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72 崩落事故


 モーリィは遭遇した調査隊から逃げるために奥に向けて坑内を掘り進んでいた。


(油断して姿を見られたのは失敗だった)


 だが、自在に地中を掘り進むことができるモーリィにとっては大した問題ではなかった。いざとなれば、なんとでもなった。


 人目を恐れるならば、誰もいない山の中に穴を掘って隠れていればいい。それをしないで、人が作業をしている坑道(こうどう)に住み着いているのは寂しかったからだ。


 モーリィは元々炭鉱夫だった。だからこうして作業中の坑道にいると、人間であった頃に戻ったようななつかしさと安心感を得ることができるのだった。


 モーリィは人に見つからないように坑道と平行して穴を掘り進めた。


(おかしい)


 土が妙に柔らかい。湿気が通常より多い。


(水か? まさか近くに地下水脈があり、その水がしみ出て来ているのか)


 額に水滴が落ちてきた。


(危ない。これは大災害の予兆だ)


 坑道内に水が出ると崩落(ほうらく)事故の原因になる。鉱夫だった時に地下水脈が原因での坑道の崩落事故を経験していた。


(作業員たちは分かっているのだろうか)


 モーリィを追ってきたあの様子からすると、災害の予兆にまだ気が付いていないと考えたほうがいい。


(どうする)


 坑道での採掘は一番深い場所に作業が集中する。鉱夫たちもそこに集まる。もし、崩落事故が起きれば作業員が地中に閉じ込められ、その大半が命を失うだろう。


 作業員たちにも家族がいるはずだ。


 モーリィは炭鉱夫であった時の崩落事故を思い出した。


 生き埋めになった家族が坑道の入口で泣きながら帰りを待つ姿が痛々しかった。


 あの時、ローザは坑道の事故を聞きつけて鉱山に走ってきた。


 そして、坑道の入口でたたずんでいるモーリィを見つけると抱きついて、「よかった。あなたが無事で」と大泣きした。


 事故が起きて犠牲者が出れば、誰かがあの時のように悲しむ。


 モーリィは意を決した。


 作業員が作業をしている方向に向けて掘り進んだ。


(彼らに危険を伝えなければ)



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 カン カン カン


 警鐘(けいしょう)の音が鳴り響いた。


 近所で火事でも起きたのかと、アレクが厨房から顔を出すと、食事中の作業員が全員、血相を変えて立ち上がった。


「どうしたんですか」


「坑道内で事故が起きた。しかも、緊急重大な事故という知らせだ」


 食堂にいた鉱夫たちの後をついてアレクも外に出た。


 みんな通りに出てきて坑口の方に集まって行く。


「何があった?」


「崩落事故らしい」


 集まった群衆から悲鳴やどよめきが起きる。


「ジョンは? 私の息子はどこ」


 女が説明をした男にすがりつくようにして叫んだ。


「まだ状況が分からないんだ」


「おい、出てきたぞ!」


 一人が坑口を指差した。


 泥だらけになった作業員たちが次々と出てくる。何人かは怪我をしているようで、肩をかかえられるようにして歩いていた。


「何があった?」


「崩落事故だ」


「全員無事か?」


「まだ中に何人かいる」


「スミスは? 現場監督はどうした」


「まだ中にいる。全員を避難させると最後尾にまわったからだ」


「何が原因だ。地下水か?」


「いや、魔物だ」


「「魔物だって?!」」


「ここにいる皆が見た」


「作業をしていたら、突然坑道の壁が崩れて魔物が出てきた。そして『全員、今すぐここから出てゆけ』と恐ろしい声で叫んだ」


「そのあと天井から水が滴り落ちてきて、崩落が始まった。あの魔物がやったんだ」


「チクショウ。魔物の奴。何の恨みがある」


「仕方ない。それが魔物だ」


「魔物が崩落現場にいるというのか?」


「そうだ」


 次の鉱夫の一団が坑口から出てきた。


 見守っている群衆から「生還者だ」と歓声が上がった。


「これで全員か? スミスは?」


 出てきた鉱夫は首を横に振った。


「落ちてきた坑木(こうぼく)に足を挟まれた仲間がいる。スミスはそれを助けようとして残った」


「じゃあ、スミスはまだ」


「ああ、坑内だ」


 その時、坑口から大きな何かが崩れるような音がした。


「まずい、大規模崩落だ。坑道が塞がれてしまう」


「父さん、父さんは?」


 小さいミズキが駆けてきた。


 鉱夫たちはみんな下を向いて黙った。


「父さん、父さん、どこにいるの?」


 坑道から出てきたばかりの真っ黒な顔をした鉱夫たちを確かめるように見て回る。


「ミズキちゃん」


 辛そうに鉱夫の一人が声をかけた。


「父さんは?」


「まだ、あの中だ……」


「そんな……。嘘……」


 ミズキは坑口に向けて駆けていった。


「だめだ。危ない」


 鉱夫の一人が抱き止めた。


「いや。離して」


 ミズキがもがく。


「ミズキちゃんが行っても、スミスは救えない。危険だからここで待つんだ」


「救助隊は? すぐに助けに行くんでしょ。父を助けてくれるんでしょ」


 男たちは顔を見合わせた。


「何をしているの。どうしてそこに立ったままなの」


「それが……ミズキちゃん、あの中には魔物がいるんだ。崩落も魔物の仕業らしいんだ。俺達では魔物には対抗できない」


「そんな。父を見殺しにするの!」


「しかたないんだよ」


 ミズキは泣き叫んだ。


「誰か、誰か、父さんを助けて。お願い」


 坑口前の広場は静まり返った。


 ミズキのすすり泣く声だけが響いた。


 アレクはミズキの横に行った。


 肩に手を置いた。


「アレクお兄ちゃん……」


「僕がお父さんを助ける」


「無理よ。だってアレクお兄ちゃんは料理人でしょ」


「ああ、料理人だ。だから夕食の支度には間に合う頃までに、お父さんを連れて帰る」


 アレクは坑口に向けて歩き始めた。


「待て、何をする気だ」


「助けに行く」


「何馬鹿を言っている。坑道は崩落してふさがっているんだぞ。その上、奥には魔物が待ち構えている」


 アレクは黙って歩を進めた。


「あいつは誰だ」


「炭坑食堂の新しいコックだ」


「コックだと? コックに何ができる」


「頭がおかしいのか」


 アレクは構わず進んだ。


「アレク!」


 抱き止められた。


 スミレだった。


「何をしているの! 無茶しないで」


「大丈夫。自分が何をしているのかは分かっている」


「あなたは知らないかもしれないけど、坑道内は本当に危険なのよ。素人が入れる場所じゃない。それに魔物が出たっていうんでしょ」


「心配しなくてもいい」


 坑口の前で2人の警備員に止められた。


「これ以上進むことは許されない。戻りなさい!」


 警杖(けいじょう)を突き付けられて阻まれた。


 アレクは【耕うん】のスキルを使った。


「うあああああああ」


 2人の警備員の足元がぬかるみになり、膝の下まで埋まった。


 警杖は風で飛ばした。


「うそ!」


 スミレが目を丸くして固まった。


「スキル持ちか?!」


「手荒なことをしてすみません。でも今は一刻を争いますので」


「あいつは料理人じゃないのか?」


「まさか……」


「どうした?」


「料理人のスキル持ちが、穀倉地帯で魔王と人さらいのシンジゲートを壊滅させたという噂を聞いたことがある。デマだと思っていたが、ひよっとするとあいつかもしれない」


 アレクは振り返ってミズキを見た。


 顔を蒼白にして震えていた。


 とりあえずミズキを安心させたかった。


「そうです。僕です」


 集まった群衆からどよめきが起きた。


「嘘だろ、料理人が魔王を倒せるわけがない」


「偽物の魔王ですよ。狐の魔物が化けていたんです。それに僕は究極の料理人で魔物も料理することができます」


 どどオオオん


 入口近くまで坑道の天井が連鎖するように崩落した。


「「「「あああああああ」」」」


「ここまで崩落するなんて、もうおしまいだ」


「これじゃあ、坑道の奥までたどり着けない」


瓦礫(がれき)をどかして、掘り進み、坑木(こうぼく)で坑道を支える工事をして、現場までたどりつくには数ヶ月はかかるぞ」


 アレクは坑口に着いた。


 入口まで土砂に埋まりかけていた。


「耕うん」

 

 両手をかざすと土が引いて行き、トンネルが現れた。


 群衆はアレクの声と共に起きた地震のような揺れに悲鳴をあげた。


 次にアレクは水が出て湿っている土の壁に向けて急速冷凍の冷気を放った。


 凍土の堅い壁のトンネルが出現した。


 アレクは足を地中に固めた警備員2人を解放した。


「では、助けに行ってきます」


 群衆は静まり返っていた。


 そして次の瞬間、爆発的な歓声をあげた。


「すごいじゃないか」


「頼んだぞ!」


「スミスたちを助けてくれ」


「お前だけが頼りだ」


「無事に帰って来たらまたスタ丼を食べにいくからな!」


 大勢の声援に送られてアレクは坑道に足を踏み入れた。






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