『蛹と幼獣』
西暦2009年の秋。とある路地裏の雑居ビル、脱法タトゥースタジオ。
彫り師見習いの少女と、口汚い若い客との、短い会話。
登場人物
■義鉢
「義鉢 まりえ」。17歳。
ダウナーJK (フェイク)。刺青師見習い。
出典:BAR「猫町」シリーズ、他
■近江
「久慈 近江」。20歳。
スタジオの客。若い狂犬。ヤクザのパシり。
出典:『餓獣放つべし』、BAR「猫町」シリーズ、他
―平成21年9月某日―
―西暦2009年某日、路地裏、とある雑居ビル。
―脱法タトゥースタジオ内、施術後。
―脱色金髪の若い男と、制服姿の、少女。
義鉢:(口中の飴を噛み砕く音)
近江:
……何をガリガリ歯んでやがんだァ、おい、コラ。
義鉢:
え……。チュッパチャップス。
近江:
ナメてやがんのか、オ? テメぇココのモンだろォが、オイコラ。
義鉢:
見習い、だし。
近江:
客の前で飴玉しゃぶンのも見て覚えたンか、コラ、
義鉢:……ていうかサぁ、
近江:
アぁ?
義鉢:
制服の女子高生に歯ァ剥いて凄んでるのって。
……けっこー、ダサい、よね。
近江:
……。(無言で睨む)
義鉢:
キヒ、ヒ。
近江:
……行ってネぇだろォが。
似非の、ガワだけだろ、テメぇ。
義鉢:
シショーに聞いた? ガッコー辞めた、って。
近江:
クチ軽ぃからな、あのババァ。
針で突いてる最中にペラペラベラベラ、他の客のコトだの、くだらネぇ噂話だの、
義鉢:
シショーの癖だから。
ホントにヤバい事はぁ、言う相手選んでるらしーケド、ね……、本人。
近江:
誰に言ってもヤベぇから……、ヤベぇコトなんだろが、ボケぇ。
とっとと塗りやがれ、薬をヨ。
―男は施術後の、組織液が滲み出る腕を差し出す。
義鉢:
待って……、先に拭かなきゃだし、薬も見つからない、し、
近江:
準備しとけやコラ。ババァが彫ってる最中ナニしてやがったんだ、オイ。
義鉢:
シショーの針の動き……、見てた。
見習い、だもん。
近江:
いる意味ネぇなら死ぬか? ア?
義鉢:
じゃ、自分で塗る……? ワセリン。
近江:
…………。
義鉢:
キ、ヒ、ヒヒヒ……。
近江:
次、そのドロっとした眼で。その、ムカつく笑い方しやがった日にゃ。
ココじゃなかったらマジで殺すからな、ガキ。
義鉢:
変わんないじゃん、歳、あんま……。
会わないし、ね。他じゃ。
近江:
チョロチョロしてやがンだろォが、最近。
義鉢:
夜、たまに……、ね。
(男を指差し)こーいう、
怖そーなヒトたちは……、避けて歩いてる、から。
近江:
指サしてンじゃネぇ、コラ。
……目立ってんぞ、言っとくが。辞めたガッコのセーフク着てよォ。
義鉢:
イイ事多い、し。
みんな、ヨクしてくれるよ。
近江:
途端にサカりやがるからな、セーフク着てりゃ。マネキンでも、豚でもヨ。
義鉢:
シショーでも、かな。
近江:
……、……、
義鉢:
想像、してる……。
近江:
してネぇ。死なすぞ、コラ。
義鉢:
キヒ……。
シショー、歳ワカンナイし、ね。普通に似合いそう。
近江:
四十前のババァがヨ……、
義鉢:
三十五、だよ。怒る、よ。最近気にしてるから……。
近江:
知らん。彫り師だの闇医者だのに歳カンケーあんのかよ。
義鉢:
元々、医者の方で来てたの? ココ。
近江:
……腹刺された時にな。次に背中。
手っ取り早ェのだきゃ評判だからヨ。
義鉢:
刺され、たんだ……。
近江:
無茶苦茶なシゴトばっか振って来やがるからな、今付いてるヤクザは……。
おい薬、ネぇのかよ、コラ。
義鉢:
え、あるよ。
近江:
塗れヤ、じゃァ!
楽しく世間話しに来てンじゃネぇぞ、コッチは!!
義鉢:
お金払ってもイイってヒトも居るんだけどな……、オハナシ。
近江:
言ったろ、セーフク着てりゃガチョウとでもヨロこんで喋りやがるぜ、そーいうボケ共はヨ。
義鉢:
カワい……、制服ガチョウ。
……じゃ……、塗ってく、ねー……。
―清潔な布巾で滲出液を拭き取り、患部にワセリンを薄く塗りこむ。
近江:
……、く、
義鉢:
痛い……?
近江:
ア? 誰に言ってやがンだ、コラ。
義鉢:
久慈くんは痛みに強い子だ、って。
言ってた。シショー。
近江:
……聞いてンじゃネぇぞ、コラ。
こんなモン、痛ぇウチに入れてたらヨぉ、
義鉢:
慣れたりするの……? 痛いの。
近江:
……、アぁ……?
義鉢:
前は、ヤバいトコで怖いヒト相手の、ギャンブルの、格闘技やってた、って……、
近江:
筒抜けかオイっ。逆に何なら黙ってんだ、あのババァ。
義鉢:
怪我、いっぱい、した?
近江:
…………。
訊く前によ、考えてから喋りやがれコラ。
しネぇと思うか? 殺し合いやっててヨ。
義鉢:
いっぱい殴られたら、慣れる?
近江:
…………、あんのか、そーいうテメぇはヨ。
義鉢:
殴られた、こと?
近江:
腹やら顔面やら、脇腹をヨぉ。ゲンコツの時もありゃ、ボルトやら鋲やら埋めたグローブで、ヨ。
義鉢:
ヤバ……、
近江:
痛ぇだのなんだの、考えてる暇ありゃ殴り返すだろ。
血ィ出てようが血ィ吐こうが、立って歩けりゃ次の試合でよ、
義鉢:
我慢する、の?
近江:
……、我慢?
義鉢:
痛くても、次あるから、って我慢して、ソレに慣れる感じ?
近江:
…………。
他にナニがあんだ、オイ。
クスリで痛覚トバしてるよーなヤツは長持ちしネぇしヨ、
義鉢:
わたしは、無い。ちなみに。
近江:
…………。
だろォな。
義鉢:
でも切ってた。自分で。
近江:
……アぁ……?
義鉢:
手、とか。
足……、とか。
近江:
…………、
―吐き捨てるように笑み。
近江:
カっ。
おーー、おォーーーー。
そーいうツラだわなァ、言われりゃ、ヨ。
義鉢:
ツラ。
近江:
ワザと、ヒトに見せる為にヨ。
アタリサワリのネぇトコ、モーシワケ程度に切りやがンだろ、ショボい刃物でヨぉ?
義鉢:
…………。そーだよ。
近江:
カマってほしいンか、オイ。目ぇかけてくんなきゃモット切るって脅しやがンだよなァ?
義鉢:
……、
近江:
メデテぇナぁ。
羨ましーぜ、あるイミよ。
義鉢:
……、
近江:
悪ィ、ウソだ。
死ねや、イッソよ。
義鉢:
…………、
近江:
いっぱいカマって貰えンぜ、葬式でヨ。普通に育って、飼い慣らされてる豚ドモになら、よ。
義鉢:
…………、
そー、だねー……。
―沈黙。古びた時計の秒針の音。
義鉢:
……でも結構、イイもんだよ。
近江:
ア?
義鉢:
切るの。合うヒトには、ね。
近江:
…………、テメぇは?
義鉢:
ちょっと、ハマった。
……そこそこ。
近江:
カッ。上等なシュミじゃネぇか。
花柄のカミソリ買ってやろォか? ピンクの、ヨ。
義鉢:
カワイイのだったら欲しーけど。
……結構、切って。
……慣れて、飽きた。
近江:
……、
義鉢:
どー切ったらどーなるか、とか、
自分けっこー、切るの上手くなったなー、とか、思って。
思ってるのに気付いたら、飽きた。
近江:
……、だから?
義鉢:
飽きて、やめたくなったんだけど、ちょっと、無理で。
オチたらやっぱり、ツマンナって思いながら、切ってて、
近江:
カハハっ、くだらネぇ。
切らされてんじゃネぇか、やっぱヨぉ。
義鉢:
きらされて、る?
近江:
切りたくもネぇのに切ってんだろ。
カミソリは、モノを切ンのが仕事だがヨぉ。
その仕事に使われてンだ、人間ヅラしてるテメぇがよ。
義鉢:
…………、へぇー……、
近江:
刃物使ってるフリして。
刃物に使われてンのよ。
豚じゃネぇか、まんまよ。
―若い獣のように笑みが軋む。
近江:
殺してェとも思わネぇな。
豚は勝手に死ぬから、ヨ。
義鉢:
…………、
―沈黙。ふ、と、少女の溜息。
義鉢:
そんで。……、まー。
そのトキ遊んでたオネーサンになんか、言ったら、
ココ、教えて貰って……、
近江:
どーでもイイぜ、もう。
―少女はカーディガンの袖を捲り、手首を出す。
義鉢:
手首、切った跡のトコ、上手く絵に組み込んでもらって……、
蜂のタトゥー、ほら、
近江:(驚愕し)
ゥおぉッッッ!!??
―神速の動作で飛び退く。
近江:
……っ、……、
義鉢:
…………、え。
近江:
……、……、
―沈黙。静寂。
義鉢:
え……、え。
タトゥー、だよほら、
リアル、だけど。
近江:
…………。
義鉢:
え、ホンモノだと思ったん……?
近江:
……。殺す。
殺す、マジで殺す。
義鉢:
…………。
……っ、ぷ、ふっ、(吹き出す)
近江:
っ、テ、メ……、
義鉢:
キヒ、ヒ、ヒ、ヒヒヒヒヒっ……っ。
カワイーー……。サスガ、動き速ァーーー……。
近江:
マジで……っ、ナメてやがるとバラして海に、
義鉢:(遮り)
久慈クンって呼んでイイ……? わたしも。
近江:(虚を突かれ)
っ、はぁっ??
義鉢:
何か、勘だけど。付き合い長くなりそーだし、サ、
近江:
テメぇ何を、
義鉢:
今度見かけたら声かけるね、久慈クン1人だったら。
近江:
…………。
義鉢:
あと……。
もっと色々覚えて、人に、彫ってもイイって、シショーにOK、もらったら、
近江:
…………、
義鉢:
最初の1人で彫ってアゲルよ。
手首の、トコに……、
―ちくり、と笑み、
義鉢:カワイイ、ブタさん。
近江:
…………。
―客は少女を睨みつけ。
近江:
色は。
義鉢:
ピンク。
近江:
殺す。
…………、
―眉を顰め、辟易を隠さず。
近江:
一生。ナニがあろォと。
テメぇにだきゃスジ1本彫らせネぇ。
……覚えとけよ、コラ。
義鉢:
……キヒ、ヒヒヒ……。
ちぇーっ。
―暗転。
―【終】