ダンジョン探索任務
「ダンジョンの探索ですか?」
バルト領最大の街ベルディの城壁の内部にある騎士の詰所の廊下で、クロエは所属する第13騎士団副団長のジョンサムから任務を言い渡された。
クロエよりも頭1つ背の高いジョンサムは、いつもと変わらず茶色い短髪を逆立て、少し猫背気味にクロエを見下ろしながら指を差す。
「そうだ、団長自らメンバーを選出したんだ、拒否は許さねえ」
「わ、分かりました……ですが、私、ダンジョンは初めてなもので……」
ダンジョンとは、簡単に言うと、モンスターが巣食う洞窟や廃墟などの閉鎖空間のことである。だが、ただの洞窟などとは違って「ダンジョン」と呼ばれるには1つ条件があり、それは何らかの魔力の痕跡があることであった。
そのため、ダンジョンとして国に認定された場所は、危険地帯として各国において厳重に管理されていた。
その管理の一環として、ときおり、騎士団にダンジョンの探索が命じられることがあり、今回、クロエがその探索メンバーに選ばれたのだ。
ジョンサムは、詰所の奥で人の良さそうな顔でほかの騎士と談笑する男を親指で指した。
「今回の探索部隊の隊長はブラストだ、あいつが一緒なら問題ねえ」
「ブラスト殿が一緒なら……」
「じゃ、そういうことで、頼んだぞ」
そう言って、ジョンサムは立ち去った。
「ダンジョンか……どんな準備が必要なのだろう、後でブラスト殿に聞いてみようか」
クロエが腕を組んで1人呟いていると、
「クロエさん」
と後ろから声を掛ける者があり、クロエが振り向くと、ガネッサの魔法からクロエが間一髪助けた男の騎士が笑顔で立っていた。
騎士の名はエリック。そばかす顔で、栗色のくせっ毛の、クロエよりも1年後輩のまだ若い青年である。
「エリック、何か用?」
「クロエさんもダンジョンの探索部隊に任命されたんですね」
「『も』ってことは、エリックも?」
「はい、そうなんです。僕、ダンジョンなんて初めてなんで、少し楽しみです」
「そう……お互い頑張りましょう」
「はい! あ、そうだ、実はクロエさんにもう1つ言うことがあって……」
「なに? 改まって」
「アユナ湖では助けていただき、ありがとうございました。クロエさんが助けてくれなければ、きっと僕も死んでました」
「いや、そんな……」
改めて感謝を述べられて、クロエは少し恥ずかしかった。
「それだけです、ダンジョン探索、頑張りましょうね!」
そう言ってエリックは頭を下げると、笑顔で立ち去った。
騎士団に入団して2年、第13騎士団に配属されて1年が経つが、これまで大した功績のないクロエにとって、身内からとはいえ、はっきりと感謝を伝えられたことは何となく嬉しかった。
ガネッサの事件でもクロエは結局役に立つことができず、表には出していないが少し落ち込んでいたが、また頑張ろうという気持ちがクロエに湧いて来た。
「はあ、僕ですか?」
下級官吏の庁舎の一階のとある部署で、濃紺の髪、黒縁眼鏡の冴えない顔の青年――アルトが課長のレイモンドと何やら話している。
「ああ、ダンジョンの探索に、庶務記録係として事務員も同行してほしいとの依頼があってね、それで、アルトくん、ぜひキミに行ってもらいたい」
「事務員って、そんなこともするんですね、大変だなあ……というか、何で僕なんですか?」
「ふむ、理由は知らないが、ぜひキミにという……つまりキミをご指名だ。大抜擢だよ、ハハハッ」
レイモンドは楽しそうに笑っているが、アルトは腑に落ちない様子。
そのアルトの背後で、アルトの同僚のトリアーレとエマが声を潜めて何やら話している。
「何でもよ、上の方から誰か行かせられる奴がいないかって聞かれて、アルトって答えたらしいぜ」
「うへえ、じゃあ大抜擢したのは課長じゃない」
「まあ、俺らはそんな危険な業務に当たらなくてありがたいけどよ」
「アルトが行って、騎士の方々の迷惑にならないかしら」
ふと、アルトがトリアーレを振り返った。
「今、『危険』っていいました?」
「言ってない言ってない、ダンジョンの探索なんていっても少し身体を動かす出張みたいなもんだ、旅行気分で行って来いよ」
と、トリアーレは、アルトが拒否しては困ると思い、少し慌てながらごまかした。
場所は戻って騎士の詰所。
詰所の奥に、他の部屋と比べて立派な装飾のある扉がある。その扉は騎士団団長の部屋。
その部屋の中で、ジョンサムは不満げな表情で、自分に背を向けて椅子に深々と座る男を見ていた。
男は第13騎士団の団長クロムウェル。クロムウェルはジョンサムに背を向け、窓の外の青々とした木々を見ながらタバコの煙を吐き出した。
「モンスターのベルディ襲撃とアユナ湖の事件に関してはご苦労だったね。まさか、俺がベルディを離れているときに起きるなんて、不可抗力とはいえ、申し訳なかったと思っている」
「いえ……殉職者が4名出たことは残念ですが、市民の死亡者が出なかったので、被害は最小限の抑えられたものと思います」
「ふむ、そうだね、だが、私がいれば殉職者を出さずに済んだかも知れない」
「……確かに、隊長がいてくだされば、もしかすると、ですが……それより、少し話は変わりますが」
「何かな」
クロムウェルは、煙草を灰皿に押し付けた。
しかし、ジョンサムを振り返らず、顔は窓の外を向いたまま。
「ダンジョン探索部隊に、クロエとエリック、そしてオレスと名乗る魔族と交流のあった下級官吏を集めたのはなぜですか? 実力的に言って、クロエとエリックにはまだ早いと思いますが」
「若手に経験を積ませるためさ……なんて、建前だが……」
クロムウェルは一拍置いた。
「アユナ湖までオレスという魔族を追跡し、生存したのはクロエとエリックだけ。下級官吏のアルトは、オレスと接触した後、事件のあった日だけ丸1日姿を消した。何かあると思わないかい?」
アルトを選抜したのはアルトの上司のレイモンドであるが、クロムウェルは庶務記録係の選抜に当たって、若い職員であること、真面目な職員であること、数日不在にしても問題のない職員であること、という条件をつけ、アルトが選抜されるように誘導したのだ。
「団長はクロエらが敵とつながっていると、疑っているのですか」
「ストレートに聞くね、だがそういうことだ。3人の関係性を把握するなら、閉鎖空間で一緒に行動させるのが最も良い。ブラストにもこのことは伝えてある。3人から目を離すな、特に会話の内容は聞き漏らすな、とね」
「……」
ジョンサムは不満な顔のまま押し黙った。
「まあ、念のためさ、可能性は小さなものでも潰すべき。これで何もなければ、俺は彼らに潔白の印を押すよ、それで良いじゃないか」
「……分かりました、団長の命令に従います」
だが、ジョンサムはやはり不満であった。クロエもエリックも、騎士の心を持つ者たちである、魔族とつながっているわけがない。騎士として信頼している。だが、騎士としての力は2人ともまだまだ未熟。それなのに、あらぬ疑いをかけて、手練れの騎士でも命を落とすことがあるダンジョン探索に2人を行かせるなんて納得できなかった。
一方でアルトのことは、ジョンサムも信頼しきれていなかった。それっぽい理由を述べていたようだが、事件当日だけ行方が知れなくなったというのは、やはり腑に落ちない。もしも、アルトが魔族とつながっているとすれば、奴をダンジョンの探索部隊に入れるのは、むしろ危険ではないかとも考えていた。
しかし、これ以上団長に意見を具申しても、団長が考えを変える様子はないため、ジョンサムは引き下がった。
ただ、クロエとエリックが無事に帰って来ることを願うしかなかった。