71 モーリィの過去
モーリィは目を開けた。
「ここはどこだ?」
見たこともない無機質な天井が広がっていた。
「あら目が覚めたようね」
頭に角が生えている妖艶な女が寝ているモーリィを覗き込むようにして言った。
「どうしてここに」
確かローザと草原で弁当を一緒に食べていたはずだ。
(そうだローザはどうなった)
「ローザは?」
「誰のこと?」
「一緒にいた女性だ。婚約者だ」
「そう、彼女は婚約者だったの。ちょうどいいわね」
「ローザは無事なのか」
「安心してすぐに会えるわ。それに、あなたちはたっぷりとこれから愛し合えるわよ」
女の最後の言葉が気になったが、とりあえずローザが無事と聞いて安心した。
「さあ、いらっしゃい。みんながあなたを待っているわ」
女が手を引くようにした。
モーリィは寝台から降りようとして、叫び声をあげた。
「これはなんだ!」
自分の身体が別のものになっていた。
太腿は人の胴体ぐらいの太さだった。そして青い異様な皮に覆われていた。手にはスコップのようなヒレがついている。指先には尖った刃物のような爪が生えていた。
「ば、ばけもの」
自分は魔物になってしまっていた。
「何をしているの、早く来て」
こともなげに女は言うと先に部屋を出た。
(夢だ。そうだ、きっとこれは夢なんだ)
草原にピクニックに行き、ローザの手製の弁当を食べた後、ローザの膝枕で昼寝をしている間に見ている夢なんだ。
モーリィは自分にそう言い聞かせて、女の後を追った。
角の生えた女はコウモリのような羽根をはやしていた。そして先がスペードのような形の尾が尻からはえていた。
その姿は伝承で聞くサキュバスと同じだった。
(夢だ。これは夢だ)
女が大きな両開きの扉を開けた。
「こっちよ」
中に入ると中央には、円形の大きなベッドがあった。上には白いシーツのような布がかかっていた。
「主様、連れてまいりました」
正面にいる禍々しいオーラを放つ仮面をつけた巨人のような男が頷いた。
「これは……?」
サキュバスが白い布を引いた。
中から出てきたのは昆虫の女の化け物だった。
ひと目で何の魔物かは分かった。
女王蜂だ。
女の頭には触覚が伸びていて、背中には羽根がついていた。
手は左右に2本ずつあり、黒とオレンジがかった黄色のストライプが目に鮮やかだった。
化け物が伏せていた顔を上げた。
(ま、まさか)
頭から触覚が伸びていたが人間の顔をもっていた。
「ロ、ローザ、ローザなのか?」
女王蜂はルビーのように光る赤い目を瞬きさせて、キョトンとした顔をした。
「うああああああああああああああああ」
「どう、素晴らしい出来でしょ?」
「嘘だ。嘘だろう。これは現実なんかじゃない」
「いいえ、現実よ。あなた達は栄えある第1号として主様に選ばれて新たな身体をいただいたのよ」
ここまで来たらモーリィは前にいるのが、今、人類が大戦をしている魔王であり、自分を連れてきたサキュバスは本物だということがいやおうなく分かった。
モーリィに絶望が襲った。
「殺されるのか。お前たちの食い物になるのか」
魔物が人間を拐う目的は一つであった。それは喰らうことだ。
「何を馬鹿なことを言っているの。自分の身体を見なさい」
「何をさせようとしている。魔王軍の兵士になって人類と戦えというのか」
「違うわ」
「では……?」
「さっきも言ったでしょ」
モーリィは混乱した。
「セックスしなさい」
「えっ……?!」
「だから、セックスよ。そのために人間の心を残してあげたんだから」
全くもって意味不明だった。
「ああ、馬鹿には一から説明をしないと分からないのね」
サキュバスがめんどくさそうに言った。
「魔物は人間のように生殖をして繁殖しないの。そんなのは野蛮で原始的で非効率なことだったのよ」
「じゃあ、どうやって魔物は生まれるんだ?」
「主様の御力よ。でも、人間との大戦で大量に兵士が必要になったので、私が魔物間で生殖をして繁殖することを進言したのよ」
「そうだ。シルビアの進言を採用し、お前に人間の恋愛感情や性欲を残したまま魔物化した。お前たちでの実験が成功したら、生殖をする魔物を増やしてゆくつもりだ」
「分かったら、さっさとセックスしなさい」
「あなたたちの目の前でするんですか?」
「決まっているでしょ。大事な最初の実験なんだから」
ローザを見た。
ベッドの上で6本の手足を開きながら、よだれのような透明な液体を口から垂らし、微笑んでいる。
「キテ、ハヤクキテ」
「断ったらどうなる?」
「そうしたら彼女を別の実験体とセックスさせるだけよ」
モーリィは驚いてシルビアを見た。
「ローザの相手は僕だけじゃないのか」
「お前との種付けが成功したら、次は別のタイプの魔物とやらせて、どの魔物同士をかけ合わせたらどういう魔物が生まれてくるかを実験するに決まっているでしょ」
「だから女王蜂なのか……」
「理解が早いわね。じゃあ交尾を始めなさい」
「僕らを選んだのは誰だ」
「私よ。実験体を探すために草原を飛行中に見つけたの」
「そうか」
モーリィの心は決まった。
「やっとやる気になったのね」
モーリィはベッドに歩み寄った。
女王蜂の魔物になってもローザの金髪は変わらず綺麗だった。赤い目があどけなくモーリィを見つめる。
モーリィが近づくと、4本の腕を前に出して迎えてくれた。
「ローザ。愛しているよ」
モーリィはローザを抱きしめた。
「すぐに楽にしてあげるから」
モーリィは自分の指の先の鋭い刃物のような爪を見た。
「ローザ。天国で結ばれようね」
モーリィはローザの首を爪で切った。
ローザの目が大きく広がった。
胸に爪を突き立てた。赤い体液が流れ出てきた。
「なにをする!」
「あなたの言いなりにはなりません。ここで僕らは死にます」
シルビアが舌打ちをした。
その時、警報音が鳴り響いた。
「どうした」
「勇者パーティと人間の軍勢が魔宮殿に攻め込んできました」
主様と呼ばれていた魔王が消えた。
シルビアも行こうとした。
「待て、貴様は許さん」
モーリィは跳躍した。人間でいた時からは信じられないような距離を飛んだ。すぐ前にシルビアがいた。
モーリィは右手を一閃させて手の爪でシルビアの頸動脈を狙った。
ガシン!
レイピアのような細身の剣で爪が阻まれた。
シルビアはモーリィの腹を刺した。
「人間ごときが」
吐き捨てるようにシルビアが言った。
「シルビア様、早くおこしください」
どこからか声がした。
「後でゆっくりなぶり殺してやる」
そう言い残すとシルビアも消えた。
腹から血を流しながら、モーリィはローザのところに戻った。
ローザはもう死んでいた。
ローザの亡骸を抱きしめながらモーリィは意識を失った。
次に目を覚ました時に、どれくらいの時間が経っているのか分からなかった。
部屋には誰もいなかった。
モーリィはローザの亡骸をかかえて部屋を出た。そのままにしておいて、復活させられてローザの身体を魔物の繁殖に使われるのだけは避けたかったからだ。
建物には誰もいなかった。
外に出た。
魔物と人間の戦いで荒廃していた。
モーリィが住んでいたのは大陸の果の辺境の村で、魔物と人間の戦争の影響は少なかった。だが、ここはまさに魔物と人間との戦争の前線に近い場所のようだった。
廃墟の中を歩いた。
不思議なことに傷はすぐに自然に治っていた。
それからモーリィは人間と魔物の両方を避け、ローザの亡骸をかかえて旅をした。
そして静かな海岸線の丘に着くと、深い穴を掘り、そこにローザの亡骸を葬った。
その後、断崖絶壁の崖に行き、飛び降りた。
岩に叩きつけられ、海に落ちた。
確実に死ぬはずだった。
だが、頑丈な魔物の身体は壊れなかった。
自分の爪を突き立てて死のうとした。
しかし、本能がそれを回避して自分の喉や腹に爪を突き立てることができなかった。
いろいろ試したが自己防衛本能と自然治癒の能力が突出している自分の魔物の身体を破壊することができなかった。
もともと鉱夫であったモーリィはいつしか人目を避けて廃坑の奥に住み着くようになった。
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