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69 噂の幽霊



「アレクお兄ちゃん」


 声のした方を見るとミズキだった。


 満面の笑みでアレクを見上げていた。


「どこに行くところ?」


「休憩時間中なんでぶらぶらしていた」


「なら、一緒に遊ぼう」


「いいよ」


 アレクはミズキと公園に行った。そして追いかけっこをしたり、かくれんぼをしたり、砂場で遊んだりした。


 遊んでいるとミズキのお腹が鳴った。


「あれ、お腹空いているの?」


「うん。お父さんは朝早くから仕事に行ったきりだから、置いてあったパンしか食べてないの」


「お母さんは?」


 ミズキは下を向いてしまった。


「私が4歳の時に天国に先にいっちゃったの」


「……」


 アレクは言葉に詰まった。


「アレクお兄ちゃんに助けてもらったあの日が命日だったの。お花をお供えしようと思ったのだけど、町には花がなくて、それで壁の外に花を摘みに行って魔物に襲われたの」


「そうだったのか。そうだ。僕がなにか食事を作ってあげるよ」


「いいの?」


「もちろん、僕は料理人だからね」


「うん、知っている」


 ミズキは家に案内してくれた。台所に立つとアレクは何を作ろうかと思案した。


「何が食べたい?」


「うーん」


「何でもいいよ」


「それなら、母さんが作ってくれた揚げパンが食べたいけど……。でも無理よね」


 アレクは【鑑定】を使った。ミズキが言っているのは普通の揚げパンのようだが、上に振りかける砂糖が違う。この国の中央穀倉地帯で精製されているパウダーシュガーで『雪砂糖』とも呼ばれているものだ。粉雪のような細かな粒の砂糖だ。


 アレクは食料庫をチェックした。


(あった)


 ランバルの町の食料品店で見かけた時に、めずらしいので入手して食料庫に入れていたのだ。


「大丈夫。作れるから」


 パンは普通のものでも構わないようだった。家にあったパンを油で揚げることにした。


 鍋に油を注ぎ、温めているとミズキが話しかけてきた。


「ねぇ、アレクお兄ちゃんは幽霊って信じる」


「どうして、そんなことを訊くんだい?」


「お父さんたちがその話をしていたの」


「お父さんが?」


「うちに遊びに来たお父さんの友達と、最近、炭坑の中で幽霊を見たという人が多いって話をしていたの」


「ふーん。幽霊か。見たことがないからなんとも言えないな」


「何でも坑道の奥でうずくまって泣いているらしいの。でも人が近づくと奥に逃げてしまうらしいの」


「鉱夫じゃないのかい」


「うんうん、鉱夫は坑道に入る時と出るときは厳しくチェックしているから、中に人が残っていることは絶対にないってお父さんが言っていた。それに坑道は危険だから、作業員以外は立ち入り禁止で入れないのよ」


 パンがだいぶ揚がってきた。


 アレクはパンを皿に置くと、雪砂糖を取り出しふりかけた。


「えっ、それは……」


「君のお母さんの作った揚げパンだよ」


「嘘」


「食べてごらん」


 ミズキは真っ白い粉砂糖がかかった揚げパンをおそるおそる口に運んだ。


「おいしい。お母さんと同じ味」

 

 ミズキの頬に涙が一筋伝った。


「ごめんなさい。泣いたりして」


「いいんだよ」


 その後、ミズキは元気になり、おかわりをした。アレクは明日の分だとことわりを入れて、追加の揚げパンも作った。



 その夜、アレクはいつものように仕事が終わるとスミレが勤めている店に行った。


「うれしい。今日も来てくれたのね」


 包丁ができるまではこの町に滞在する必要があり、特に夜は何もない炭坑の町ではすることが無くて暇だったので、なんとなく習慣で通うようになったのだ。それに、歌や踊りのショーが無いせいかイブレスカのアオ百合よりずっと安かった。


「スミレさんは昼間は食堂のウエイトレスをやり、夜はこの店で接客じゃあ、疲れない?」


「まあね」


 紫のロングヘヤーに赤いドレスを着てぱっちりとした目をしてスミレが頷いた。


「立ち入ったことを訊くようだけど、どうしてそこまで働くんだい」


 つい思っていたことが口に出てしまった。


「私ね。12歳の時に父さんが病気で死んだの。それから母が私が成人するまで働いて、女手一つで育ててくれたの。その母が最近病気がちなの。だから母に仕送りをしているの」


「ゴメン、余計なことを訊いて」


「いいのよ。それよりも、アレクがそんな風に私のことを気にかけてくれていたことが嬉しいわ」


 横に座っていたスミレがアレクの腕を抱えるようにして身体を寄せてきた。


(ちょ、ちょっと近いよ)


 身体を引こうとしたが、スミレは離れない。


 アレクは話題を変えようと思った。


「ところで、最近、炭坑に幽霊が出るって本当かい」


 スミレが顔を上げた。


「幽霊?」


「うん。坑道の奥で泣いている男の幽霊が出るって話し」


「その話なら有名よ。昨日もお客さんが、実際に見たという話をしていたわ」


「人に危害を加えたりはしないのかな」


「それは無いみたい。人に見つかると逃げていってしまうらしいの」


「炭坑に迷って入った人じゃないのかい?」


「それなら、鉱夫を見たら助かったと寄って来るでしょう。逃げる理由はないわ」


「じゃあ、なにか犯罪を犯して逃げている逃亡者とか?」


「坑道の中でどうやって暮らすの? 水や食べ物は? それに坑道の入口は厳重に管理されていて、その日に入った人数と出てきた人の人数が合わないと大騒ぎになるし、常時警備員が部外者が侵入しないように見張っているのよ」


「そうか……」


「だから本物の幽霊じゃないかって言われているの」


「どんな姿をしているんだい」


「それがね」

 

 スミレは芝居がかった様子で声をひそめた。


「うん」


「魔物みたいなんだって」


「魔物?」


「そう」


「でも魔物だったら人間を襲うだろう」


「だから、私は幽霊の話はなにかの見間違いじゃないかと思うの」


「そうだな」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「こっちだ」


 人間の男たちの声がした。


(なんだ。ここはもう石炭は出ない廃坑だ。どうして来る)


「ここに逃げ込んだんだな」


「はい」


(自分を探しに来たのか)


 モーリィはうっかり昨日、姿を見られてしまったことを悔いた。


「でも本当に幽霊なんているのか」


「この目で見ました。しかも魔物のような姿で生きている人間ではありません」


「なら、魔物だったらどうするんだ。こんな坑内で襲われたら終わりだぞ」


「それは、無いと思います。今まで一度も人が襲われたことは無いですし、昨日も攻撃する様子は無くすぐに逃げました」


「とにかく真偽のほどをはっきりさせないと、怯えた鉱夫が作業場の坑道に入るのを拒否しだしでもしたら大変だ」


 モーリィは身を隠した。


(どうする)


 廃坑はこの先で行き止まりだった。このままだと時間の問題でモーリィは見つかってしまう。


(仕方がない)


 モーリィは両手をかくようにして、土を掘り始めた。またたく間に穴が大きくなる。モグラ型の魔物であるモーリィは一分間に数メートルの速度で掘り進むことができた。掘り進んだ後ろのトンネルを意図的に崩した。生身の人間ではモーリィの後を地中で追跡するのは不可能だった。




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