83 狩り
アレクは目を閉じた。
息を吸って吐く。
閉じたまぶたの裏には【索敵】のイメージが広がる。
(いる。たくさんいるぞ)
点滅している光の点が獲物だ。
目を開くとドルーゴが打ち鍛えた2本の包丁を取り出した。
双刀と言ってもいい刀のような長い包丁の刃が陽光に輝く。
「いくぞ!」
【捕殺】のスキルを発動させた。
それと同時に風のスキルでブーストをかける。
眼の前の森の景色が高速で手繰り寄せるようにして後ろに飛んでいく。
「いた」
鹿、豚、うさぎ、次々と獲物が視界に飛び込んできた。
両手に持つ刃が風のように獲物の急所を薙いでいく。
またたく間にアレクの周囲の獲物たちが倒れる。
アレクは止まると、仕留めた獲物を【食料庫】に回収してゆく。
荷馬車が一杯になるほどの獲物を僅かな時間で得た。
アレクは森の入口付近にいったん移動すると、焚き火を起こした。
まず、イノシシを一頭、解体して肉を串に刺し、火の周りで炙った。
肉が焼けるまでの間、すべての獲物を血抜きや解体をして処理した。
(すごい。なんてスピードだ)
もともと【解体】のスキルで獲物の血抜きや解体は常人ならぬ速度でできた。だが、よく切れる2本の新しい包丁のおかげでその速度は以前の倍以上になった。
肉が焼き上がる頃には、すべての解体が終わっていた。食べられる肉と内蔵、それから毛皮に分けて収納した。残った残骸は燃やして地中に【耕うん】を使い埋めた。
いい感じに焼き上がった焼豚に塩をまぶし、包丁で何切れかスライスして口に放り込んだ。
「うまい」
脂身の甘さと肉汁の旨味が口の中に広がる。外側はパリッと香ばしく焼けていて、中心部はしっとりとしており、食感もよかった。
(これはこのまま売り物になるな。でも、半分は子供たちのために持って帰ろう)
アレクは口のまわりについた肉の脂を手で拭うと、この肉をどこに売ろうかと考えた。
(まずは、最初に行った肉屋に持ってゆくか)
すべてを【食料庫】に収納したので、手ぶらで身軽だった。
アレクはゆっくりと上昇して、もと来た町をめざした。
「あんたのような子供がいったいどうして?」
町の肉屋が目をまんまるにして驚いていた。
「子供ではありません。とっくに成人しています」
アレクは実年齢よりいつも若く見られた。
「しかし、困ったな」
「この肉ではだめなんですか」
さっき森で試食したが、新鮮で脂が乗っており、しっかり血抜きもしているので、問題ないはずだった。
「ちがうんだよ。これだけの量の良質な肉を買い取るだけのお金がないんだ」
「そうですか」
アレクが肉屋に出したのは狩ってきた量の100分の1にも満たないものだった。あまり大量に出しては怪しまれると思い、アレクが実際に抱えて来ることができる程度にしたのだ。それでも、買い取ることができないほどの量だというのだ。
アレクは別に儲けようという気は無いので、実は買取金額は、いくらでもよかった。
アレクは肉屋の商品棚を見た。
この店は肉だけでなく、肉料理に必要なスパイスや塩も置いてあった。
「じゃあ、不足分はあの塩やスパイスと物々交換というのはどうでしょうか」
「それでいいのか?」
「はい」
「塩はまだ在庫がたくさんある。そうしてもらえると助かる」
店主は顔を輝かせて言った。
アレクにしても塩やスパイスは料理に必要なので、入手できる機会があれば、いくらあっても困るということはない。
「じゃあ、ディールだ」
店主は拳を前に突き出した。
どうやら決まり文句を言って拳を合わせるのがこの地方での商慣習のようだった。
「ディール」
アレクはそのおまじないの言葉を唱えて拳を合わせた。
「よし、取引の成立だ」
アレクはおまけで獲物の毛皮もいくつかつけた。
店主はそれを見て大喜びした。
店を出ると大量のスパイスと塩を【食料庫】にしまった。
お金もたくさんもらったので、これで暖かい服を買えるはずだった。
ジルに教えてもらった服屋にその足で行ったが休業のままだった。
(この小さい町では、これ以上は肉を売ることができないし、防寒用の服も買えない)
アレクは空を仰いだ。
まだ陽は高かった。
(よし、ジルに教えてもらったアイバンの町に行ってみよう)
アレクは町の外に出ると、周りに人がいないのを確かめると、街道の南西沿いの街を目指して飛んだ。
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