80 孤児院
アレクは教会の横にある建物に連れてゆかれた。
「いま、帰ったよ」
ファーザーがそう言うと奥から子供たちが出てきた。年齢はまちまちだった。幼児から成人くらいの年齢の子までいた。
「これ」
ファーザーは、買ってきたオニオンの包を赤毛のそばかすの女の子に渡した。彼女は成人と言ってもいい年齢に見えた。
「ファーザー、他の食材は?」
「すまない。これだけしか買えなかった。また食料品の値段が倍になっていてね」
「でも、これでは……」
「そこをなんとかうまくやってくれ。ジル」
ジルは厳しい顔をした。そして視線をアレクに移した。
「ところで、そちらの方は?」
「旅の方だ。泊まる宿が無くて困っていたから、うちに来てもらうことにした」
ジルは息を飲んだ。
「ここに泊まるんですか」
「そうだ。困っている旅人を助けるのはイェーリー様の教えじゃ」
「でも、私達はいま食べるものに困っているんですよ。なのにいくらイェーリー様の教えだからと言って見知らぬ人の面倒までみるのですか」
「ジル!」
ファーザーがたしなめるように言った。
ジルは不服そうに下を見た。
「旅の方、名前はなんというかな」
「アレクです」
「そうか。アレクか。ではトニオ、アレクを空いている部屋に案内しなさい」
ファーザーは買い物に一緒についてきていた少年にそう命じた。
「アレク、じゃあ、僕が案内するよ」
アレクはトニオに2階にある小部屋に案内された。
硬そうな寝台と小さいクローゼット、それに机と椅子が一脚あるだけだった。
「ここがアレクの部屋だよ。そう言えば、アレクの荷物は?」
アレクは【食料庫】にすべて収納して手ぶらで旅をしていた。
「大丈夫だ」
「なにもないの?」
「まあ、そうだな、服の下に少しだけ隠し持っている」
「そうか。アレクも何も持っていないんだ」
返答に困り、話題をそらした。
「ところで、僕がここに泊まって迷惑じゃないのか」
「別にそんなこと無いと思うけど」
「だが、あの子はそうは思っていなかったようだ」
「ジルか。ジルは最年長で、ファーザーに代わってここのきりもりをしている。料理も洗濯もみんなジルがしてくれて今じゃあお母さんの代わりみたいになっている。だから、アレクがここに泊まるとジルの仕事が増えるから不機嫌なのじゃないかな」
それだけではない気がしたが、アレクはひとまず「そうか」とだけ相づちを打った。
トニオが部屋を出て行くと、アレクは寝台に体を投げ出した。
ベッドに横になるのは久しぶりだった。
睡魔がやってきそうになった時にドアの方から視線を感じた。
栗色のボブカットの髪をした少女がアレクのことを覗いていた。
青い大きな目がアレクの目と合った。
「やあ」
女の子が近づいて来た。
「お兄ちゃん、ここにしばらくいるの?」
「一泊したら出てゆくつもりだ」
「ふ〜ん。どこから来たの?」
「アメリア共和国だ」
「アメリア共和国!?」
女の子が目を輝かせた。
「行ったことがあるのか?」
「うんうん。でも美味しいお菓子がたくさんあるところなんでしょ」
アレクは笑ってしまった。
だが、確かに豊かなアメリア共和国はお菓子も豊富だった。
「君の名前は?」
「リサよ」
「いくつだい?」
「6歳」
「手品を見せてあげようか」
「どんな手品?」
「この手を見てごらん」
アレクは両手を広げた。
「何もないだろう」
「うん」
アレクはおまじないを唱えて右手を握りしめてリサの注意を右に引き付けた。そしてそっと左手を【食料庫】に入れて、子供食堂の子供たちが大好きだったキャンディの残りを探した。
(あった)
「ハラポリピロロリン」
左手からキャンディを出した。
「まあ」
「どう、すごいだろう」
「それ本物?」
「ああ、本物のアメリア共和国のお菓子だよ」
キャンディをリサの手に置いた。
リサが驚いたようにアレクを見上げた。
「君のだ」
「えっ! いいの?」
「もちろんだ」
リサは包み紙を剥がすと、キャンディを口に入れた。
「甘くて美味しい」
「よかった」
「ねぇ、まだある」
「もっと欲しいのかい?」
「うんうん。みんなにも食べさせてあげたいの」
「いいよ」
アレクはさっきの大きな部屋に行くと、他の子供たちにもキャンディを振る舞った。
ジルの姿が見えなかった。
「ジルは?」
「ファーザーとキッチンにいる。キッチンは奥だよ」
トニオが教えてくれた。
アクレはキッチンに向かった。
「だから、あの人の分の食事を出す余裕はありません」
声はキッチンの外にまで響いていた。
「でも、ジル、そういうわけには……。よし、じゃあ、わしの分をアレクにまわしてくれ」
「ファーザーは先週からそう言って自分の分を子供たちにまわしているじゃないですか。もうあの人にまわす分はありません」
「だが、そこをなんとかならないのか」
「物の値段が高くなっただけじゃありません。寄付も献金もこのところ全然集まってきません。それにライ姉の仕送りも……」
「そうだったのか」
「このままでは、旅人をもてなすどころか、子供たちに食べさせることすら出来ません」
ジルは赤い目をしてそう言った。
アレクが体重を移動すると床がギギィと鳴った。
ジルがドアの横にいるアレクを見つけた。
「聞いていたのね」
「すみません。立ち聞きするつもりじゃなかったんです」
「いいわ。それよりも、あなたにもここの状況が分かったでしょ。今晩だけ素泊まりしたら、明日はここから出て行って。それから食事は出せないから」
「ジル、すべてを分かち合い、助け合うのがイェーリー様の教えだ」
「でも、そのイェーリー様は私達に何をしてくれてますか。魔物が暴れまわって、そのせいで食べる物がなくて困っているというのに何もしてくれないじゃないですか!」
「ジル! なんてことを! 精霊を冒涜するなんて」
ジルはファーザーに叱られて泣き出した。
「そのう……、泊めていただくお礼に食事を作らせていただけないでしょうか」
「なぜ君が料理を?」
「実は僕は料理人です。料理人のスキル持ちで、料理人ギルドにも属しています」
「その若さで料理人ギルドの会員だと」
「いくらあなたが優秀な料理人だとしても、食材がないの。この数個の玉ねぎで、育ち盛りの子供たち7人とファーザーとあなたの分の料理をどう作るつもり?」
ジルが冷めた口調で言った。
「食材ならあります」
アレクは【食料庫】から次々と新鮮な野菜や肉や穀物を取り出した。
ジルは口に手を当てて驚いていた。
「食料の収納ができるスキルもあるんです」
「信じられない。そういう収納のスキルや魔法があることは聞いたことがあるが、実際にそれを使える人間を見たのは初めてじゃ」
アレクはかまどに火を入れると、手早くパンを焼き、シチューを作る準備を始めた。
それから2時間後、孤児院の食卓には皿に山盛りの焼きたてのパンと、ビーフシチュー、そしてイチゴのデザートが並んでいた。食べきれないほどの量だった。
アレクはプラトーとミントから、大量の野菜やイチゴなどの食材をもらっていた。ミントはこんなことしかできないがお礼だと言ってアレクに受け取らせたのだ。だから食材はいくらでもあった。
「「おかわり!」」
「わたしも」
「ボクも」
子供たちは久しぶりのごちそうに頬がゆるみぱなしで、もぐもぐと口を動かしていた。
「それにしても君は……。どうしてこんなことができる」
ファーザーが不思議そうにスプーンでシチューに入っていた大きな肉片を持ち上げながら訊いた。
「話せば長くなりますが、精霊神の使いのイェーリーの導きです」
「そうだったのか」
ファーザーはスプーンを置くと祈り始めた。
「アレク 食後にまた手品をやって!」
リサが目を輝かせて言った。
キャンディはまだたくさんあった。
「いいよ」
「やった! アレク、大好き」
リサはシチューをひげのように口につけた顔を輝かせた。
(この子たちのためにもう少しここに滞在して、その間にファーザーにイェーリーのことを教えてもらうのもいいかもしれないな)
アレクは子供たちの喜ぶ顔を見ながらそう考えた。
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