7 秘匿と疑惑
アレクはジャンを背負い町へ戻る街道を歩いていた。
背中のジャンは健やかな寝息を立てていた。どこも怪我は無いようだった。
さっきは風の噴射で加速した追跡スキルで疾走したので大した距離ではないと思っていたが、歩くと結構な道のりだった。
アレクは歩きながら、『究極の料理人』のスキルが発動してからのこれまでのことを思い起こしていた。
最初は餓死寸前の状態から救われたことへの安堵と新しい力を覚えた喜びしかなかった。
毎日が楽しかった。
アレクは、武門の棟梁たる公爵家の跡取り息子として育てられた。自由な時間は無く、朝起きてから寝るまで剣術の鍛錬や、宮廷作法、果ては将来の領主として法律の勉強までさせられていた。
それが今は寝たい時に寝て、食べたい時にできたての熱々のご飯を好きなだけ食べることができ、何の責務も使命も押し付けられずに自由に野山を駆け巡ることができた。
あらゆる縛りから解放されたのだ。
そんな自由気ままな生活に陰を落としたのが70年ぶりに出現した魔物だった。
だが、今の問題は魔物の出現ではない。
自分自身の力だった。
強大な力を持つ魔物をいともたやすく殺戮できる力が自分にあることがアレクには怖ろしかった。下手をすると一国の命運を左右しかねないほどの力だ。それがどれだけ危険なことなのかアレクは理解していた。
(どうしたものかな)
国に戻り、父のもとに帰り、これまでのことを全て報告した上で、目の前で詠唱もMPも必要なく無限に放出できる火炎放射を見せたり、猛獣をナイフ一本で狩って見せれば、勘当を撤回してもらえるかもしれない。
しかし、そんな力を有する若者が、これからどのような目で王侯貴族や他国に見られるのかはたやすく想像がついた。
(自分の自由はなくなり、都合よく利用され、逆に利用価値が無くなるか、敵対すると思われたら、すぐに抹殺されるはずだ)
アレクは一度手にした自由を、自分自身の人生を失いたくはなかった。
(スキルが持つ力は秘密にしておこう)
それがアレクが出した結論だった。
そんな結論が出た時には、町の入口にまで来ていた。
「おい、あれを見ろ」
「ジャンだ。ジャンだぞ」
「これで全員の無事が確認されたぞ」
町の入口付近にいた町の人たちがアレクを指さして叫んだ。
治安部隊の隊員が駆け寄ってきた。
アレクは背負っていたジャンを隊員に引き渡した。
そのまま、目立たぬように立ち去ろうとした。
「待ちなさい」
凛とした女の声に呼び止められた。
「なんでしょう」
「あなたが彼を救出したの?」
見ると銀色の長い髪に青い目をした美しい女性だった。しかし、鎧を身に着けていて、腰には剣が吊るされていた。
「あなたは誰ですか?」
「特務調査隊の隊長のライザよ」
「特務調査隊?」
「魔物に対抗するための帝国の特務機関よ。最近、暗黒の森の様子がおかしいということで調査のためにこの町で宿を取っていたところ、今回の事件に遭遇したの。話を少し訊きたいから一緒に来て」
「話を訊く? それは任意ですか、それとも強制ですか」
「任意だったらどうするの」
「お断りします」
「そう。ならこの場で逮捕するわ」
「何の嫌疑ですか」
「魔物が化けているか、魔物の協力者であるかもしれないという容疑よ」
「そんな馬鹿な」
「いえ。合理的理由はあるわ。子供をさらった魔物は人間の足では追いつくことができないシービングキャットだった。そして、あなたは武装していないし、見たところ一般人でしかない。にもかかわらず、魔物にさらわれた子供を連れ戻して来たということは、魔物の手先か、魔物そのものが人間に変装して潜入しようとしている可能性があるわ」
「本気ですか?」
「私は本気よ」
ライザは剣の柄に手をかけた。
(げっ、このひと、本当に僕のこと疑っている。下手に逃げようとしたら、この場で斬るつもりだ)
「分かりました」
「賢明な選択ね」
アレクは治安部隊の詰め所に連れて行かれた。
取り調べをする窓の無い個室に押し込まれると、すぐに尋問が始まった。
「魔物を倒したのはあなたなの」
「違います」
「ジャンをさらった魔物を殺ったのあなたでしょ」
「違います。ジャンをさらった魔物の後を追いかけましたが、私が着いたときには魔物の姿はなく、ジャンと黒焦げの子牛くらい大きさの獣の死体があり、まだ息をしていたジャンを連れ帰ったのです」
「どうして、ジャンを助けたの?」
「美味しいご飯をもらったからです」
「本当にそれだけなの?」
「そうです」
「どうして魔物たちがジャンを連れて行った場所が分かったの?」
「要所、要所で魔物がやられていて、その後を辿っただけです」
「それをやったのはあなたでしょう」
「違います」
「じゃあ誰がやったの」
「知りません」
これが朝まで何度も続いた。
だが、アレクは同じ答えを繰り返した。
翌朝、ライザが根負けしたように言った。
「本当に何もしていないし、知らないの?」
「はい」
「もう、いいわ」
アレクは立ち上がり取調室の外に出ようとした。
「待って」
アレクは固まった。
「あなたのスキルの『究極の料理人』の『究極』ってどういうことなの」
「自分でもよく分かりません」
「そんなはずないでしょう。ただの料理人じゃないんだから、何か特殊能力があるはずよ」
「他の料理人にない力と言えば少しばかり食材の鑑定ができます。食材の良し悪しや調理方法などを鑑定士のスキル持ちみたいに分かります」
ライザの顔に露骨に失望の表情が浮かんだ。
「それだけ?」
「はい」
治安部隊の詰め所から出ると、真っ直ぐ宿に戻った。
部屋に入ると寝台に体を投げ出した。
(さすがに疲れた)
取り調べは尋問だけでなく、アレクが助けた子供やその母親が取調室に来て、アレクが助けてくれた人なのかどうかの確認もあった。
だが、みんな、突然の魔物の来襲に動揺していたので、よく覚えておらず、アレクがそうだと言われれば、助けてくれた人かもしれないが、違うというのなら、違うかもしれないという曖昧な供述だった。そのおかげもあって釈放されたのだ。
疲れ果てたアレクは服を着たまま死んだように眠った。
それからどれくらいの時間が経ったのかアレクは分からなかった。もしかしたらまる一日寝ていたのかもしれない。
アレクが目を覚ましたのはドアが何度もノックされる音のせいだった。
(しつこいな。また特務調査隊か?)
アレクはドアについているのぞき穴から来訪者を見た。
(あれ、違うようだ)
ドアの向こうにいるのは軍服姿の隊員ではなく、普通の市民だった。
アレクは細めにドアを開いた。
「アレクさんですか」
「はい」
「私は使いの者です。ジャンさんの父親がアレクさんにお礼をしたいと言われています。そこで、ぜひ、お屋敷に来ていただきたいので、そのご都合をうかがうようにと言われてきました」
また身柄を連行されるのでないと分かりアレクは安堵した。
「別にいつでも構いませんよ」
「では、これからでも大丈夫ですか」
別にお礼はどうでもいいが、ジャンが怪我などなく無事なのかは確認したかった。
(それにしても、屋台で飯を売っていたから貧乏な家の子で、家の家計を助けるために働いているのかと思ったけど、こんな使いを寄こすなんて、金持ちの子だったのかなぁ)
アレクは使いの者の後をついてジャンの家へと向かった。
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