88 魔王との再会
「あなたは悩みがあってきましたね」
「どうしてそれを」
イザベラの占い小屋に入ってきた若い女性が驚いた顔をした。
毎度の茶番だ。悩みがなければこんな占い小屋に料金を払って入っては来ない。
「あなたは恋をしていますね」
顔色を伺いながら言う。
「え、ええ。そうです」
若い女の悩みと言えば十中八九、恋愛相談に決まっている。
「今が運命の分岐点です」
相談者は喰いついた。
後は誘導尋問だ。相談者は自分から何でも打ち明けてくれる。適当に相づちを打ち、今は大変だけどきっと良くなるとか、その恋愛は止めたほうがいいとか、聞いた内容に応じて話す。
頃合いを見て高いお守りを売りつけた。
だが、敵もさるもので、呪文がとけたように決まってその瞬間にイザベラのことを疑う。
すかさず、魔法で透視した財布の中のお金の額とか、バックの中身を言い当てる。
すると相手は驚愕して、イザベラが未来のすべてを見通せる超能力者か予言者のように思い、有り金をすべてはたいてインチキのお守りを買ってゆく。
お守りの代金の金貨を革袋に入れていると声をかけられた。
「あのう。いいでしょうか」
イザベラが顔を上げるとそれは中年の男性だった。
(面倒なのが来たわね)
直感的にそう思った。
中年男性の悩みは幅が広く適当に言い当てるのは難しい。人生経験もあり、はったりやごまかしは効かない。
それに色恋沙汰に夢中になっている人間特有のオーラは出ていない。
「なんのご相談でしょうか」
「占い師のあなたに、こんなことを占ってもらうのもどうかと思うんですけど、どうしても気になって」
「何でしょう」
「魔王の復活が本当なのかどうかを占ってほしいんです」
「魔王復活?」
「あれっ? ご存知ないんですか」
「はい」
「巷で大騒ぎになっていますよ」
「すみません。旅の占い師で、そういうことに疎いんです」
「そうでしたか。ともかく70年前に討伐した魔王が復活したということで大騒ぎになっているんですよ。だからその噂が本当なのか。もし、本当なら私達の未来はどうなるかを占ってほしいと思ったのです」
(主様が復活した。そんなことって……)
「あっ、すみません。専門外ですか。こうした占いって普通は恋愛相談ですよね」
「ごめんなさい。私にはそうしたことは占えません」
「ですよね。でも料金は払いますから言って下さい」
「お代はいりません」
「本当にいいんですか。どうも私はあなたを動揺させてしまったようですね。まあ、そうですよね。魔王が復活したなんて聞いたら、誰でも不安になって怖くなりますよね」
男はしたり顔で出て行った。
イザベラは、すぐに店をたたむと、誰も人がいない場所に行った。
「私を今すぐ主様の元へ」
魔法陣のゲートが開く。
その光の中にイザベラは飛び込んだ。
「久しぶりだな、イザベラ。よく馳せ参じてくれた」
70年ぶりに復活した魔王がそこにいた。
(嘘、こんなことって……)
魔王にまた会える、愛してもらえると喜びいさんで魔王の宮殿に行ったイザベラが見たものは、かっての魔王ではなかった。
巨大な水槽の培養液の中にいる異形の魔物だった。
「こ、これは?」
横にいるサキュバスのシルビアに訊いた。
「進化した主様のお姿よ。もうすぐ完全に復活するわ」
シルビアが誇らしげに言った。
前の魔王は仮面とマントと鎧の下に人間に近い肉体を持っていた。仮面の下の顔はその独特の皮膚の色や鋭い眼光に慣れれば、ハンサムだとも言えた。
だが、その魔王はもういなかった。
そこに存在しているのは醜悪な化け物だった。
イザベラは絶句した。
「イザベラには早速、軍の一翼を担って欲しい」
「私が戦うのですか?」
「何を言っておる。お前の力は四天王にも匹敵する」
それを聞いてシルビアが露骨に嫌な顔をした。
「そうだな。イザベラには四天王の一人である獅子王の副官になってもらうかな」
獅子王は魔王軍最高幹部の将軍であり四天王の一人だった。獅子の頭を持ち、人間のように二本足で歩行した。体は人間の倍以上あり、敏捷性、力、全てにおいて最強と言われていた。魔法は使えないが物理攻撃では魔王軍のトップだった。
「主様、お言葉ですが、その女は人間で、しかも実戦経験はありません。この獅子王の副官というはいかがなものでしょうか」
「獅子王よ。これは我の決定だ」
「しかし、その者が戦っているのを見たことがありません。それに何という華奢な普通の人間の体をしていることか。到底魔王軍幹部としては認められません」
獅子王が食い下がった。
「よかろう。なら試してみよ。お前が勝てたらお前の言うとおりにしよう。だが、負けたら我の命に従え」
「笑止。実戦経験ゼロの、しかも人間の小娘の魔道士一人にこの獅子王、遅れを取ることなどありえません。ただ戦えば殺してしまうかもしれません。それでよいのですな」
「はははは。殺せるのなら殺してもよいぞ」
「今のお言葉、しかと聞きましたぞ」
「私がジャッジを務めるわ」
四天王の一人であるシルビアがニヤニヤと笑いながら前に出てきた。
「ルールは?」
思わずイザベラは訊いた。
「そんなものないわ。どちらかが死ぬか戦闘不能になるまでよ」
「御前試合だ」
魔物たちが喜んだような声をあげた。
そうしてイザベラは獅子王と戦うことになった。
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