オレスの行方
スペリアム王国の騎士たちは、国軍の役割のほか、街の警邏や城の警備、要人の警護なども担っており、その執務室や犯罪の被疑者の留置場などは、城壁の中にあった。
そして、バルト領には、スペリアム王国の13ある騎士団のうち、第12騎士団と第13騎士団が駐留しており、クロエは第13騎士団の団員で、ジョンサムは第13騎士団の副団長であった。
アルトが連行されたのは、城壁の中の、机が1つ置かれた石の壁の殺風景な部屋。
机を挟んでアルトの前にクロエが座り、その右斜め後ろにジョンサムが立ってアルトを威圧するように見下ろしている。
「それで、あの、何を話せば良いのでしょうか?」
アルトが少し上目遣いでクロエに聞いた。
クロエは、黒い瞳でアルトの眼鏡の奥の黄土色の瞳をじっと見つめながら口を開いた。
「昨晩、街の外から来た男と一緒にいたな」
クロエは、昨晩、アルトがオレスと逃げる際に遭遇した騎士であった。
「え、ええ……確か、あなたとすれ違いましたよね」
クロエは小さく頷いた。
「……それで、あの男は今どこにいるの?」
「ええと、ホテル・リバーサイドまで案内して、そこで別れました」
クロエはジョンサムを向いて頷いた。ジョンサムもまた頷くと、1人部屋から出て行った。
部屋のドアが閉まる音を聞いてから、クロエは続けた。
「あの男とはどういう関係?」
「食堂でたまたま隣に座っただけです。この街が初めてで困っているから助けてくれと言われたので……」
「あなたも1か月前にスペリアムに来たばかりよね。前から彼と知り合いだったのではなくて?」
「確かに自分は1か月前に引っ越してきましたけど、彼とは初めて会いました」
アルトが言葉に詰まることなくあっさりと答えるので、クロエはアルトが本当のことを言っているのかとぼけているのか分からなかった。だから、率直な質問をぶつけた。
「あの男が、オルレウス魔王国の前魔王であると知っていて助けたの?」
まだオレスが追放された魔王であるということは確定していないが、あえて確定的に言った。それでアルトの反応を見ようと考えたのだ。
ところが、アルトの反応は、
「え、ええっ!? オレスさんが前の魔王っ? 魔族であることは気付いていましたけど、そんな、魔王だなんて、そんなことあるわけないじゃないですか……嘘ですよね?」
全く気付いていなかったようだ。少し過剰とも思える反応だが、その反応に嘘くささはない。噂の追放された魔王の風貌と、食堂の客の様子、そして騎士が監視していたことから普通は勘付きそうなものだが、先ほどレイモンドが言っていたように、鈍くさい男だなとクロエは思い、呆れたようにため息をついた。
「もう良いわ……とりあえず、あいつは元・魔王、何をするか分からない男。もう近付かない方が良いわよ」
「わ、分かりました……すいません」
アルトは何か考えながら机の上を見つめていた。
寝癖のある大きな黒縁眼鏡で、突然黙って考え込んだアルトを見て、鈍くさい、頼りなそうな、他人に流される芯のない男だな、とクロエは少し軽蔑を覚えた。
アルトがクロエから開放されたのは存外早かった。
アルトがすんなりオレスの宿泊した宿を話し、それ以外には特に深く関係している様子がなかったため、連行されて約1時間でアルトは下級官吏の庁舎に戻って来て、仕事に取り掛かり、トリアーレやエマにいじられながらも、定時までにその日の仕事を終え、帰宅の途に着いた。
アルトは同僚たちから少し遅れて庁舎を出て、いつも通り石畳のつづら坂を下る。坂を下り切ると、十字路になっており、正面の広い道は繁華街に続く。アルトはいつも通り繁華街に向かってその道を行こうとしたが、アルトを通せんぼするように1台の馬車がアルトの前に止まった。
馬車の窓がゆっくりと下に向かって、扉に吸い込まれるように開くと、白髪の、身なりの良い、気品のある老夫人がアルトに向かって微笑みかけた。
「お勤め、ご苦労様」
老夫人の言う「お勤め」が、下級官吏としての仕事だけではなく、騎士による尋問を含んでいることにアルトは気付き、眉間に皺を寄せ、それから辺りを慎重にうかがってから再び老夫人を見た。
「マーガレット様、何の御用でしょうか?」
「何の御用って、心配だから様子を見に来たのよ」
「はあ……それはどうも」
アルトが気のない返事をするので、マーガレットもつられたようにため息をついた。
「はあ……あなたに家と仕事を紹介したのは私なのですから、もう少し愛想を良くしなさいな」
このマーガレットという老婦人、アルトと旧知であり、アルトがベルディに移り住む際に色々と世話を焼いてくれた人間であった。
当然、アルトも常々恩義を感じているが、今日はそれどころではない。
「申し訳ありません。今日は用事があるので……では」
とアルトは馬車の後ろをかわして、繁華街に向かって歩き出した。
マーガレットは馬車の反対側の窓を開けて、追い掛けるようにアルトに向かって言った。
「気を付けなさい、騎士に見つかると厄介ですよ」
アルトは立ち止まり、面倒くさそうに振り向いた。
「何でもご存じなんですね」
「それは当然、あなたの用事の相手にも興味があります。機会があればぜひ合わせてくださいね」
マーガレットは扇で口元を隠しながら笑った。
「奴は一体、誰と話してんだ?」
ジョンサムが樹の陰から首を伸ばして、馬車に乗る人物の姿を見ようとしていた。
その横では、クロエも樹の陰からアルトの様子を探っている。
昼間、アルトからオレスの宿泊した宿を聞いて直ぐに他の騎士を向かわせたが、既にオレスはチェックアウトをした後であった。
それから手の空いている騎士で街中を捜索したが、オレスの姿は見つからない。そのためアルトに狙いを定めた。アルトが再びオレスと接触する可能性があると、クロエは睨んだのだ。
2人は、アルトが退勤したときから後を付けていたのだが、アルトが馬車の中の人物を話し始めてからは、むしろ馬車の中の人物の方に興味が惹かれた。ベルディに来てまだ1か月ほどの下級官吏のアルトと接点のある高貴な身分の者とは誰なのだろうか。
クロエとジョンサムの位置からは馬車の中の人物の顔が良く見えず、2人は馬車が立ち去るまで、ずっと馬車に注目していたが、結局馬車の中の人物を確認することができず、それどころか困ったことに、アルトが一瞬馬車の陰になったときに、アルトの姿を見失ってしまった。
「しまった……」
クロエが思わず呟いた。
「くそ、どこ行きやがった」
ジョンサムは直ぐに木の陰から出て、馬車が止まっていた所まで行き、辺りを見回した。そして、クロエも直ぐに追い付き、一緒に辺りを見回す。
完全にアルトを見失った。
しばらくするとジョンサムは諦め、小石を蹴りながら、
「そもそも、あんな奴を尾行して意味あんのか? 元・魔王とは接触するなって忠告したんだろう?」
とダルそうな表情で言った。
「……彼が自ら接触しなくても、彼のような従順そうな男なら元・魔王の方から接触して来る可能性があります」
「まあ、確かに従順そうだな。俺は嫌いなタイプだが、落ちこぼれのお前とはお似合いかもな」
クロエは嫌悪感を滲ませた眼でジョンサムを見た。
「……やめてください。私もああいうタイプは好きじゃありません。どちらかと言えば、彼よりも元・魔王の方に興味が……いえ、何でもありません」
「へえ……なるほどなるほど、そうかい」
ジョンサムが意地の悪い目でクロエをじろじろと見たので、クロエは少し大きな声で、
「そ、そう言う意味じゃありません! ほら、探しに行きますよ!」
と歩き出した。
「どっちをだ? 冴えない小僧か? それとも魔王か? ハハハッ」
とジョンサムは笑った。