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王国民の友情

 魔族がサマノエル王国を侵攻した翌日、午前9時過ぎに故障した魔動車の代わりの車両が到着し、アルトらはサマノエル王国の首都へと出発した。

 昨晩の戦火の名残が残る街道を魔動車は順調に進み、首都に到着したのは午前11時過ぎ。到着するやいなや、アルトとカリーナは真っ先に魔動車を降り、全速力でアニマル・キングダム劇場版の最速先行上映をしている劇場に走った。


 先行上映は午前10時開始。上映時間は89分。2人が劇場に到着したのは午前11時21分で、もはや残りわずかな時間を見ても仕方がないと、2人は迷わず劇場のショップに駆け込んだ。

 目的は、アニマル・キングダム劇場版に登場するドッグン法師バージョンの劇場限定販売ぬいぐるみ。もはや売り切れていることも覚悟しながら、ショップの棚を探すと――


 あった。


 ドッグン法師バージョン(限定版)が。


 1つだけ。


 アルトとカリーナは同時にぬいぐるみを掴み、顔を見合わせた。

 2人見つめ合い、しばらく沈黙した後、アルトが口を開いた。


「お姉さん、キャットン騎士バージョン(限定版)は持っていますか?」


 キャットン騎士バージョンとは、ドッグン法師バージョンと同じく、今上映されているアニマル・キングダム劇場版に登場するキャットンのコスチュームであり、劇場公開に先立ってぬいぐるみが一部のアンテナショップで限定販売され、即日完売していた。


 キャットン騎士バージョンと聞き、カリーナは悔しそうな顔を浮かべ、


「く……残念だけど、手に入れられ……なかった……」


 と答えた。

 カリーナの返答を聞くと、アルトは決心したように深く目を瞑り、ドッグン法師バージョン(限定版)から手を離した。


「え……?」


 驚くカリーナ。


「僕はキャットンを持っているんで、ドッグンは譲ります」


 そう言ってアルトは眼鏡を上げながら格好をつけたが、心の中は涙していた。だが、初めてできた同年代の王国民(アニマル・キングダムのファンの通称)の知り合いが、悲しむところは見たくなかった。同じだけ楽しみ、同じだけ悲しみたかったのだ。


「あ、ありがとう……」


 礼を言いながら大事にドッグン法師バージョン(限定版)を抱きしめるカリーナの胸は、なぜか高鳴っていた。


 ちなみに、このときアルトはカリーナがスペリアム王国騎士団バルト領統括官であることを知らなかったが、カリーナはアルトがバルト領の下級官吏であることを知っていた。

 そして、ドッグン法師バージョン(限定版)を譲ってもらったことにより、アユナ湖の事件の関係でカリーナがアルトに抱いていた微かな不信感は完全に払しょくされた。


「王国民に悪人なし。王国民はみんな友だち」


 それが王国民の合言葉であった。




 アルトとカリーナが都市間魔動車の待合所に戻ると、ちょうどクロエもサマノエル王国に書簡を届けるという任務を終えて戻ってきていた。

 クロエは、任務の代休で明日は休みであったが、アルトとカリーナは通常通り出勤する予定であったので、今日中にスペリアム王国に帰るべく、3人は魔動車に乗り込んだ。


「そう言えば、ユンデさんがアルトによろしくって」


 クロエが弓使いユンデからの言伝をアルトに伝えた。

 アルトはカリーナとともに首都に到着するなり直ぐに魔動車を降りたため、ユンデに挨拶をする暇がなかった。

 アルトは小さく笑いながら、


「あの男とはいずれまた会う気がするな」


 と呟いた。




 魔動車は、行きと同じようにサマノエル王国のタルエンの町で乗り換え、合計約8時間を掛けてスペリアム王国ベルディの街に到着した。

 その間、アルトとカリーナはアニマル・キングダムの話で盛り上がり、クロエはその会話の声で寝たくても寝ることができず、到着したときには必要以上に疲労していた。

 ちなみに、クロエに任務を押し付けたクロエの同僚の3人の騎士は、クロエと一緒にベルディの街に帰るため、タルエンの町からクロエらと同じ魔動車に乗り込んだのだが、思いもかけず上官のカリーナが同乗しており、しかも同乗のカリーナに「お疲れ様」とまで言われてしまったので、明日以降、何かしら処罰が下ることを予期し、ベルディへの車中では3人とも絶望の表情であった。


 ベルディに到着したときには、時刻は午後8時を過ぎていた。

 カリーナはアルトに重ねて礼を言って家路に着き、アルトとクロエはカリーナを見送ってからそれぞれの家に帰ろうとしたが、そこに1台の馬車が走って来て、2人の前で止まった。


 窓から顔を出したのは身なりの良い老婦人――マーガレット。


「早く乗りなさい、あなたの家がちょっとした騒ぎになっているよ」


 マーガレットは、真剣な表情でアルトに馬車に乗るよう促した。

 アルトはもちろん乗り込んだが、なぜか流されるままクロエも馬車に乗り込んでしまった。

 この状況に戸惑いつつも、クロエはマーガレットが気になって仕方がなかった。というより、自分の記憶が正しいかどうかをずっと検証していた。


「ね、ねえ、アルト」


 クロエはマーガレットに聞こえないようにアルトに耳打ちした。


「この方って、()()マーガレット様……?」

「うん? どの()()か分からないが――」

「着いたよ」


 アルトが言い終わる前に馬車が到着し、アルトとクロエが馬車を降りると、そこはアルトの家がある丘の上。数十メートル先にアルトの家があるが、その玄関の前に松明を掲げた数人の騎士の姿が見える。




「貴様、抵抗する気か」

「名を名乗れと言っているだけであろう」


 騎士たちは、アルトの家の玄関の前に座り込む男に詰め寄っている。

 その男は黒髪で、顔の半分を前髪で隠し、黒いコートで身体を覆い、背中に剣を背負っていた。


「……人間に、名乗る名はない」


 男が騎士に向ける眼は、まるで狼のよう。その狼のような目が、松明の灯に照らされて鋭く光り、騎士たちはたじろいだ。




「昨日の昼前からずーっとあそこにいるんだ。しかも魔族らしくてね、さすがに放っておけないよ」


 マーガレットが困ったようにアルトを見た。

 アルトは男の正体に気付いているらしく、面倒くさそうに、


「なんと面倒なこと……」


 とため息をついた。


「アルト、彼は知人? なら、私に任せて」


 クロエはそう言ってアルトとマーガレットを置いて、1人で騎士たちに駆け寄った。


「すみません、この人はこの家の主の知人みたいです。後は私が引き受けるので、皆さんはもう帰って大丈夫ですよ」

「クロエか……いや、しかしな……」

「分かっています、魔族で危険だと言うんでしょう? でも大丈夫です。間もなくこの家の主が帰って来ます。そうすれば、この人も暴れることはありません」

「そうか……? そういうことなら……悪いな、俺たちは引き上げさせてもらう。実を言うともう交代の時間だったんだ」


 そう言うと、騎士たちは黒髪の男を気にしつつも帰って行った。

 その様子と、アルトが頷いたのを見てマーガレットも馬車に乗って丘を降り、後にはアルトとクロエと、そしてアルトの家の前に座り込む黒髪の男の3人が残された。


 月光の中、アルトは溜息混じりに、クロエと言い合いを始めた黒髪の男に近付いて行った。

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