるのが1つか」

「それに加えて、基礎体力と、得意な部分を伸ばしてやれば、どうにかなるかと」

「ふふ、そこまで言っては、どんな稽古をするのか分かってしまうぞ」

「まあ、この程度の話をしたところで、大したマイナスにはなりません。なにせ、この()()ラインフォールが指導しているのですから」


 ラインフォールは、ニヤニヤと勝ち誇ったような顔をした。


「ふ、まだ1日目、その顔をするのは早いな」


 そう言って、アルトはラインフォールの作った肉片の浮かんだコンソメスープを一口飲んだ。


「ときに、アルトワルス様」

「どうした?」

「……いえ、あんな人間の女にチャンスを与えたのは、なぜですか?」

「そうだな、強くなる可能性を感じたから、だろうな。節穴のような目しか持たない傲慢な人間どもが、強くなったクロエを見て泡を吹く様を見るのは面白そうではないか?」

「違いありません。さすが、アルトワルス様です」


 だが、アルトがクロエの望みを叶えてやろうとした理由は、それだけではなかった。クロエとカーネスト家の関係を知り、国を追放された自分と無意識に重ねていた。互いに帰る故郷のない立場。クロエの孤独をアルトは理解できた。


「それはそれとして……」


 ふとアルトが、皿の中のスープからラインフォールに視線を移した。


「このスープ、不味いな」

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