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使徒の会

 薄暗い神殿調の建物に、コツコツという足音が響く。


 窓1つない広い空間。


 歩く頼りは、壁に掛けられたランプの灯のみ。


 その暖色の灯が1人歩く男を照らす。


 緑の色の裏地の黒いマントで身体を包み、深緑の頭巾の下は髑髏の仮面。

 オルレウス魔王国軍団長の1人、キメリアであった。


 キメリアが大理石でできた広い階段を降りると、2つの人影がキメリアを待っていた。


 黒い法衣に身を包んだ壮年の男と、黒いドレス姿の若い女。

 2人の顔はいうと――ともに白い仮面で覆われている。仮面の下の顔はもちろん判別つかないが、男の方は皺の刻まれた肌で、女の方はどうやら白粉を塗っているようだ。


「キメリア様、良くお越しくださいました。今日もエーデル様の名代ですかな」


 法衣の男は両腕を広げてキメリアを歓迎した。

 キメリアは2人の前で立ち止まると、小さく会釈をした。


「はい、エーデル様は多忙ゆえ、不肖わたくしめが参りました」


 ドレスの女が片脚に体重を乗せた姿勢で、片手を腰にやり、


「エーデル様が最後にいらっしゃったのは、アルトワルスの追放の件のときだったかしら」

「申し訳ありません」

「別に非難しているわけではありませんわ。むしろ、常に仮面で顔を隠しているあなたの方が、この会には相応しいかも知れませんわね、ふふ」


 そんなやり取りをしながら、3人は誰が言うともなしに歩き始めた。


 そうして少し歩くと、大きな広間に辿り着く。

 広間にはベルベットのソファやイスが置かれ、中央のテーブルの上には様々な酒や料理が並べられており、2、30人の男女が、やはり白い仮面をつけて、寛いでいた。


「さあ、主宰者が来ましたよ」


 法衣の男が部屋の奥のステージに注目を促す。

 キメリアがステージを見ると、スーツ姿の男が悠々と登壇し、広間に集まった者たちを見回した。


 男の顔にも白い仮面。ただし、ほかの参加者の物とは違い、黒と赤の文様がデザインされている。

 この男がこの会の主宰者。キメリアは幾度かこの会に参加し、主宰者とも話をしているが、素顔はもちろん、何者なのか、人間なのか魔族なのかすら知らなかった。


「皆さま、今宵も『使徒の会』にお集まりいただきありがとうございます。さて、本日の議題は1件、いくつかの人間の国において検討されている、ハルエスト教会への寄附行為の制限についてです。サマノエル王国においては、既に法案の骨子がまとめられており、スペリアム王国などの他の国でも、制限の程度は異なるにしても追随することとなるでしょう」


 主宰者が語り掛けるように言うと、参加者たちの間で、声を潜ませて会話が始まり、広間全体がざわついた。

 キメリアの横で聞いていた法衣の男も白髪の混じった頭をさすりながら、


「全く、厳しい時世です、参っております」


 と少し自虐気味に言った。


 主宰者は続ける。


「確かに、教会への寄附行為によって困窮する人間は少なからずいるのは事実です。しかし、教会としては、募った寄附で、信者に限らず困窮する者に施しを与えるなど社会に対して貢献しており、何より、教会は人間社会における秩序とは無関係ではなく、その存在意義は大変重要なものであります。よって、我々としては、教会の影響力の減少につながるおそれのある寄附行為の制限の動きには、反対する立場としたいと考えますが、皆様いかがでしょうか」


 拍手とともに、そこかしこから「意義なし」との声が聞こえ、法衣の男は腕を組みながら、満足そうにうなずいた。

 主宰者はステージ上から参加者を眺め、満場一致とみて頷いた。


「では皆様、日常に戻りましたら、そのように対応していただくようお願いいたします。わたくしからは以上です。それでは、皆さま時間の許す限り、ごゆっくりご歓談ください」


 そう言って主催者は一礼し、降壇した。


 参加者たちがそれぞれ交流を始める中、キメリアと法衣の男は連れだって主宰者の下へと向かった。


「主宰、ありがとうございました」


 法衣の男は大仰に腕を広げながら主宰者に近付くと、白い手袋をはめた主宰者の手を取って重ねて礼を述べた。


「世界の秩序のためには当然のことです。引き続きよろしく頼みますね」


 主宰者はそう言うと法衣の男のから手を離し、キメリアに近付いて来た。

 キメリアは頭を下げて挨拶をした。


「ご無沙汰しております。エーデル様から、なかなか顔を出せないことを申し訳なく思っているとの言伝をいただいております」

「なんの、ご子息が魔王になられて日が浅く、エーデル様もご多忙でしょう。お気になさらず」


 と、主宰者はキメリアに顔を近付け、声を潜めた。


「『鍵』の件ですが、その1つが商人の手から手に渡り、サマノエル王国のある町が買い取ったそうです」

「……ありがとうございます」

「いえ、礼など良いのですよ。ただ、代わりに1つお願いしたいことがありまして」


 キメリアはわずかに主宰者の方に顔を向けた。


「……どのような?」

「ふふ、先ほどの教会の件です」


 そしてまたも主宰者はキメリアに耳打ちした。


「……よろしいですか?」

「はい、私は『鍵』の行方を追いますので、別の者にやらせましょう」

「構いません、では、頼みましたよ」




 スペリアム王国バルト領の北東に位置するサマノエル王国。西のスペリアム王国と東の魔族の領域に挟まれた小国であるが、国家戦略によって様々な物が集まる物流の拠点を形成し、人間とも魔族とも商取引を行っている国である。また、第一次産業が盛んな国でもあり、農畜産物も重要な輸出品であった。


 そのサマノエル王国の南、スペリアム王国バルト領との国境近くに、タルエンという小さな町があった。

 サマノエル王国の南部は乾燥している地域だが、タルエンの町の辺りは比較的水や緑も豊富で、農業にも適していた。

 とは言っても、町中は緑が少なく、木と石でできた建物が建ち並ぶ通りには、常に砂ぼこりが舞っていた。


 そんな辺境の町に、アルトの姿があった。

 下級官吏の制服ではなく、黒い上下の私服姿、ただし、魔族であることを隠すために黒縁眼鏡は掛けている。

 街同士をつなぐ交通手段に魔動車というものがある。その名の通り魔法で動く車両で、小さい者は10人程度、大きい者だと20人以上が乗れるバスのようなものである。アルトはその魔動車に乗ってベルディの街からタルエンの町までやって来たのだが、そのタルエンの町の中の公園で、アルトは頭を抱えていた。

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