70 重なる運命の糸
「アレク、アレク」
呼び声がした。
アレクは目を開いた。宿の天井が見えた。
(夢か……?)
「アレク」
声が聞こえた。
アレクは飛び起きた。誰かが部屋にいる。自分を狙ってきた者かと思った。
だが気配がしない。
【索敵】を開いた。
(いない。おかしい)
近くに潜んでいれば【索敵】に引っかからないわけがない。それは人間でも魔物でも動物でも一緒だった。
「アレク」
頭の中に直接響くように声がした。
「誰だ! どこにいる」
「恐れる必要はありません。私はあなたに危害を加わえる者ではありません」
するとアレクの前に突然、少女が現れた。
足元まである青みがかった銀髪に碧眼。そして長いローブのようなものをまとっていた。金色のリボンのようなものを肩にかけている。
「誰ですか?」
「私は、イェーリー。精霊神の使いです」
そう言われても戸惑うだけだった。
「北に行きなさい。これがあなたに伝えるメッセージです」
「いきなり、そんなことを言われても」
「あなたのスキルは偶然でも、なんでもありません。その意味を知るために北に行くのです」
「北というのは」
「おわかりのはずです」
最北の国であるノースバニアには精霊神の信仰が盛んだ。そして精霊神が降り立つという伝説の場所があるという。
「ノースバニアか」
銀髪の少女が頷いた。
「話があるなら今、聞かせてくれ」
少女は首を振った。
「私にはその役目を与えられていませんし、今はまだその時ではありません」
「僕のスキルが偶然ではないというのはどういうことだ。知っているなら教えてほしい」
少女は何も答えなかった。
「北へ行きなさい。アレク」
そう言い残すとこつ然と消えてしまった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
麦が詰まった麻袋を荷馬車から投げ下ろしたような音が耳元でした。
ソフィアが目を開くと横にメイベルがいた。
メイベルの下に赤黒い水たまりが広がってゆく。
ソフィアは起き上がると両手をかざし治癒魔法をかけた。血の水たまりの広がりは止まった。
何度も治癒魔法をかけた。
だがメイベルは動かない。
(お願い。死なないで)
治癒魔法の発動が止まった。MP切れだった。
ソフィアはメイベルを抱き起こした。出血は止まり、息はしている。だが昏睡状態だった。
「お嬢ちゃんどうしたんだい」
「お願い。この人を助けて」
そう言うとソフィアも意識が遠くなって来た。
ソフィアは倒れた。
次に目を覚ました時はベッドの上だった。
(メイベルは?)
身を起こすと横のベッドにメイベルが寝ていた。
「気が付いたんですね」
看護師らしい女性が部屋に入ってきた。
「私達は?」
「道端で倒れているところを、通行人が助けて、この診療所まで運んでくださったんですよ」
「メイベルは?」
「命に別状はありません。でもしばらく安静にしている必要があります」
それを聞いてソフィアは安堵した。
(命は助かったのね)
「それでここはどこなの?」
「サイクロペディアの町です」
「サイクロペディア? 聞いたことが無いわ。ここはどこの国なの?」
それを聞いて看護師は心配そうな顔をした。
「まさか、記憶障害?」
「それはいいから、ここはどこの国なの?」
「アメリア共和国に決まっているわ」
ソフィアは驚いた。大陸を西から東へ大きく移動したことになる。
「本当に覚えていないの?」
♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥
「よう、ネェちゃん、いい胸しているじゃねぇか」
突然前に立ちはだかった男たちがシルビアを見て好色そうな顔をして言った。
「女の一人旅は危険だぜ。俺達を護衛に雇わないか」
シルビアはまだ傷が癒えていなかった。
「だんまりかよ」
「久しぶりにいい獲物だ。みんなで回して、美味しくいただこうじゃないか」
小太りの男がシルビアを舐め回すような目で見て言った。
「そうね。いいタイミングで、獲物がノコノコと自分から歩いてきたわね」
「このアマ、馬鹿じゃないか。自分で自分のことを言っているぞ」
「少し頭がおかしい女か。かえって好都合じゃないか」
盗賊と思われる男たちがシルビアを囲んだ。
シルビアは辺りを見回した。見通しのよい一本道だ。
「ねぇ、ここじゃあ丸見えだから、あっちの木陰にみんなで移動しない?」
「こりゃ、驚いた。女の方がやる気だよ」
「やっぱり頭がおかしいのか」
「いや、ただのビッチだよ」
男たちはニヤニヤしてシルビアの後をついて街道の横にある小さい森のような木々の生い茂る場所に移動した。
それからしばらくしてシルビアはハンカチで口についた血を拭きながら木陰から一人で出てきた。
(本当にラッキーだったわ。獲物が自分から来るとはね)
男たちの肉や血や内蔵をたいらげて、負傷して弱っていたのが、だいぶ力がついた。栄養が足りたので怪我の治りも格段に早くなるだろうと思った。
シルビアは上機嫌で、サイクロペディアを目指した。
♤♠♤♠♤♠♤♠♤♠♤♠
モーリィは鉱山の中を掘り進み、人間の調査隊から逃げていた。
人間を避けるのには理由があった。
まず、魔物だからだ。だがそれだけではない。モーリィは元は人間だった。そして魔王に魔物に改造された後も人間の心を持っていた。だがそれは魔王が意図したことだ。人間の気持ちを残して、魔物間の生殖による繁殖実験のためだ。魔物には性欲も恋愛の気持ちもないので人間のそれを残したのだ。
土をかきわけながら、モーリィは泣いた。
「くそう、くそう、あの野郎」
自らの手で最愛の人を殺したモーリィは死にたかった。だが人間の心が残っていても、魔物の身体になったモーリィは自死することができなかった。
だから、こうして炭坑の奥で泣いて過ごすしかなかった。
人間とは争いたくないし、人を殺したくないので、人から隠れて生きていたのだ。
こんな自分にした憎き相手は魔王だけではない。
モーリィが一番恨んでいる相手は魔王の四天王の一人のサキュバスのシルビアだった。
(シルビア、貴様だけは許さん。いつか再度会う時があれば、貴様だけは生かしておかない)
モーリィは70年経っても癒えることのない怒りと悲しみに打ち震えながら土を掘り進むのであった。
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