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81 御使いイェーリーの正体



「それで君は御使いイェーリーについて知りたいというのだね」


「はい」


 アレクは教会の中のファーザーの部屋で、ファーザーと二人きりでいた。サイクロペディアの町で夜に枕元に立ってお告げをしたイェーリーについて詳しい話を聞くためだった。


「君の出身は?」


「帝国の隣国の王国です」


「なら、イェーリーのことを知らないのも頷ける。王国は自然の恵みを与える精霊神よりも、この世の正義を司る女神への信仰が強いからな」


「そのとおりです」


「で、何が聞きたいのだ」


「全部です。そもそもイェーリーとは何者ですか? 神々の一人なのですか」


「イェーリーは神ではなくて人間だ。しかもこの町で生まれた」


「この町で?」


 意外だった。この町に来たのは偶然だった。するとここに来たのもイェーリーの導きだったのだろうかとアレクは思った。


「そうだ。あと2週間後にこの町でイェーリーの生誕祭がある」


「どんなお祭りなんですか?」


「生誕祭の前夜は聖夜とされてイェーリーの生誕を祝い、子供たちにはごちそうが振る舞われ、プレゼントが渡される」


「子供たちにですか?」


「ああ、イェーリーは子供たちの守護の御使いとされているからな」


 アレクには今一つ話が見えてこなかった。


「イェーリーは、ただの田舎町出身の修道女だった。神に仕える身ではあったがどこにでもいる聖職者の一人にすぎなかった。だがある事件があって精霊神の使いと崇められるようになったのだ。それは今から120年ほど前に遡る……」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「皇帝陛下がお通りになる。皆の者、頭が高い」


 帝都の中央通りを皇帝陛下を乗せた馬車が通るところだった。皇帝陛下の馬車の前には何人と言えども立つことはできない。前を横切るものはなんであれ、警護兵に斬り捨てられた。


 沿道に並ぶ人は畏れおののき、膝を道につき頭を垂れて皇帝の馬車の一行が通り過ぎるのを待った。


 そこに5歳の少年と母親がいた。少年は子猫を懐に抱いていた。


 皇帝陛下の馬車がさしかかった時、子猫が少年の腕から抜け出して通りの中央に出た。


 少年は思わず立ち上がり子猫を捕まえようと皇帝陛下の馬車の前を横切った。


 馬車が止まった。


「何があった」


 皇帝が御者に声をかけた。


「子供が飛び出してきました」


「執行しろ」


 皇帝の馬車の前に出て来て、進路を妨害した者は誰であれ、その理由のいかんを問わず死罪と決まっていた。しかも、裁判は不要で、その場で処刑されるのが帝国の法の定めだった。


「陛下、お情けを」


 母親が絶叫して飛び込んで来ようとしたが、衛兵に阻止された。


 少年は子猫を抱きしめたまま道の真ん中で震えていた。


「やだ……助けて」


 泣いていた。


 沿道の民は、少年と母をかわいそうだと思ったが、なすすべはなかった。皇帝陛下の威光と法は絶対だった。


 衛兵が刀を振りかぶった。


「お待ち下さい」


 いつの間にか衛兵の垣根をすり抜けて、白と青の修道女の服に身を包んだ若い女性が少年の前にいた。


「そこをどけ」


「処刑するのなら、私を代わりに処刑して下さい。その代わりこの子の命を助けて下さい」


「ならぬ。お前も同罪としてこの場で処刑するぞ」


「私はどうなっても構いません。だたこの子は見逃してください」


 衛兵は修道女を斬った。


 白い修道服が鮮血で薔薇色に染まった。


 すると、急に空が暗くなり雷鳴が轟いた。


「これは私の愛する子」


 天から恐ろしい声がした。


「うあああああああああああああああ」


 皇帝の叫びが聞こえた。


「陛下どうなされました」


「目が、目が」


「早く馬車を出せ」


 その時、斬殺された修道女の体が白く光り始めた。


 そして大きく輝いたかと思ったら、修道女の体が消えた。


「早く、陛下を」


 皇帝の一行は、馬車を出し宮殿に逃げ帰った。少年はそのまま放置したままだった。


 皇帝は目が見えなくなり、激しい痛みに襲われていた。


 3日後、皇帝の枕元に神の使いという存在が出てきて、改心すれば、目を治すと告げた。


 皇帝は少年を処罰せず、さらに問答無用で皇帝の馬車の往来を妨害したものを処刑する法律を廃止すると約束した。


 すると皇帝の目は元通りになった。


 そして、足元まである青みがかった銀髪に碧眼。そして長いローブのようなものをまとった若い女性が立っていた。


「あなたは誰ですか」


 皇帝が訊いた。


「あの時、陛下の馬車の前で少年の身代わりを申し出て斬られた修道女のイェーリーです」


「あの時の……。でもあなたは死んだはずでは?」


「そうです。私は死にました。そして精霊神の御使いとなりました」


 そう言うとイェーリーは消えた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「これが、精霊神の使いであるイェーリーの話だ。120年前の出来事だが、それ以来、イェーリーは子供たちを守る神の御使いとして民に拝まれるようになったのだよ」


「そうだったんですか」


「イェーリーは子供たちを守るために働いておられる。そして、子供たちに危機がある時は、出てきて助けてくれると信じられている」


 アレクは自分が見たのは、本物のイェーリーなのだろうかと思った。


「そうすると今も出現することがあるのですか」


 ファーザーは頷いた。


「最近で、現れたのはいつですか」


「いや、ここ何十年と人々のもとに現れていない」


「そうですか……」


「だが、もしかすると」


 ファーザーはその後の言葉を濁した。


「何ですか」


「世界が危機に陥った時に、この町での生誕祭が行われる時に、現れて精霊神から預かったお告げをするという伝承がある。だがこれまではその伝承が現実のものとなることなかった。だが、今は魔王が復活して、世界が危機に面している。だから……」


「今年の生誕祭にはイェーリーが現れるかもしれないというのですね」


「そうだ。イェーリーに興味があるのなら、せっかくだから生誕祭までここにいてはどうか」


 ファーザーがアレクに言った。


(イェーリーは北にゆけと僕に言った。この町に来たのも偶然ではないかもしれない。そうするとその生誕祭で何かが起きるかもしれない)


 それに、リサの喜ぶ顔に癒やされたアレクはイェーリーのことだけでなく食べ物に不足している子供たちの面倒をもう少しみたいという気持ちもあった。アレクがいれば子供たちは食べることに不自由することはない。


「分かりました。そうします」


 こうしてアレクはこの町にしばらく滞在することになった。





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