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オレスという男

 黒猫亭は、繁華街から道を1本外れた所にある。そのため、アルトは路地に入り、黒猫亭が面する道に出ようとしたが、路地の出口、アルトらの正面に2人の男が立ち塞がった。

 暗がりで始めは良く分からなかったが、2人の男は騎士の制服を着ている。食堂の入口でオレスを監視していた騎士だ。


「あの、すいません、通してくれませんか?」


 アルトが2人の騎士に声を掛けた。

 しかし、騎士らはアルトを無視し、アルトの後ろのオレスを指差して、


「そこのキミ」


 とオレスに声を掛けた。その声色から、オレスを相当警戒していることが伝わって来る。

 一方、オレスの顔には余裕が浮かんでいる。


「俺かい?」

「そうだ、少し話を聞かせてほしい」

「話? 少しなら良いぜ」


 騎士2人は顔を見合わせて、片方の騎士が意を決したように口を開いた。


「キミは、魔族か?」

「あっ……」


 アルトが思わずオレスを見た。


 オレスは不敵な笑みを浮かべている。それは肯定と捉えるに充分な表情であった。


 魔族と一言に言っても、その見た目は様々であり、一見して人間と違う種族であることが分かる者もいるが、人型の魔族は人間と相違なく、外見では判別するのは困難である。


「……な、名前と出身地を聞かせてもらおう」

「名前は……オレス、出身はここから東の国だ」


 基本的に人間と魔族は敵対してはいるが、魔族の中には人間に友好的な者もおり、魔族が人間の街に滞在することは決して拒否されるものではなかった。しかし、それも素性次第。


「オルレウス魔王国か?」


 彼らは疑っているのだ。オレスが、2か月前に国を追放された魔王であることを。


「……どこだって良いだろう」


 オレスが不敵な笑みを浮かべて答えると、騎士たちは剣を抜いた。


「い、良いから答えろ!」


 緊張が走る。


 騎士たちは、追放された魔王の風聞にある魔王の風貌によく似た男が街に入ったという情報を聞き、オレスを監視していた。


 魔王の風貌は、月夜の空の如き髪と金色に輝く瞳。


 そして、オレスの髪は黒で、瞳は金色。


 そのオレスの風貌と、今の返答で、アルトの目の前の騎士らは、オレスを追放された魔王と判断した。


 彼らは、これまで魔王と対峙したことも、直接見たこともない。伝聞の中でしか魔王の存在を知らない。その伝聞によると、魔王とは、人間の王とは異なり、1人の力でもって国を統べる者。つまり、魔王国で最強の存在であるという。


 臨戦態勢にないオレスに強い力は感じられない。しかし、言い伝えが正しければ、オレスは相当の力を持っている。


 2人の騎士は恐れを抱くと同時に、ここで元・魔王を捕まえることができれば、称えられるに違いないと確信しており、その欲が2人を突き動かした。


 片方の騎士がアルトを押しのけてオレスに剣を向けた。

 オレスは狭い路地の中、ヒラリと騎士の剣をかわすと、建物の壁を蹴って騎士を飛び越してその背後に着地し、振り向き様に騎士に向かって蹴りを放った。

 騎士は咄嗟に腕を交差させてガードしたが、蹴りの勢いに後ずさる。その間にオレスの背後からもう1人の騎士が迫り、オレスに向かって剣を振り降ろしたが、アルトが腰を抜かしたように騎士の前に現れ尻もちをついたため、騎士はアルトに躓き、その隙をついてオレスは騎士を蹴って吹っ飛ばした。


「歯ごたえがねえな、人間なんてこんなもんか」


 オレスは、そう言って嘲るように笑った。

 次の瞬間、オレスの身体から魔力が溢れる。包み込むような温かい人間の魔力とは違う、突き刺すような冷たい魔族の魔力。量も強さもそれほどではないが、2人の騎士は立ち竦んだ。この男は、正真正銘の魔族だ。そして、おそらく、元・魔王。


「行くぞ」


 オレスは2人の騎士が動けないとみるや、尻もちをついていたアルトの腕を取り、走り出した。


「ま、待て……!」


 騎士が声を出したときにはもう遅く、オレスとアルトは騎士の脇をすり抜けて路地を抜けた。


「あ……」


 路地を抜けたとき、アルトは、ブロンドの髪を後ろで束ねた黒い瞳の女騎士と目があった。


 女騎士は、オレスに引っ張られ風のように去って行くアルトをポカンとして見ていたが、2人が出てきた路地から仲間の騎士が慌てた様子で現れたので、重ねて驚いた。


「ちょ……何があったの?」

「お、おう、クロエか……間違いない、奴が追放された魔王だ」

「やっぱり……」


 クロエと呼ばれた女騎士は、険しい顔でオレスとアルトが立ち去った方向に視線を向けた。


「は、早く追うぞ!」


 仲間の騎士が駆け出そうとしたが、


「待って」


 とクロエは制止した。


「彼が本当に元・魔王なら、私たちだけではどうにもならない。それに、今のところ彼は何もしていないし、する気配もない」

「そうかも知れないが、何を企んでいるか分かるものか。魔王だった奴だぞ」

「言いたいことは分かるけど、何もしていない者のために大捕物をするわけにはいかないでしょう」

「しかし、このままでは見失ってしまう……」

「それなら大丈夫、同行していた男の服、見覚えがある」


 クロエは、陽が落ちて暗くなり、家々の灯に照らされた道の先を真っ直ぐ見つめた。




 翌日、アルトが出勤すると、アルトの部署はもちろん、下級官吏の庁舎全体が、元・魔王の噂で持ちきりとなっていた。


「おい、アルト聞いたか、追放された魔王様を騎士連中が取り逃がしたってよ」


 アルトが朝の挨拶をする前に、トリアーレが興奮気味にアルトに話し掛けた。

 アルトは、朝からテンションの高いトリアーレに戸惑い、寝ぐせの立った頭を掻くと、その手で眼鏡を上げながら、


「は、はあ……そうなんですか、大変だったんですねえ」


 と返して、ロッカーにショルダーバックをしまってから、自分の机に座った。


 アルトは昨日、オレスに街外れまで連れて行かれ、そこからオレスの泊まる宿を探してから午後10時過ぎに帰宅した。


 それだけならまだ良い。あろうことか、アルトは今日もオレスと会う約束をしていた。

 アルト自身は、妙なことに巻き込まれたぞと思い、オレスとこれ以上関わり合いになるのは避けたいと、初めは断ろうとしたが、オレスがしつこく頼むのと、妙にオレスのことが気になったので約束をしてしまったのだ。


 アルトが今晩のことを考えながら自席に着いたとき、庁舎内が一層ざわめいた。


 アルトが窓口の方を見ると、そこには誰かを探している騎士の制服を着た男女。

 騎士は滅多に下級官吏庁舎に脚を踏み入れない。下級官吏庁舎に入って来るときは、異常事態が発生したときだ。それゆえに下級官吏は騎士を見てざわめいた。


 1人は、ブロンドの髪を後ろで1つにまとめた黒い瞳の大きな目の女騎士。もう1人は茶色い短髪を逆立てた少し猫背の、目つきの悪い男の騎士。

 男の方は、周囲の下級官吏に高圧的な態度を向けている。


「クロエ、本当にここにいるのか? 下っ端の住処なんざ俺たち騎士の来る所じゃねえぞ、早く見つけて出るぞ」

「間違いなくここの制服でした、どこかにいるはず……」


 と、そのとき女騎士――クロエとアルトの目が合った。

 クロエは目を大きく見開いてアルトを指差した。


「いました! 彼です」


 クロエは、窓口横の通路からアルトの所に早足で歩いて来ると、おもむろにアルトの腕を掴んだ。


「あなた、ちょっと来てくれない?」

「え、え……?」


 戸惑うアルト。


 同僚のトリアーレやエマ、カボスも、誰も事情を確認しようせず、ただ驚きながら見ているばかり。

 それは、下級官吏よりも騎士の方がはるかに立場が上で、騎士に物申すなど憚られる関係であったためでもあるが、さすがに課長のレイモンドは黙って見ているわけにはいかなかった。


 少し腰を折り、下から下から震える声で、


「あ、あのう、彼が何か無礼なことでも?」


 と聞くと、男の騎士が見下ろすようにレイモンドを睨みつけた。


「ああん? うるせえ。小役人は黙っていろ、殺すぞ」

「う……」


 レイモンドは男の騎士の圧に押され、額に汗を滲ませた。

 すると、


「ジョンサム副団長、そんな言い方をしては……」


 とクロエが男の騎士――ジョンサムを嗜め、アルトの腕を掴んだままレイモンドを向いた。


「朝から騒ぎ立てて申し訳ありません。実は、昨晩街で小さな事件が起きまして、彼がその現場にいたので少し話を聞きたいのです」


 そう言ってクロエがニッコリと笑みを浮かべると、レイモンドはホッとして表情を緩めた。


「なんだ、そうでしたか、そういうことなら連れて行ってください……まったく、騎士の方々のお手を煩わせるとは、本当に鈍くさい奴だな」

「ありがとうございます、では行きましょうか」


 クロエはそう言うとアルトの右腕を抱え、左腕はジョンサムが抱え、2人はアルトを無理やり立たせた。

 アルトは眼鏡を傾けながらその場にいる全員を見回し、


「そ、そんな……今日中に急いでやらなきゃいけない仕事があるんですけど……今日は勘弁してもらえませんか?」


 と懇願したが、レイモンドが、


「お前の仕事よりも、騎士の方々の要件の方が重要に決まっているだろう」


 と突き放すと、アルトはクロエとジョンサムに引きずられて連行されて行った。

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