『タイムアフタータイム・アフタートークタイム ―BAR「猫町」クローズ前―』
とある街、とあるBAR。
とある春の日の、閉店間際。
終わらないアフター・トーク。
※【N】(ナレーション)部分は、演者のどなたかが声に出して頂くか、自由に分担されてください。
※声劇アプリ「ボイコネ」のサービス終了に際して、投稿された作品です。“出奔者”篇♯4及び“お一人様”篇♯8まで、という中途半端な状態ではありますが、「猫町」シリーズの一旦の締め括りと、時系列的にはこれよりも過去となる未執筆作品たちの、予告や前フリのような内容を含んでいます。
登場人物
■シイナ
「椎名 律果」。
店員。流れ行く女。
■カスミ
「入矢 香澄」。
店員。月のように笑む女。
■タニマチ
「谷町 経悟」。
店員。薄暗い男。
■和装の少女
【エピローグ】に登場。シイナ役と同じ演者推奨。
■奇怪な紳士
同上。タニマチ役と同じ演者推奨。
■学生服の少年
同上。カスミ役と同じ演者推奨。
―黎和5年3月某日―
―【N】いずれ過去となる現在に降る光は、あらゆる未来の情景を含んでいる。
タニマチ:
或る、幻象の真実。
シイナ:
「だが私の不思議な疑問は、此所から新しく始まって来る。
支那の哲人 荘子は、かつて夢に胡蝶となり、醒めて自ら怪しみ言った。夢の胡蝶が自分であるか、今の自分が自分であるかと。」
カスミ:
「この一つの古い謎は、千古にわたってだれも解けない。錯覚された宇宙は、狐に化かされた人が見るのか。理智の常識する目が見るのか。
そもそも形而上の実在世界は、景色の裏側にあるのか表にあるのか。だれもまた、おそらくこの謎を解答できない。」
タニマチ:
「だがしかし、今もなお私の記憶に残っているものは、あの不可思議な人外の町。
窓にも、軒にも、往来にも、猫の姿がありありと映像していた、あの奇怪な猫町の光景である。」
―【N】萩原朔太郎、『猫町―散文詩風な小説―』より。
―タイトルコール。
カスミ:
『タイムアフタータイム・アフタートークタイム』
―【間】
―【N】例えば、『サイド・カー』や『午後の死』や、『フレンチ・コネクション』や『マグノリア・ブロッサム』、『アイリッシュ・コーヒー』や『スカーレット・オハラ』。
『ブラック・ウォッチ』、『サラトガ・クーラー』、『スレッジ・ハンマー』に『ビーズ・ニーズ』。
『ティフィン・タイガー』、『クロンダイク・ハイボール』、『シェルパ・ティー』、『ソルティレージュ・シェカラート』。
年を跨いで『ゴールデン・キャデラック』。
それらのドリンクがサーブされたいくつかの夜から、1年と数ヶ月が経過し。
2023年、3月某日。
とある街、とあるバーの店内。
スタッフは、3名。
タニマチ:
ありがとうございましたァー。
カスミ:
ましたぁー。
シイナ:
お気をつけてェー。また来てネー。
―ドアベルのどこか胡乱な音を残し、最後の客が退店。
タニマチ:
……ふィーーっ。
カスミ:
よーやくお客さん途切れたね……。
今、何時?
タニマチ:(時計を見つつ)
10時半、回ったトコ。
シイナ:
前とおんなじぐらいに閉めてんの? 店。
カスミ:
そ、だね。変わらず。
せっかくだし、もーちょいだけ……、
タニマチ:
まー普通に、十一時半ぐらいまでは……、
シイナ:
OK。勿論。
―各々、自然に分担し、店内を整える。
タニマチ:
やっぱシイナさん効果スゴいっスわ。オープンから引っ切り無し。
カスミ:
Webで軽く告知しただけなのにねぇ。
何人かには、直で知らせたケド。
タニマチ:
マナコには一応、俺が。
シイナ:
ヤナとか、「Shrimpy」の前なのに寄ってくれてね……。
相変わらずだったな。あらためて見るとヤバい、アイツ。
カスミ:
変わんないと思う……。ヤナのアレは。
タニマチ:
急に変ってもコワいしな。
タニマチ:
まーホント、ひっさびさにワイワイだったっス、オカゲサマで。
シイナ:
土曜だしこんなモンだったんじゃないの。
ま、思ったよりは取っ散らからずにやれたかな……、
半年ぶりのカウンターにしては。
カスミ:
全然だよ。流石、チーフ。
タニマチ:
チーフ、流石。
シイナ:
元・ね。今はヘルプ。
そんでどーなんだよ。新・チーフは?
タニマチ:
ん、ヤ、まー、ね……。
言っても今はまだ2人なんで、そんな別に……、
カスミ:
2人営業の時とかも、おんなじだよね、特に。
シイナ:
買い出しとかは? 結局どーしてる感じ?
タニマチ:
ヤヨイさんの車借りたりとか、スね。運転は前通り、俺が。
シイナ:
お前買ったりしないワケ? 車。
タニマチ:
俺がァ?
や、無いスね……、まさか。維持費とか、今は多分無理だし。
カスミ:
近くに駐車場も無いしねぇ、アパート。
シイナ:
半分店の車にしてさ、裏に停めときゃいいんじゃないの。
タニマチ:
にしても気後れっスわ……、車検とかもわかんないスもん、
シイナ:
まータニマチがマイカーとか、普通に笑うけどさ。
タニマチ:
何でっスか。イイでしょパーマが車持ってたって。
シイナ:
10円パンチしに行くから。
タニマチ:
嫌がらせの治安悪っ。
はァ、ちょい……、トイレに、
カスミ:
一回も行ってなくない? オープンから。
タニマチ:
忘れてた、なんか。
あ、ちょっと行って、
シイナ:(継いで)
来いよ、とっとと。
タニマチ:
ういスー。
―パーマの店員は冴え切らない足取りで、手洗いへと。
―がちゃん、と施錠音。
シイナ:
ふう。何か不思議な感じだなー。
懐かしいとか思う程には、時間も経ってないし……。
カスミ:
クフ。タニマチとシイナさんの絡みも、いつも通り。
シイナ:
アイツ全然マジで普通なんだもんさ、
ちょっとはチーフの自覚出てきてんのかと思いきや、
カスミ:
変わってないデショ、良くも、悪くも。
店とかも。
シイナ:
んー。……、
まー、さァ、
カスミ:
ん?
シイナ:
そりゃちょっとは、ビックリしたけどもね?
カスミの、髪。
カスミ:
……、あ……、
―長身の店員の視線は、茶髪の店員の、その色素薄い、焼き菓子色の髪に注がれている。
カスミ:
これ……、
変、かな、ちょっと、伸ばしたの。
シイナ:
いやー? メチャメチャ似合ってる。可愛い。
カスミ:
どうも……。
シイナ:
寧ろ直球で可愛すぎ、っていうか……、変なモテ方しない? 今の感じだと。
カスミそーいうテイストだとさー、男ウケ100パーみたいな見た目になるじゃん。
カスミ:
その辺は……、上手いことやってる、つもり。
……金髪って思ってたよりバリアになってたんだぁ、とは思った……。
シイナ:
いま多いけどね、流行ってるし。
でも、ま、そうね。
カスミ:
その……、店の、メンツも変わるし……、予備校も、行き出すつもり、だし……、
気分、変えようかな、って、
シイナ:
肩までのショートってのはさァ、
カスミ:
えっ、うん、
シイナ:
誰かの好みなワケ?
カスミ:
っ!!
―絶句。のち、沈黙。
シイナ:
「ー絶句。のち、沈黙。」
「ーその静寂は肯定を表していた。」
カスミ:
っ、ト書き、ヤメて。
シイナ:
あっはははっ。
可愛いなァ、やっぱりカスミは。
嘘が吐ききれないところが。
カスミ:
違う、から……。
高校の時とか、こういう、感じだったから……、
寧ろ元通り、っていうか、
シイナ:
ふーん、へーェ。
カスミ:
ピっ、ピンクとか、軽く入れようと思ったけどよく考えたらデジとカブるし、もういっそ無難に、っていう、
シイナ:
ほォーお、
カスミ:
それ、だけの……、
シイナ:
まー確かにィ、誰かの元カノとかも別にそういう感じでもなかったしなー。
カスミ:
っ!
……元、カノ……、
シイナ:
ま、2人ぐらいしか知らないけどネ、私は。
カスミ:
……どんな人……、
シイナ:
ソコはさァ?
カスミ:
……、
―悪戯に溜めを作り、
シイナ:
……直接訊きな?
お2人の時に。
カスミ:
……っ!!
無い、からっ! 2人っきりの時とかっ!
シイナ:
週末の2人営業の事だよー? 私が言ったのは。
カスミ:
……っ、う、
―茶髪の店員の頬に僅か、赤みが差している。
シイナ:
あっはははっ。
カスミをイジめるっていう数年来の夢がよーやく叶い始めて、嬉しい限り……。ふっふ。
カスミ:
……、そん、なんじゃ……、
シイナ:
ちょっとは楽? 前よりは。
カスミ:
……、
―長身の店員の眼差しは、いつしか優しげ。
カスミ:
……、……どー、かな。
わかんない……。
シイナ:
上手く頼るんだよ。
周りの、好きな奴も、好きじゃない奴も。
独りで立ち向かったり、逃げたりしないで、さ。
カスミ:
……、…………。
下手くそ、だけど。
シイナ:
あは。可愛げがあってイイじゃない。そのくらいの方が。
カスミ:
……。シイナさんって、
シイナ:
ん?
カスミ:
こういう話してる時って、凄く、先輩って感じ……。
シイナ:
あっは。普段はコドモっぽい?
カスミ:
ううん、いつもはもっと、「オトナ」、っていうモードだけど……。
リアルに、2個上の人なんだな、って。
シイナ:
あー。
……ま、基本は背伸びしてるから、ね。
(切り替え)
稽古場じゃ大人しいもんだけどねー?
周りプロとかタレントばっかりで、肩身が狭いったら。
カスミ:
本番、もうすぐ、だよね。
シイナ:
5月末だからもーちょい、だね。
……実感無いや、ふっふ。
カスミ:
観に行く。チケット、取った。
シイナ:
ごめんね? 何か……。
まー私が居ても居なくても、観る価値のある舞台になってくとは、思うけれども……、
ていうかミツユさんに言えばコネでチケット手に入ったかもね?
カスミ:
一瞬考えたけど……、何か、今回はチガうかな、って。
シイナ:
ありがとう。
お高い指定券の、何分の一かでも貢献出来るよう、セーゼー、粉骨砕身……。
―スツールにギ、と体重を預け。
シイナ:
ま、ぶっちゃけここに来てようやく稽古らしい稽古になって来たって感じだけどねェ。
アマチュアや部活時代とは何もかも違って。四苦八苦。
カスミ:
自分は高校の時、一回だけ演劇部のお芝居に、出させてもらった事しかない、けど……、
大変そう。別世界っていうか。
シイナ:
まー、ね……。流石にちょっとは慣れたけど。
引き受けるんじゃなかったって、何度後悔したか……。
ていうかトイレ長いな?
カスミ:
そう? いつもこのぐらい(言い止め)、
……、店で、いつも、こんなぐらい、だけど……、
シイナ:
ヒッヒヒ。へぇー?
カスミ:
もうっ。
―バツ悪く、沈黙。
―後、気を取り直し。
カスミ:
…………、シイナさん、って、
シイナ:
んー?
カスミ:
その、アイツと……、
シイナ:
誰? トイレ長いモジャモジャ?
カスミ:
……その、ソイツと。
ココに入った時から、なんだよね。
シイナ:
あー。うん、そーだね。
メガネ時代からの同期。
カスミ:
眼鏡、写真で見た……。似合ってなくもないけど、
シイナ:
イメージ違うよね。中身は変わり映えしないけど。
それで?
カスミ:
……こういうの……、訊いていいのか、微妙とは思うんだけど、
シイナ:
大概は良いんじゃないのー? 中々出て来ないアイツが悪い。
カスミ:
……、その、
アイツが、昔……、
シイナ:
うんうん、
カスミ:
事故に遭った、とか、
シイナ:
……っ、
カスミ:
そういう、話とか……、
―聞き、長身の店員の表情は微か、硬質に。
カスミ:
聞いたこと、無い、かなと思って……。
シイナ:(数瞬、黙考)
……、……。
「いや……、無い、かなァ」。
どうして?
カスミ:
……、わかんない、普通に、手術の跡、とかかもしれないし。
そんな人、沢山居るとは、思うんだけど……、
シイナ:
傷跡?
カスミ:
……大きな。
左の、脇腹に……。
シイナ:
……、
カスミ:
ごめん、訊いた事タニマチには、
シイナ:
勿論。言うわけ無い。
……、……。
それ……、
それに付いて、タニマチは何て、
―遮り、手洗いの戸が開く音。
―潜め声の会話が打ち切られる。
タニマチ:(手を拭い、フロアに戻りつつ)
はァー。なんかこう微妙にまだ、冷えるっスよね……。
シイナ:(自然に)
トイレの暖房はまだなんだな。
タニマチ:
んー。何か、トイレの手摺り修理するついでに付けよっかなー、みたいなコトは去年の冬に……。
もー忘れてるかもだけど、
カスミ:
ヤヨイさんの許しが出れば、ねぇ。自分は賛成。
シイナ:
また変なモノ衝動買いして無駄遣いしてなければ、下りるんじゃないの。大蔵省の許可。
タニマチ:
あ、何トーク中だったんスか?
カスミ:
……、えっと、
シイナ:
舞台の、本番のハナシ。ベタに。
タニマチ:
あー。ねーー、もうじきっスもんね。
そー、チケット、
シイナ:
ご予約くださった、んだろ?
したした、その辺の話も一通り。
タニマチ:
ていうか……、マジで凄いっスよね、
「繁珠衣」と一緒に練習してるとか……、
シイナ:
んー。そうね……。
考えたらイカついよなァー。
タニマチ:
ゴリゴリの芸能人じゃないスか、それもあの、「新世紀の11人」の、
シイナ:
「ハンタマ」ちゃんとね。
顔小さ過ぎてビビったよ、最初。
カスミ:
あのCMちょっと癖になるよね。「なか卯」の。
タニマチ:
「うどん半玉」フェアのな。
シイナ:
あー。本人は多分、半玉も食べないと思うけど……。
カスミ:
少食なんだぁ、イメージ通り。
タニマチ:
アレっスかね、親友の……、
シイナ:
「観音町凛々(かんのんまちりり)」? 来るかもねェ。
タニマチ:
うわーーーーー。
「巻島エレナ」とかも来んのかなーーーー。
シイナ:
来たとしても関係者席だけど。
意外とミーハーだよな、お前って……。
タニマチ:
あとアレでしょ、芸人の、
シイナ:
「東風寅5:00起き(ごじおき)」?
芸人ってよりはコメディアン、
っていうかボードヴィリアン、だな。
カスミ:
何でもやるもんね、お笑いも、ドラマとかも。
シイナ:
居るよ……。舞台は初らしいけど、まあ流石に器用な。
うるさいし、TVで観るよりもっと変なヤツだけど。
タニマチ:
はァーーーーっ。
ヤバ、何か興奮してきた……。
もうほぼ芸能人じゃないスか、シイナさんも。
シイナ:
何でだよ。芸能人とおんなじ空気吸ってたら芸能人ってか?
発想貧困、品性下劣。俗物の極みだな、お前。
タニマチ:
辛辣スギません? 話題に対して……。
カスミ:
ウクク、クフフフフフ……。
シイナさん、相変わらずで嬉しい……。
タニマチ:
何かタレントオーラびんびんな感じになってたらどーしよって言ってたんスよ、昨日、
シイナ:
なるワケ無いじゃん……。ほんの脇役Bなんだから。
タニマチ:
やでも、あの制作発表会見で芸能人の中にズラっと、
シイナ:
並んでたとしても。
あるだろ一般人がテレビ映る事くらい……。
あとそういう意味じゃ、芸能人ってそんな判りやすくオーラ出てるとかじゃ無いよ。
カスミ:
どう違うの?
シイナ:
んーー……。上手く言えないけど……、
―ふ、と視線を思惟に浮かし。
シイナ:
ただただ変なヤツ、が多いかな。私の肌感覚としては。
タニマチ:
ヘンなヤツ。
シイナ:生きるの下手な人っていうか、社会生活シンドいんだろーなー、って人は、来るじゃん普通に、ウチとかにも。
カスミ:
そー、だね。
シイナ:
そういうのともまた違って……。
社会ってフィールドの中では、そもそも生きる事が出来ないんじゃないか、って思わせるような。
吸って大丈夫な空気が違う、っていうか。
カスミ:
違う生き物、みたいな感じかな。
シイナ:
ま、芸能界でバリバリ仕事してるタイプなら、って感じだけど。
タニマチ:
ガッツリTV出てる人は、みたいな。
……ホンジョウさんはそーでもないか……、
カスミ:
誰?
タニマチ:
あーほら、アンリさんと一緒に偶に来てくれる、
カスミ:
あぁー。
『少女ラッピング』の人ね。黄色担当の。
シイナ:
言ってた人か。私会った事あるっけ? 無い?
タニマチ:
一回とか、かな? 何か混んでてあんまり、
シイナ:
絡めなかったんだっけ。
まー、ちょっと界隈が違う感じだもんね、『ラッピング』とかは。
カスミ:
直で応援しに行ける、が売りっぽいもんね。
「場末アイドル」って言ってるし、アンリPも。
タニマチ:
デューサー自身がな。
シイナ:
今後の売れ方次第、ってのもあるんだろーけど、さ。
ま……、何はともあれ。
オフタリとも、ご来場お待ちしております、と……。
ちょっと、煙草。
タニマチ:
あ、はいはい。
―喫煙用具一式を収めた革のポーチを携え、長身の店員は出入り口へと。
シイナ:
頼んだよ、チーフ。
タニマチ:
うい、スー。
―ドアベルの涼やかな音。
―店内、二人。
タニマチ:
ふう。流石にもー無いか、お客。
カスミ:
どーだろね。さっき帰った人みたいに、シイナさん関係なしで来る人は来るかもだけど。
タニマチ:
明日……、集合、1時だっけ、2時?
カスミ:
1時。予約が2時だから。
タニマチ:
で、ヤヨイさんカーはこの2人と、
カスミ:
ミツユさん、ヤヨイさん、あとヤナ。まず。
タニマチ:
ミリさんは?
カスミ:
直接駅まで来る、って。
タニマチ:
気ィ遣ってくれてんのかな……、
カスミ:
単に「みんなで車」が好きじゃないだけだと思うよ。
タニマチ:
で、マナコ拾ってくのはシイナさんカーでイイんよな?
カスミ:
さっきそれでイイって言ってた。こっちで拾うのはヨウコ。
タニマチ:
あそっか。
で、6人か……。まーイケるか全然、
カスミ:
みんな細いし。車椅子はトランクでいけるし。
タニマチ:
んで、「去戸山」集合で……、
そっから歩き?
カスミ:
っていっても近いから、丘まで。
タニマチ:
てっぺんに在るんだよな、そのカフェ……、
イケるかな電動車椅子、
カスミ:
毎日、手で押して往復してたらしいから……、
大丈夫だと思うよ。
タニマチ:
へえ……、
その、店主の人が住んでた頃?
カスミ:
そ。
―きらり、と、
カスミ:
……って、言ってた気がする。
―店内の淡い照明を受け、茶髪の店員の耳元、小さな若草の押し葉を封じ込めた、透明のピアスチャームが光る。
タニマチ:
ふむふむ。えー、だから、
(指折り数え)
俺ら、シイナさん、ヤヨイさんミツユさん、マナコ、
カスミ:
ヤナ、ミリさん、ヨウコ。
タニマチ:
デジは?
カスミ:
結局断られた、って。
でも気にはなってるハズだから偶然を装って来るかも、って。
タニマチ:
おー。ヤナが?
カスミ:
言ってた。来てたら合流すればイイし。
タニマチ:
手間を惜しまねーよなデジも……。
で、マックス10人か。
あ、俺自分入れてた??
カスミ:
入れてたよ、最初に。
タニマチ:
ダイブな人数よな。大丈夫な感じなのかね……、
カスミ:
大きいテーブルがあるから囲める、って。
聞いて想像してたよりかなり広いみたいで……。
タニマチ:
インスタだとそーいう感じでもないもんな。
カスミ:
アレほんの一部分らしいよ。
つまり、問題ナシ。
タニマチ:
だな……、うん、うん……。
……何かこーいうのほぼほぼ始めてじゃね?
カスミ:
そー、だよね。
昼間にスタッフと常連で、お客さんが開けたカフェに行く、とか。繁盛店っぽい。
タニマチ:
行っても帰りに皆で「室たつ」寄ってラーメン食ってくぐらいだったし……、
カスミ:
タニマチとかアガタくんとかだけね?
夜中にラーメンとか信じらんナイ。
タニマチ:
ま、好き好きだけどさ。
シイナさんがこっち来てるタイミングとはいえ……、
変に緊張するわ、ナンか。
カスミ:
タニマチ以外女子ばっかりだしね。
タニマチ:
え??
カスミ:
デショ。
タニマチ:
…………、
―刹那、呆け、再認識。
タニマチ:
……そーだわ。よく考えたら。
カスミ:
ハーレムじゃん。アニメとかの。
タニマチ:
よくワカランけどその主人公なりたくねーな……。
てかバランス悪くね? リンドウとか誘う?
カスミ:
何のバランスぅ? あとリンドウくんとかはマジでぶっ倒れるかもよ、過呼吸とかで。
タニマチ:
あーー。
ミリさんも居るしな……。
カスミ:
そ。
タニマチ:
てか、あの子は?
「Shrimpy」の厨房の、
カスミ:
アドくん?
「いっ、行くワケねーだろっ、ンな女の人ばっかのトコに! 新生活の準備トカで忙しいから今回は残念だけど遠慮します、とでも言っといてくれよっ!」
って真っ先に断られた、ってヤナが。
タニマチ:
全部言っとる言っとる……。
……ま、ちょうどイイかこの面子で。
カスミ:
イイ、イイ。
あとタニマチ、普通のカッコしてよ、
タニマチ:
普通……? とは……?
カスミ:
古着とかビンテージのデニム決め決めとかNG。
タニマチ:
あ、えと……、リアルの軍パンも駄目……?
カスミ:
着替えさせるから。
とにかく「ボギーズ」で売ってそうなのはオール駄目。
タニマチ:
あのー、ノルディック迷彩のさ、むちゃくちゃイイ雰囲気にクタびれたカーゴがあってさ、正直リアルなダメージとかもあるんだけどコレがホントの話、合わせ方次第ではナントモ上品な……、
カスミ:
燃やすから。その場で。
タニマチ:
その場で!?
……イイよ、半分ぐらい冗談だし……。
あとそれマナコにも言っとかないと、
カスミ:
あの人はちゃんとTPO守って纏めてくるからイイの。
タニマチ:
俺も守るわ、TPO!
ナンか普通の、無難な感じの……、
カスミ:
インスタ見たんでしょ? 浮かなかったら何でもイイ。
タニマチ:
アレよな、こう、ジブリとかに出て来そーな……、
カスミ:
ハヤオあんまり好きじゃナイからそんなに知らないけど。
ま、そーいう売りだよね。
……庭は、殆ど住んでた頃のままらしいけど。
タニマチ:
へーー。
1人営業の時に来た人、なんよな、
カスミ:
……もう2年くらい前にね。
その後も、ほんとに何回かしか……、
―ドアベルを軽やかに響かせ、長身の店員が帰還。
―微か、紙巻きの甘やかな薫り。
シイナ:
ただいまー、っと。
なァんか湿気出て来たなー。
タニマチ:
急に暖かくなりましたしね。毎年言ってるけど……。
シイナ:
二人してナンの悪だくみィ?
カスミ:
明日の事、明日の。
シイナ:
あーー。
めちゃめちゃ知った面子だしな……、出たトコ勝負で繰り出す気マンマンなんだけど、
カスミ:
大丈夫だと思うよ。店も広いらしいし。
シイナ:
雨さえ降らない事を祈るのみ、だな。
ていうかさー、
カスミ:
ん?
シイナ:
アレなんだよね、その、明日行く店、
カスミ:
うん、
シイナ:
『サカキチハヤ』の。
フルプロデュースの店なんだよね。
カスミ:
ああ……、うん。
そう……、なんだってね。
タニマチ:
って……、
あちこちで店出してる? 代官山とかで、
シイナ:
そーだね、最近よくTVとかも出てる……、
つーかよく知ってるな、
タニマチ:
バイト先の人が喋ってたんス、
休憩の時に……、
シイナ:
「ハヤブサ運送」で??
むさ苦しーオトコ共がお洒落カフェトーク??
タニマチ:
失礼なっ。女のヒトも多いし年齢層若いんスから、
シイナ:
イイイイ、どーでも。
で、その『サカキチハヤ』、
カスミ:
オウミさんの凄い版のヒト、だね。
タニマチ:
あー。
シイナ:
ま、それこそフィールドも分野も、また違うけどね。
実際に現場で関わったりは、今はしないらしいし……、
私のバイト先のフィットネスの隣にも、系列のカフェがあるんだけど、
タニマチ:
あ、オウミさんで思い出しましたけど、『エルダーマップ』、結局閉めるらしいスね、4月いっぱいとかで、
シイナ:
クラフトジンの店だろ? 一回行ったけどさ……、
正直やっぱりな、って感じ。
カスミ:
そーなんだ。
シイナ:
オウミさんから経営変わった後、持たなかったトコを見ると……、
やり手なんだな、あの人はあの人で。
で、その、
タニマチ:
はいはい、
シイナ:
『サカキチハヤ』が、実験的に全部に口出しして、コンパクトかつコンセプチュアルにやってこうって店の第一号が、
タニマチ:
明日行くその、
カスミ:
『銀風館』。
……イングリッシュ・ガーデンとアフタヌーン・ティーの、お店。
お姉さん、なんだって。『サカキチハヤ』。
タニマチ:
えっ、
シイナ:
その、チグサさんだっけ、ウチに来てくれた人の?
姉妹で開けたってコト?
カスミ:
そう……。
そういう事に、なったんだ、って。
タニマチ:
へェえーー……。
何か……、本人的には不本意だったり、とか?
カスミ:
……、そういう感じでもないっぽい。
いつか、訊けたら訊くつもりだけど。
シイナ:
ま、明日行ってみて顔とか見れば、ある程度は判るかも、ね。
ふむ、結構諸々、楽しみになって来たな……。
通し稽古の前に、本式のスコーンで英気を養わせてもらいますか、と。
カスミ:
明日の夜、なんだよね。
シイナ:
そーそー。憂鬱極まるよ、ホント……。
お茶の後、そのまま向かうから、
そういや帰りマナコちゃんどーする?
カスミ:
ヤナとミリさんが帰りは一緒に電車だから、こっちに乗ってもらえる。
シイナ:
ん、OK。
で……、そう、なので今夜だけ、
カスミ:
うん。
シイナ:
お世話になります。
大人しく寝るから、本当、部屋の隅でも押入れでも。
カスミ:
全然……。何にもないトコだけど。
シイナ:
ジョニーが居るよね?
タニマチ:
ジョニー?
カスミ:
蛇。その名前、決定だったんだ……。
シイナ:
あは、私の中ではアイツはジョニーなんだよね。
デッカくなった?
カスミ:
一回脱皮した。そーだね、ちょっとずつ……。
タニマチ:
若干だけ人に慣れた感じあるよな、最近。
カスミ:
そう? 人間の勝手なバイアスじゃない?
シイナ:
ナメられてるだけじゃないの、タニマチが。
タニマチ:
何でスか。いや別にへりくだってもらわなくてもイイけど……。
カスミ:
クフ。「蛇にへりくだられてるタニマチ」。
シイナ:
ぶふっ(吹き出し)。アナコンダ先輩チぃーっス。
タニマチ:
何スかもう、適当な……。
―何気なく、フロアの椅子に腰掛け。
タニマチ:
ふう。外、人気どーでした?
シイナ:
猫の子一匹居なかったね。駅前から、かすかに賑やかな気配だけ……。
カスミ:
時間が時間だし、年度末だしねぇ。
タニマチ:
明日休みなのになー。まあ最近はそういう感じでもないけど……。
シイナ:
平日に店閉める時とかは、それこそ世界が終わったのかと思うぐらいに静まり返ってたなァ。
タニマチ:
変わらずっスよ。急に犬鳴いてビビるぐらい……。
シイナ:
あれビビったビビった、ドコで飼ってるヤツなんだか……。
―緩やかな会話の凪。
―茶髪の店員が脚を組み換え、木椅子がカタリと鳴る。
カスミ:
でも……。
今、この瞬間に、
シイナ:
ん?
カスミ:
ホントに、世界が終わったとしても……、
タニマチ:
んん??
カスミ:
このドアを開けない限りは。
気付かないまま、だよね。
タニマチ:
何の、何??
シイナ:
……ふっふふ……。
暫くは、ね。
―ギ、と、スツールの軋る音。三者三様の姿勢で、店員たちは着席している。
タニマチ:
ソレって……、俺らが客待ちしてる間に、爆弾とかが落ちてセカイが滅亡してー、みたいな?
ウチも纏めて吹っ飛ぶ気ィするけど……、
シイナ:
甘いなタニマチ。爆弾でぶっ飛ぶだけが世界の終わりじゃないだろ。
タニマチ:
例えば?
シイナ:
疫病の氾濫。人心の荒廃、からの最終戦争。
為すすべ無き自然災害……。ハリウッドでやり尽くされてるパターンだけでも無数にある。
カスミ:
隕石とか、宇宙人の侵略とかねぇ。
タニマチ:
あー。「実は最初からAIが作ったバーチャル現実だった」、とかも変化球としてね、
シイナ:
ま……、災害や人心の荒廃に関しては、わざわざフィクションを引き合いに出すまでもなく、他人事じゃあないんだけども。
カスミ:
まだ12年、だもんね。
震災から。
シイナ:
うん……。それもだし、近頃ホントに多い。
今度の舞台のテーマが、正にそんな感じだってのもあるけど……。
タニマチ:
ナミヨケさんの地元、どこだっけ、関西の、
カスミ:
沼戸。ちょうど実家のある、温泉街の辺りだったんだよね。ご家族は無事だったらしいけど……、
シイナ:
大水害、ね。元々多い地域とはいえ……。
「地球が怒ってる」、とかまで行くと、スピリチュアルに片足突っ込むけども。
タニマチ:
あとマジで、最近物騒っスよね。大きいトコから小さいトコまで。
シイナ:
そーだよ。事件も、自殺も多いし。
カスミ:
「雨戸宮プラザ」のトコのビルでも、あったよね去年。飛び降り。
タニマチ:
なー。あん時近くに居たわ、見てはないけど……。
シイナ:
ま……、「保科」グループの総裁が撃たれちゃうような世の中だし。南極周りのテロもますますキナ臭いしさァ。
実際いつ、世界が終わったって……、
カスミ:
おかしくない?
シイナ:
と……、思わされてしまうようなご時世ではある、よね。
タニマチ:
でも何か、
シイナ:
ん?
タニマチ:
ジッサイ、何がどーなったら終わりなんスかね、
世界って。
シイナ:
……、
カスミ:
……、
―暫し、沈思黙考。
シイナ:
…………なかなか哲学的な問いを立てるじゃんか。タニマチの癖に。
タニマチ:
や、なんか素朴に……、
「ウォーキングデッド」とかみたいに、人類の殆どがゾンビ化したとかになったら、もー無理だろ終わりだろって感じにはなるでしょうけど……、
考えたらソレって、
カスミ:
「人類の終わり」であって、「世界」の終わりと言えるのかどうか、ってコトでしょ。
……言えないんじゃないの。人間なんかより、蛇や、サボテンの方がずっと多いし、古いし、強いんだから。
シイナ:
福音派の主張を丸っと無視するならば……、
人類誕生の遥か昔から、地球という星は脈々と、歴史を重ねて来た訳であって……、
となると、
タニマチ:
人間がどーなろうが、世界の終わりとかとは関係ない、っていう……、
カスミ:
もともと「世界」っていう概念自体が、曖昧なものっていうか……、
人間が作り出した観念でしかナイしね。
シイナ:
原義での「世界観」という言葉が示す通り、そもそも民族や共同体ごとに全く違ってた訳だしなァ。
自分たちを取り巻く全てのモノを、どう説明付けるか、っていう。
タニマチ:
調べ始めると面白いスよね、外国の部族とかの、昔話とか。
カスミ:
面白い。気付いたら徹夜してる。
シイナ:
だから……、まあ、
やっぱり人間という動物が、一匹残らず死に絶えた瞬間に、
「世界」っていう意味の「世界」は終わるんじゃないの。
タニマチ:
あー。
カスミ:
「世界」なんていうフィルターを通してでしか、「世界」を認識出来ない生き物が居なくなるんだもんね。
……他の生き物が、世界をどう捉えてるのかは、知りようがないけど。
シイナ:
全く、そうだね。
ただ一方で、
タニマチ:
はい、
シイナ:
観測者が消滅したからと言って、観測対象までが存在しなくなる、って言われたら、実にナンセンスでもあるよな。
カスミ:
地球は間違いなく残る訳だもんね。
星ごと無くなっても、宇宙が。
シイナ:
ていう、物質と空間こそが世界の実態であり、本質だ、というのが即ち、多くの現代人が共有している「世界観」な訳だけれど……、
例えば、だねェ、
カスミ:
ウクク。うんうん。
シイナ:
一連の物語が結末を迎えて、舞台の幕が降りた時。
それまで存在していた芝居の中の世界は終わるのか、否か。
物語のキャラクターや、彼らを取り巻く全てのものは、滅び去ってしまうのか。
無論映画や、小説に置き換えたっていいけれども、
タニマチ:
あーーー、
んんーー……、終わる……?
カスミ:
作品のジャンルによっては、そう言えるのもあるんじゃないかな。
自分たちは創られた存在だ、って、キャラクター自身が自覚してるような。
シイナ:
メタフィクションだね。確かに、終幕と同時に劇中の世界も終わっちゃうような作品、あるある。
タニマチ:
でも例えば……、映画だった場合、
シイナ:
おお、
タニマチ:
もっかいアタマから観たら、
また、世界が最初から始まるんスかね?
シイナ:…………、
カスミ:
映画のキャラクターの主観として、ってコト?
タニマチ:
上手く言えないケド……、
画面越しに人が観てる間だけ、世界が存在してるんだとしたら、
シイナ:
今日は妙にドラスティックじゃん。昼に変なモンでも食った?
タニマチ:
や、普通に「鬼○(おにまる)」の冷凍チャーハンすけど、
カスミ:
またぁ?? どんだけ好きなの……。
タニマチ:
おとつい半袋食って、普通に残りの半分食い切っただけだから、
シイナ:
マジでどーでもイイけど。
……そうだね、ソレでいくなら……、
お客が何らかの手段で、観測を繰り返す限り……、
その都度、世界は繰り返されるんじゃないかな。
タニマチ:
気ィ狂いそーっスよね、記憶とかもリセットされないと。
カスミ:
そりゃされるんじゃないの? 繰り返しなんだから、
シイナ:
物語が始まる瞬間に世界が始まって、幕切れと同時に終わる、って事になるな。過去の歴史や記憶も、その瞬間に創り出されたものであって……、
っていうのは実は、キリスト教原理主義の主張と、カブってくるんだけど……、
タニマチ:
アレもスよね、「世界5分前仮説」。
シイナ:
思考実験としちゃ面白いけどね。
確かめようが無いって時点で、
カスミ:
言った者勝ち、って感じだよねぇ。
……子供が眠って、絵本が閉じられた後は、お話の登場人物たちも寝てるのかな、って。
……小さい頃は、考えたりしたけど。
シイナ:
原初の想像力、だね。
世界を作った者と、その作られた世界を視る観客……、
それこそ現実に置き換えるなら「神様」と同義だけど、
カスミ:
うん。
シイナ:
唯物論を採択するなら、それらの全てが死に絶えたって、やっぱり「作品」である世界は残る。
物質的にはね。
タニマチ:
モンキー・パンチが死んでも「ルパン」は終わってないっスもんね。
カスミ:
ていうか、モーリス・ルブランはとっくに死んでるけど、初代ルパンは世界中で読まれてるし。
タニマチ:
お客が死に絶える、ってのは状況が想像しにくいけどな。
カスミ:
その作品を鑑賞する手段が、完璧に失われてしまったなら、
それは「観客の死」と同じなんじゃないの。
シイナ:
「作品の死」とも言えるね。
絶版や禁書や……、勿論、実際に起こってきた事で。
一度でもその作品に触れた人が、内容をぼんやりとでも覚えている間は……、
生きていると、言えるのかもしれないけど。
タニマチ:
それもみんな死んだら、もう終わり。
シイナ:
鑑賞者を失ったフィクションのキャラクターたちがどんな顔をしているのか……、
知る事は出来ない。何せ、観測出来ないワケだから。
タニマチ:
案外、気楽に自由に振る舞ってるかもっスね、
視られてる緊張から開放されて。
シイナ:
ちょっと不気味な想像だけどね、ソレ。
カスミ:
……「小説のキャラクターたちは、読者が本を読み終えた後、ふと物語に思いを馳せる空想の中にこそ生きているものだ」、って……、
ある作家の人は、言ってたけど、ね。
シイナ:
へえ……、お客さん?
カスミ:
……、昔の、知り合い。
シイナ:
ロマンチックだね。
でもまあ、実際ホントに、そういうもんだしな……。
―ふ、と視線を宙に浮かべ、軽く伸びをする。
シイナ:
……はァ。取り留めの無い雑談ってのは気楽だなー。
タニマチ:
しないんスか、稽古場とかで。
シイナ:
出来る空気でもナイんだよね。みんなドが付く程にマジメか、天然ばっかしだから……。
カスミ:
それで……、結局何の話だったっけ、
タニマチ:
「世界を終わらせる方法」。
シイナ:
ナニお前、悪の組織の親玉?
カスミ:
「モジャモジャ将軍」?
タニマチ:
誰が全人類ニュアンスパーマ計画じゃいっつって!
……やべ、ヤナみたいなコト言っちゃった……。
カスミ:
もっと脈絡無いよヤナは。
タニマチ:
まーイイとして。
つまり要するに……、
シイナ:
「世界は終わらない」、でイイんじゃないの。
この世界を観測するフィルターが無くなったり、変わったりしたとしても……、ソレってどんな状況なのかもわからないけど、
実体としての私たちが消える訳じゃない。
タニマチ:
んーー……、
カスミ:
この店のドアを開けて、本当に人類が滅亡していたとしても……、
タニマチ:
俺ら3人が生きてる限り?
シイナ:
私たちが、互いに互いを観測して、「人間」ってフィルターで以て自他を認識する限りは、かな。
……さて。
―年季の入ったスツールがギシと呻き、時計の針は、頃合い。
シイナ:
イカした与太を駄弁ってる間に、結構イイ時間、かな。
タニマチ:(時計を見やり)
お、ホントだ。
……さァーーーっ、って、
カスミ:
深追いせず、閉めよっか。明日はお昼からだし。
シイナ:
キツいよねぇ、夜型生活で昼から動くの。
私も切り替えるのシンドかったなァ。
タニマチ:
おし、ちゃっちゃと看板消して、帰る準備すっか……。
あ、そーいえば、
シイナ:
ん?
タニマチ:
ケイジュさん、来ませんでしたね。
シイナ:
……、
―刹那の沈黙。表情は崩さず。
シイナ:
……そう、だね。連絡、しなかった訳でもないんだけど。
カスミ:
自分が居るから、かな……、
シイナ:
いや、関係ないと思う。
図書館の司書の仕事も、益々忙しそうだし……、
(自嘲気に笑み)ちょっと怒らせ中、だからね。
タニマチ:
へぇ……、
カスミ:
何かあったの?
シイナ:
まあ……、ね。私のいつもの、悪い癖……。
シイナ:
善処はしとくよ、個人的に。
タニマチ:
全然……、元から普段は、来られないヒトだったし……。
っしゃ、んじゃ、閉めますわー。
シイナ:
ん、了解……、
よろしく、チーフ。
カスミ:
ウクク。よろしくぅ。
タニマチ:
シイナさんはゲストだけど……、イリヤは手伝ってくれよ。
カスミ:
はぁい。しょーがないなぁ。
……でも、
―3名、何の気なく、店外と店内を隔てる、木と鉄の扉を見やる。
カスミ:
あーいう話をした後だと……、
タニマチ:
いや、まあ、何となく……、
カスミ:
開けたらゾンビが溢れてたり?
タニマチ:
とりま、ホームセンターを目指して立て籠るな。
シイナ:
絶対バリケード破られるヤツじゃん。
ま……、大丈夫でしょ。
何かが変わってしまったり、失われてしまったとしても……、
きっと「世界」は、続くんだろうから。
タニマチ:
……、
―扉の外は不思議な程に静まり返っている。
タニマチ:
ま……、開けてみなきゃどーなってるかも判んないスもんね。
カスミ:
終わった状態と終わってない状態が重なり合ってて、開けた瞬間に確定するんデショ。
タニマチ:
シュレディンガーの猫町じゃん。
うい……、勇気出して閉めまーーす。
シイナ:
んー。中、電気点けるねー。
―パーマの店員と茶髪の店員は扉を押し開き、店外へ。ドアベルが幻惑的に響き。
―長身の店員は店の奥のスイッチに触れ、営業照明を蛍光灯に切り替える。
―短く息を吐き。
シイナ:
……ひゅぅ。思った以上に来てくれたな……。
(記憶を検め)……あれ、
…………最後に帰ったお客さん、どんなヒトだっけ……、
(黙考)……、……、
……ま、いいか……。
―何気なくスマートフォンを開いて、通知とニュースに目を通す。
シイナ:……お、
―ふと、何ヶ月も立ち上げていないとあるアプリケーションに関する、一つの情報を知る。
シイナ:
…………へー。
終わるんだ、ボイコネ。
―一旦、暗転。
―【間】
―【エピローグ】
―【N】時間は数十分、遡り。
ドアベルの胡乱な響きを残し、店を後にする一人の男。
路上、春先の生温い風を受け、独白。
奇怪な紳士:
……違う……。
やはり、どうにも、今ひとつ違う……。
うむむ……、
和装の少女:
何が違うというのだ。
奇怪な紳士:(声に気付き)
むうっ!
和装の少女:
動くな。
奇怪な紳士:
うっ!
―静止。少女は大ぶりな刀剣を構え、紳士は懐に手を収めている。
―気迫の拮抗。少女の握る剣からは薄っすらと、青白い霊光が迸る。
奇怪な紳士:
や、やあ君か……、
奇遇だな、こんな所で……、
和装の少女:
生憎と時間も余裕も無い。
巫山戯ていると……、
奇怪な紳士:
いやぁっ、今回は本当に、やましい事など何も無いのだ、
ただ自分の行動の結果を、見届けに来たというだけの……、
和装の少女:(構えを解かず)
楽しく酒は飲めたのか?
黎和の3年、10月22日……、
貴様が遊び半分で創り出した、この街で。
奇怪な紳士:
あ、遊び半分だなんて……、
確かに、酒を飲む年になるよりも前に「不滅」を得てしまった、君のような者の目には……、そう映るのかもしれないが、
和装の少女:
誰の目にも瞭然だ。
「理想の酒場」で酒を飲む為に、繁華街ごと創り出す、だと?
破廉恥な「破界者」は大勢と見てきたが、貴様は取り分け……、
奇怪な紳士:
それの何がいけないというのだっ!
そんな簡単な事ではないんだ、実際に「寄せて」みなければ、どのような何モノが顕れるのかもわからないし……っ、
単に優良な店であれば良いという事でもなく、現にこの店も、その前に入ったあっちの店も、客はそこそこ入っているし、接客も熟れたもんだが……、
私の求める「人生最後の行き付け」というのはもっと、全ての構成要素がピタリとハマった、
和装の少女:(遮り)
口を閉じろ。舌を斬り落とされたくなければ。
奇怪な紳士:
ぬむン……っ。
む、むしろ一つも想定していなかった、そこの「もみじバーガー」なるハンバーガー屋の方が激ウマだったぐらいで……っ、
和装の少女:(遮り)
黙れと言っている! タン塩レベルで輪切りにされたいか。
奇怪な紳士:
そ、そう棘を出さず……。お互い様だが、人間100年も200年も死ねずにいると、抑えが効かなくなっていけない、
和装の少女:(刃を突き付け)
失礼なっ! まだ186年だ、私は!!
奇怪な紳士:
もっ、最早数える事に意味など無かろう……っ。
……頼む、見逃してくれないか……、今日こんな場所で事を構える気は無いんだ、「札」の持ち合わせも少ないし……、
和装の少女:
そうであるならば、気配の遮断をおざなりにせぬことだ。
……ここで会ったが百年目。ただでさえゴタゴタと、厄介事が嵩張っている今……、
あの憎たらしい『世界探偵』を始め、貴様らの如き愉快犯に、これ以上時間を割いている暇は無い。
大人しく縄を受け、我々に協力しろ!
奇怪な紳士:
協力って……、「巻き添え」の間違いだろう、どうして私が自分の「界術」で以て、わざわざ殺し合いの手伝いなどを……、
和装の少女:(剣を握る手を怒らせ)
罪への恩赦と引き換えだと言っているっ!
奇怪な紳士:
ひぃ……っ!
和装の少女:
選り好み出来る立場か、貴様。
この数十年、貴様が野放図に生み出してきた街や店々が、従来の歴史に「割り込んだ」事で……、
辻褄を合わせる為に、どれだけの歪みや綻びが生じたと思っている。
そしてそれを可能にするだけの「逆理」の力を、いつまでも我々が遊ばせておくとでも……、
奇怪な紳士:
そっ、そちらの都合は本当に知らんっ。
それに……、みんなやってる事だ、志賀直哉は『城の崎にて』を執筆する為に、わざわざ城崎の地を創り出したと聞くぞっ。
彼のやっている事と私と、一体なにが……、
和装の少女:
彼はその後の戦いで我々「守悟者」の側に付いてくれたからイイのだ。
奇怪な紳士
そんなご都合主義的な……。
和装の少女
もっとも以降は、また行方を暗ませてしまったが……、
奇怪な紳士:
だ、大体にして……、街や、歴史や世界など……、我々ですら気付かない内に、既にどれだけの「手が入っている」のか見当も付くまい。
和装の少女:
ぬっ……、
奇怪な紳士:
「従来の」と君らは言うが、どこまでが元の正しい世界で、どこからが割り込みの紛い物か、確証を得る術があるのかっ?
和装の少女:
……っ、ぐ……、
奇怪な紳士:
殊にそれが、「逆理」の痕跡すら追えぬ程の太古に、高位の共鳴者によって「寄せられた」ものであったなら……、
本邦に於いて「沼戸」や「塚淵」や「長崎」だけが偽りの土地だと、誰が断言できるというのだっ!
和装の少女:
うっ、う、五月蝿いぞ貴様っ!
だからこそこれ以上っ、取り返しの付かない事態を招かぬ為に、我々はっ!!
奇怪な紳士:
ほい隙有り。
和装の少女:
なっ……っ!!
―瞬間、閃光。
―次いで、間抜けた炸裂音。
―直後、紫がかった濃煙が拡がり、少女の視界と感知を奪う。
和装の少女:
……っ、くっ……っ!
―発光する刃が空を切り、煙を散らすが、
―男は既に場を逃れ、少女、独り。
和装の少女:
くそっ! 私とした事が……っ。
何度目だ、これでっ!!
―地団駄を踏む少女に、店舗家屋の屋根の上より、声。
学生服の少年:
本当だよ、何やってんのさ……。
和装の少女:(声に気付き)
ぬっ……、
ヨクトか、
学生服の少年:(路上へと降り立ち)
僕に決まってるでしょ。人払いの術式を抜けて、ここに来れてるんだから。
……逃げられちゃったんだ、また。
和装の少女:
あの男は……、「逃亡」という一点に於いては、恐るべき才覚を持っている。
…………が、
―口角を戦慄かせ。
和装の少女:
純粋に悔しい。
…………ムカつくっ!!!
学生服の少年:
ま、イイんじゃナイの……。元からついでだったんだし。
和装の少女:
どうだった……、そっちは。
学生服の少年:
どうもこうも……。蛻の殻。
既に連れ去られてたんだろうね、「染田薫」は。
和装の少女:
そうか……。
やはり、「保科浄子」に、
学生服の少年:
そうだろうね、本部の見立て通り。
「古谷輝加」の時と同様……、どうやって僕たちよりも先に、術式も使えない「共鳴者」を見つけ出して接触してるのかは……、皆目わからないけれど。
和装の少女:
しかも「龍伏」や、「裏の六家」の眼を掻い潜りながら、な。
……協力者が居るんだろう。それも相当な大物が。
学生服の少年:
はぁーあ、もう本当にヤんなるね……。それでなくても忙しいのに。
和装の少女:
……全く。他世界の己と意識を共有したり……、無意識に「渡り」を行うレベルの共鳴者を、こうも奪われていては堪らない。
学生服の少年:
「サヤカ」まで取られなくて良かったよね。
和装の少女:
あの案件は殆ど奇跡みたいなものだがな。
関東だけでも新都心の悪童どもに、埼玉の発狂剣豪……、玉総の陣取り合戦。
学生服の少年:
関西や九州だって騒々しさじゃ負けてないよ。最近ウワサの「鳴野流々花」に、「火山教」。
和装の少女:
いつ寝るんだ……、我々は。
学生服の少年:
必要無いんでしょ? あんたたちには、睡眠。
和装の少女:
だからこそ、眠る事は娯楽だ。精神の安定の為に必要なんだ。
……願わくば……、
学生服の少年:
うん?
和装の少女:
ほんの片時でも、この拗れた戦いの連鎖に一段落が付いて……、
アフター・タイムの、リフレッシュ・シエスタと洒落込みたいところだ。
学生服の少年:
……前から思ってたんだけど、
和装の少女:
ん?
学生服の少年:
無理やり横文字、使わない方がイイよ。
和装の少女:
…………。
―些か、バツが悪そうに。
和装の少女:
大目に見てくれ。癖なんだ。
……ムカついたら腹が減った。時にヨクト、
学生服の少年:
ん?
和装の少女:
明日は正午頃にこちらを発って、本部に戻るだけだったな。
学生服の少年:
そう、だね。直行のミッションは無い。
和装の少女:
明日の朝食は……、ハンバーガーで済ます事にしないか。
学生服の少年:
ハンバーガー?? 別に、イイけど……、
和装の少女:
この通りの……、あそこの、「もみじバーガー」とかいう店。
……なんでも、激ウマらしい。
―暗転。
―【間】
―【N】かくして不可思議な現象と対話を残して、物語は一旦の幕切れとなる。
しかし黒い緞帳の裏、モニターは砕け、頁が焼け去り、幾つのアプリケーションが暗い画面を映すだけになったとしても、
その向こうに世界は続く。
全ての、在るべくして在る人が、街が、国が、歴史が、事件が、
絡み、纏わり、糾わり、
『BAR「猫町」』へと、
『ビンゴ青年の非凡なる生活』へと、
『令嬢博士些事些難』へと、
『コドモ共和国』へと、
『緑の丘、銀の風』へと、
『耽溺ちゃんと退廃くん』へと、
『Shrimpy Days』へと、
『ヘヴンズ・レセプション』へと、
『餓獣』へと、
『人の為ならず』へと、
『さくらパーセンテージ』へと、
『流石の、馬鹿』へと、
『コンビニエント・コミュニケーション』へと、
『夜灯哀歌』へと、
『さやかに吹く風』へと、
『夢砂星のキカ』へと、
『アクト・アクター・アクトレス』へと、
『苹果の軸の蜜の苦きこと。』へと、
『特記事項無し〜弁天山高校生徒会執行部〜』へと、
『曝闘者バトルミラボット!!』へと、
『令嬢X快刀乱麻!』へと、
『伽藍堂蝦蟇口の取材事件簿』へと、
『カップ・アンド・ソーサー』へと、
『疾風たつ!』へと、
『オモいカね図書館』へと、
『南雲マサヒト野暮用顛末』へと、
『コダマ還る』へと、
『Turn OverS』へと、
『水底の虫の悲愴』へと、
『黒猫は夜に来る』へと、
『ガイスト・ジャンクション!』へと、
『人生に珈琲が足りない』へと、
『紋行塚くくりの階段でカイダン』へと、
『迷信倶楽部』へと、
『釈葉女学院ミステリィ研究会』へと、
『リング・ワンダリング ―梢の檻―』へと、
その他無数の、いつかどこかで幕を開ける、汎ゆる過去と、現在と、未来の、物語へと、
【続く】。
―【間】
―ハンド・クラップ。
―以下、演者は役の仮面を外し、
―時間の許す限り、アフター・トーク。
処女作『マグノリア・ブロッサムと籠の鳥』を投稿させて頂いた2021年10月22日から、アプリのサービス終了のその日まで、大変楽しく、喜びの多い日々を過ごさせて頂きました。
お世話になった皆様、拙作を声劇にお使い頂いた皆様、何より声劇アプリ「ボイコネ」運営スタッフの皆様に、感謝を込めて。