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おぞましき神の使い

 クロエは走り回って回避しながら、ときに剣で受け、切り払ったが、切り払っても蔓の触手の動きは鈍ることなく、長さにも大して変化がない。


 少しの間、何とか蔓の触手を回避していたが、蔓の数は徐々に増え、ついにクロエは触手に打たれ、壁に叩きつけられた。


「あう……っ!」


 身体を打ち付け強い痛みを感じながら、蔓の触手の攻撃が来るために直ぐに動かなければとクロエが立ち上がると、扉の奥からついに蔓の触手の持ち主が姿を現わした。


 それは薄い紅色の巨大な百合のつぼみ。

 太い根を脚として、胴体を大きな葉で覆った蜘蛛のような形の胴体、そして首長竜のような頭部を持つモンスターであった。


 5メートル以上の高さにある百合のつぼみがゆっくりと開くと、粘液が垂れる。花弁の内側には無数の細かい牙が生えており、はっきりとクロエに狙いを定めている。

 と、蔓の触手が四方八方からクロエを襲う。高速で襲い来る蔓の触手をクロエは何とかギリギリでかわす。掠っただけで、勢いに身体が持っていかれる威力。だが、数度身体に受けながら、クロエは植物の胴体に接近し、剣の間合いに入れた。


「はあああっ!」


 クロエは大きく振り被ってクロエの身長よりも大きい葉で覆うモンスターの胴体を切った。

 しかし、植物の見た目でありながら、思ったよりも硬い。

 表面の植物の胴体は、表面は葉で覆われ、その下には太い茎がからみあっている。クロエの剣は表面の葉を切ったが、茎を傷つけることはできなかった。

 しかも、葉の切断した部分が直ぐに修復し始める。

 ならばと、クロエはモンスターの胴体を足場に跳んで、百合の花につながる、頚のような茎を狙った。

 が、蔓の触手が空中のクロエの四肢を捉え、クロエは身動きが取れなくなってしまった。


 身動きが取れなくなったクロエを、百合のモンスターは花のような口の前まで運び、大きく花弁を開いた。

 そのとき、クロエはモンスターの花弁の1枚に紋章が刻まれているのを見た。その紋章は、クロエの身体に刻まれたものと、どこか似ている。

 疑問に思ったのも束の間、百合の花弁が、まさにクロエを食らいつこうとした。そのとき――


 クロエを拘束する触手が全て切断され、落下するクロエを何者かが抱きかかえた。


「いやあ、危なかったですね」

「あ、あなた……」


 黒縁眼鏡の、寝癖のついた濃紺の髪の青年――アルトであった。

 アルトは、しまりのない笑みを浮かべながら抱きかかえていたクロエを降ろすと、百合のモンスターを観察した。


「ほう、神の使い……ですか」


 アルトが呟いた言葉をクロエは聞き漏らさなかった。


「神の使い……? なんなの? あのモンスター、神の加護の紋章みたいなのを持っているけど、何か関係があるの?」


 アルトは百合のモンスター――神の使いから目を離さずに答えた。


「神の使いは、この世界を創った神が、世界の秩序を維持するために作ったモノ。モンスターとは一線を画す脅威。神の紋章は、神の使いであることの証です」

「神様……信じられない、神様があんなおぞましいモノを作るなんて」

「おぞましいという表現は好ましくありませんね。この世の全てのものは、その存在に役割を持っていて、その見た目にも意味がある。まあ、そうは言っても奴の見た目が人間の美的感覚からは外れていることは認めます。この世界は5柱の神によって創られたといわれていますが、奴を創った神は、人間の信仰する神とは別の神なのでしょう」

「何となく分かったけど、なぜこれまでの調査では発見できなかったのかしら……」

「5柱の神の出自は異なると言われていますが、その力は同質なのでしょう。神の使いを引き寄せる、というか呼び起こすためには、同質の力の存在が必要なのだと思います」

「……? どういうこと?」

「クロエさんの紋章が、奴の紋章と共鳴し、奴は目覚めたのだと思います」


 アルトは、クロエが紋章持ちであると知ってから、紋章について調べていた。神の使いについては、父ペイルワルスから伝説を聞いており、1度、別の神の使いと遭遇したこともあった。


 クロエは、アルトの言うことがにわかには信じがたかったが、感覚的に正しいと感じていた。それは、紋章が熱を帯びているためだ。神の使いに反応しているのだ。


「それより、あなたどうやってここに来たの?」


 ふと、クロエは気付いてアルトに聞いた。


「え、ああ、ちょうど穴を塞いでいた岩盤が崩れて、通れるようになったんです」


 嘘である。アルトが叩き割ったのだ。


「それなら、早くそこから脱出しましょう」


 クロエが急いで立ち上がって走り出そうとしたが、アルトは動こうとしない。


「どうしたの、早く、そいつが再び動き出す前に……」


 神の使いは、クロエを手放してから攻撃の手を止めていた。

 クロエは、ふと思った。


 自分を拘束していた触手を切断したのはアルトなのか。下級官吏の男が、騎士の自分が剣で1本ずつ切るのがやっとの触手を、どうやって数本まとめて切ったのか。それに、神の使いは、なぜ攻撃して来ないのか。


 クロエが神の使いを観察すると、神の使いは、どこか警戒しているように見えた。まさか、アルトを警戒しているとでもいうのか。この、頼りない、ただの事務員の男を。


「ここから逃げて、こいつはどうするんですか?」


 クロエに背を向けて、神の使いを真っ直ぐ見ながらアルトが言った。


「ダンジョンから出て、ベルディの街に連絡して、13騎士団と12騎士団で退治するのよ」

「無理ですよ。こいつはまだ、完全にこちら側に出てきていない。不完全な状態です。もしも完全な状態になれば、ベルディの戦力ではどうにもなりません」

「不完全……!」


 今の時点で、ガネッサと同等かそれ以上の強さを神の使いに感じていたため、クロエは絶句した。


「じゃ、じゃあ、どうするの」

「そうですね……扉の向こうに帰ってもらいますか」


 アルトはそう言うと、眼鏡を外した。


 と、次の瞬間、神の使いがまるで猫と対峙する窮鼠のごとき勢いで、十数本の蔓の触手を一斉に動かし、アルトとクロエを襲った。

 高速の触手にクロエは動けずにいたが、アルトがクロエをかばうように前に立ち、腕を2、3度振ると、触手は全てバラバラに切断された。


 アルトはクロエと、鼻が触れそうな距離まで顔を近付けた。


「これから目の当たりにすることは他言無用だ」


 金色の瞳。


 眼鏡のレンズ越しだと黄土色であったが、本当は金色だったのか。


 そして溢れ出す、突き刺すような魔力。正真正銘の魔族の魔力だ。


 さっきまでの頼りないアルトとは、同じ者とは思えないほど雰囲気が違う。


 アルトは、クロエから離れたと思いきや、一瞬のうちに神の使いの真正面に移動し、思い切り腕を引いて、全力で神の使いの胴体を殴った。


「ピギイイイイッ!」


 神の使いは甲高い泣き声を上げ、花弁の隙間から唾液のように粘液をまき散らしながら悶えた。

 クロエが切ったときは何の反応もしなかった神の使いが、悶え苦しんでいる。


「ガネッサよりも手強いな」


 アルトは、ガネッサを倒した1撃と同等の威力でもって神の使いを殴った。

 だが、神の使いには、ダメージはあるが致命傷には程遠い。


 と、神の使いは、胴体から太い茎をのばすと、その茎の先につぼみを作り出した。つぼみが開くと、それらは全て花弁状の口。神の使いは口の数を増やし、全ての口をアルトに向けた。

 一斉に噛みついて来るかと思いきや、全ての花弁の口の中央に魔力が収束したかと思うと、一斉にアルト目掛けて光線が放たれた。


「危ない!」


 予想外の遠距離攻撃にクロエは叫ぶ。しかし、アルトは光線の射線を見切り、紙一重で回避した。


 光線の威力は凄まじかった。石の床を削り、破壊し、さらに回避するアルトを追い掛けて、壁や柱、天井も破壊した。

 部屋を支える部位が破壊されたことによって、部屋が強度を保っていられなくなり、部屋全体が揺れ、天井を構成する岩が落下し始める。

 だが、神の使いは光線を止める気配がない。光線を放ち続け、そのうちに、一番始めから生えていた最も大きい百合の花の口がクロエの方を向き、光線が放たれようとした。そのとき――


「さすがに鬱陶しいな」


 アルトはクロエを向いた百合の花の正面に移動し、その身に光線を真っ向から受けた。


「アルト!」


 クロエが叫ぶ。光線の直撃、ただでは済まない。

 しかし、突然、光線が止み、同時に神の使いが激しく悶える。

 アルトが花弁の開いた口に取りつき、その中央に腕を突き刺していた。

 と、次の瞬間、百合の花が爆発する。

 アルトの腕で光線が発射できず、溜まった魔力が行き場を失って暴発したのだ。


「ふん、これで少しはおとなしくなるだろう」


 アルトは粘液まみれの右腕を軽く振りながら着地すると、左腕に魔力を溜めた。


「黒炎……」


 アルトの左腕が黒い炎に包まれ――


「烈破!」


 ドウゥン……ッ!


 黒い炎を纏った左腕が、勢いよく神の使いの胴体に突き刺さり、その衝撃で神の使いは数メートル吹っ飛び、そして、黒い炎で炎上した。

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