魔装召喚、怨弓・ウラ
「軍団長……」
クロエは息を呑んだ。ガネッサ、キメリアに続いて、また別の軍団長を相手にするなど、命がいくらあっても足りない。
ユンデも同様のことを思ったらしく、
「軍団長も来ているのですか?」
とアルトに聞いた。
「それは分からん。軍団長自ら率いていないこともあるしな……いや、そもそも、ラインフォールはなぜサマノエル王国を攻めようとしている? それに、怒涛の攻めで一気に敵を殲滅するのが特徴のラインフォールの軍団が、あのような場所に陣を構えるとは、何を考えている……?」
ブツブツと1人考え始めたアルトを余所に、クロエは案内してくれた住民に、町の人々の避難の必要性を説いていた。
「敵の動きが分かりませんが、住民は避難させるに越したことはありません」
「は、はい、直ぐに避難させます……守備部隊が到着するまで、まだ時間が掛かると思うのですが、大丈夫でしょうか?」
そんなことを聞かれてもクロエには分からなかった。結局は敵の出方次第。
「敵が攻撃を開始する前に、守備部隊が到着すれば良いのだが……」
と言い終わるかどうかのところで、
「……来ましたよ」
とユンデが言った。
見れば数キロメートル離れた魔族の陣地から、大量の火球が飛んで来るではないか。
火球はクロエらがいる山城の真上を飛び越えて、シャコールの町に落下し、町を破壊した。
「敵陣との距離は約6キロ……こんな距離を攻撃できるなんて、厄介ですね!」
ユンデはそう言いながら飛んで来る火球に向かって矢を放ち、火球を打ち落とした。
「こんなの普通じゃないです。いくら魔法でも、こんな距離を1度にあんなたくさん飛ばせるなんて、聞いたことがありません!」
「魔力砲だろう。魔力砲ならば、この距離を飛ばすことは可能だ。この数を考えると、相当な数を配備しているようだな」
アルトは樹に寄り掛かりながら、腕を組みながら言った。
魔力砲とは、魔法をエネルギーにして様々な属性の砲弾を放つ兵器である。
「それじゃあ、敵陣を攻めないと一方的に攻撃されるってこと?」
クロエは奥歯を噛んだ。
「魔力砲を破壊する必要はあるが、敵もそれは想定しているだろう、ほら、見ろ」
アルトが眼下の平地を顎で指すと、闇の中に何かが蠢いていた。
「これは……」
陣地からの砲撃に加えて、闇に紛れてモンスターによる歩兵部隊も侵攻していた。
長距離からの砲撃と、歩兵部隊による侵攻による同時攻撃。後で守備部隊が到着したとしても、攻め寄せる歩兵部隊を相手にしている間に、長距離砲撃によってシャコールの町は壊滅してしまうに違いない。
そもそも今、シャコールの町で戦える者はクロエを含めても少ない。守備部隊が到着するまでシャコールの町を守り切ることができるだろうか。
「だったら……私1人でも敵陣に乗り込んでやる」
クロエはそう言って山を下りようとしたが、
「止めておけ、頭に血が上って自棄になったか? お前一人が行ったところで八つ裂きにされて終わりだ」
とアルトが制止した。
「そんな……だったら、アルトも手伝ってよ、あなたなら、魔族の軍なんて簡単に蹴散らせるでしょう?」
「悪いが断る」
これには、ユンデも我慢できなくなった。
「なぜ、ですか……? タルエンの町は救ったのに、なぜシャコールの町は見捨てるのですか?」
「タルエンの町は、人間に対する借りを返しただけだ。それに、タルエンの襲撃はある女の私欲から来る事件だったため、俺が邪魔をしても大きな問題にはならんが、これは戦争だ。戦争は政治的な駆け引きの1つ。地位を奪われたとはいえ、元・魔王の俺が安易に介入すれば、より大きな問題が起きる」
淡々と言うアルトに、ついにクロエは我慢ができなくなり、アルトに怒りをぶつけた。
「言わんとしていることは分かるけど、納得はできない。罪のない人々の命が奪われることに、何も感じないの!」
しかし、感情的になるクロエに対し、アルトはいたって冷静に言い返す。
「もっと大局を見ろという話だ」
そのとき、町の方から悲鳴が上がった。どうやら魔族の歩兵部隊が町に到着したらしい。
悲鳴を聞いて、アルトの眉間に皺が寄ったことにユンデは気付いた。
それから少しして、泣きじゃくる赤ん坊や子どもを連れた町の住民が、避難するために山城まで登って来た。
「ま、町にモンスターが現れて……」
「大丈夫よ、ここは私が護るから」
クロエはそう言うと、山道を見下ろした。ここにも魔族の歩兵部隊がやってくるかもしれない。そうなれば、自分が皆を守るしかない。
ユンデは、飛んで来る火球を弓矢で撃ち落としながら、アルトに近寄った。
「卑劣で残虐な魔族とはいえ、王であるならば目の前の助けを求める者を見捨てはしないでしょう」
「……」
アルトは睨むようにユンデを横目で見た。
「あなたが介入したことが分からなければ良いのでしょう。ならば、ここから敵陣を攻撃すれば良いのです。あなたにできるか分かりませんが」
「貴様、俺を説得したいのか挑発したいのか、どっちだ」
「両方です」
アルトは、山城に避難して来た子どもの泣く様を見ると、頭を掻いて歩き出した。
「くそ……仕方ない、乗ってやる。あまり泣き続けられてもうるさいからな。だが、良いか、貸し1つだぞ」
「仕方ありませんね、私につけておいてください」
ユンデの返答にアルトは1つため息をつきながら、避難者の眼を盗んで山の奥に消えていった。
「この辺で良いか……」
アルトは背後を見て、誰にも見られていないことを確かめると、眼鏡を外し、空を見上げた。
金色の瞳に白い月が浮かぶ。
と、アルトの脚が地面を離れ、アルトの身体は、山城の木々よりも高く浮かび上がった。
「北北東に6.1キロメートル。東寄りの風、風速は1メートルと言ったところか。上々だ」
アルトは右腕を身体の前に伸ばして手の平を広げた。
「魔装召喚……出でよ、怨弓・ウラ」
すると、アルトの右手の前に闇が現れ、その中から使い込まれた古びた弓が現れた。
ユンデとクロエは空を見上げ、木々の隙間からアルトの様子を見ていたが、ユンデはアルトが手にした弓を見て、固まっていた。
「なんだ、あれは……」
離れていても邪悪な気配を感じる。あのような弓は、生まれてこの方、見たことも聞いたこともない。
アルトが左手に弓を構え、右手で弦に指を掛けると、魔力の矢が現れた。アルトは魔力の矢を掴んで弦を引き、数キロメートル先の敵陣の篝火に狙いを定め、そして、矢を掴む手を離した。
魔力の矢は、風を切る音を周囲に響かせながら、真っ直ぐ高速で突き進み、アルトが狙った場所よりも数メートルずれて敵陣に命中すると、命中した所は爆発したように大きく破壊された。
「久しぶりだがこんなものだろう、次は当ててやる」
アルトは再び魔力の矢を放つ。今度は狙った篝火の1つ左の篝火の付近に命中したが。ちょうど魔力砲に当たり、魔力砲を1つ破壊した。
「ははは、さあ次々いくぞ!」
アルトは間を置かず矢を放ち続け、それら全て数キロメートル先の敵陣に命中した。




