6 魔物を料理する
「その子を返せ」
アレクは魔物に言った。
「どうしてここが分かった」
狐の頭を持つ魔物が言った。
「そいつを追いかけてきた」
「シービングキャットを追いかけて来ただと。そんなことはありえない。待ち伏せしていたのだろう。言え、どうして俺達がここにいることが分かった」
アレクは首を振った。
「その泥棒猫たちを始末しながら追いかけてここに来た」
「馬鹿な。人間にそんなことができるわけない」
そう言いながら狐男が、はっとした表情を浮かべた。
「まさか、特別なスキル持ちなのか」
「そのまさかだ」
「だが、剣士系ではどんな高位のスキルでもシービングキャットに追いつけるような速度で駆けることはできない。それは70年前の戦争で実証済みだ」
「剣士系のスキルではない」
「すると……」
狐頭の魔物は何かに思い当たったような表情を浮かべた。
「まさか勇者か?」
狐男が震え声で言った。
「勇者でもない」
狐男が、文字通り狐につつまれたような顔をした。
それを見てアレクは思わず笑ってしまった。
「舐めるな。ならこの鑑定石で貴様の正体を暴いてやる」
狐男は水晶の玉を取り出すと、アレクの方にかざした。
「う、嘘だろ」
水晶の玉を覗き込んだ狐男が狼狽した。
「何のスキルだったんですか。アナービー様」
横にいたシービングキャットが心配そうに尋ねた。
「そんな、馬鹿な」
「どうされました、アナービー様」
「こ、こいつのスキルは料理人だ」
「料理人?」
「そうだ。この水晶で見たんだから間違いない」
「だとしたら」
「ハッタリだよ。ハッタリ。こいつは偶然ここに居合わせただけのただの料理人だ。何の力もない」
アナービーはゲラゲラと笑い始めた。
ジャンをさらってきたシービングキャットは何かもの言いたげだったが、アナービーの鋭い視線を見て沈黙した。
「全く、驚かせさせやがって」
「どうします」
「もちろん始末する」
そう言うとアナービーは口笛を吹いた。
3つの頭がある魔犬が3頭出てきた。犬と言っても体は子牛くらいの大きさだ。
「さらってきた子供達を運ぶために用意したが、ちょうどいい。餌やりの時間だ。おい、お前ら、あの人間を食っていいぞ」
アレクは新手の魔物を【鑑定】した。
「スチールケロベロス 鋼鉄の魔犬。攻撃力大、防御力も大。特に鋼鉄の毛皮は剣を通さず、物理的な打撃攻撃は無効化される。外側の鋼鉄の毛皮は食せないが、中の肉は脂身の少ない赤身で意外に美味しい。魔物と言っても犬なので火を恐れる。また鉄は熱伝導率が高く、熱に弱い。火炎系の魔法で倒すことができる」
(そうか。火や熱に弱いんだな)
「おいどうした。固まって。そりゃそうだよな。スチールケロベロスは俺達だって戦いたくない相手だ。そんなおもちゃのようなナイフでは傷一つ付けられなないぞ。料理人らしいが、お前が料理されて食べられる番だ」
そう言うとアナービーが見下した顔でアレクを嘲笑した。
アレクはジャンを見た。
ぐったりとして目をつぶっている。
(気を失っているのか)
「よそ見している暇はないぞ」
アナービーの声が飛ぶ。
そして目前に牙を剥いたスチールケロベロスが迫ってきた。
アレクは手をかざすと火を出した。
「キャイ~ン」
スチールケロベロスが急停止して、後退りをする。
(おっ、いける。やっぱり火が怖いんだ)
アレクは連続して火を出した。
3頭のケロベロスは後ろに飛び退くと、火が届かない距離を置いて、アレクのことを睨んだ。
(火は確かに有効だが、これでは、らちがあかないな。もっと遠くまで火を届かせないと)
火を出せると言っても、アレクのそれは、火炎系の攻撃魔法ではない。調理のために火を出すことができるにすぎない。
(まてよ)
森で生活していたときに、焚き火の火力が弱くなり、肉を焼くのに大事なところで火入れができなくなりそうになったことがある。その時、偶然、手から風を出せることを知った。火は風で煽ると火力をアップし、うまい具合に外側はカリッと焦げて、中はジューシで肉汁あふれるステーキを焼くことができた。
(この犬も中は赤身でジューシーな食に適した肉だよな)
「よし」
アレクは両手の掌をスチールケルベロスに向けた。
(風と火をミックスさせて出そう。そうすれば風の力で火力はアップし、火も遠くまで届くはずだ)
「えい!」
それはアレクが予想していたのを遥かに上回るものだった。そもそもアレクが起こす風は、最強度では嵐の強風を打ち消し、最速を誇るシービングキャットを追い越せるくらいの推進力を持ったものだった。それを加減なしに最大限の炎と一緒にアレクは射出したのだ。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオ
「ぎぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
スチールケルベロスの断末魔が響き渡る。まさに火炎地獄と言ってよい光景だった。スチールケルベロスだけでなくアレクが火炎を放射した方向にあったものは、すべてが灰となり消失した。
火炎放射をもろに浴びた2頭のスチールケロベロスは焼け焦げの残骸になって朽ち果てた。
離れたところにいたスチールケルベロスが黒焦げになりながら、助けを求めるようにアナービーの方に行く。
その方向にアレクは手を向けた。
「ひいいいいい。来るな。こっちも巻き添えをくうだろう」
アナービーが逃げた。
それを見ると、シービングキャットたちも逃げ出した。
ジャンは地面に投げ出されたままだった。
まだ息のあるスチールケロベロスとアナービーに火炎放射をしようと思ったが、さっきの威力では、近くにいるジャンにも危害が及ぶかもしれないと思いとどまった。
(水はどうだろうか)
火の代わりに水を出してみた。
最初はうまく放水できず、ただ手から水を出しただけだった。
だがアレクは放水口を絞るイメージをして放水を細く強力な水圧にした。
アレクは回り込むと、スチールケルベロスに向けて放水した。
放出する水の量を最大限まで上げ、水圧でスチールケロベロスを転がすように押し戻した。
今度は急速に冷却されて、スチールケロベロスはのたうち回った。
ジャンと十分離れたところにまでスチールケロベロスが水圧で飛ばされたのを確認した後、もう一度、火炎を放射した。
スチールケロベロスはみるみるうちにまっ黒焦げとなり動かなくなった。
外はカリッとして中はジューシな野焼きのステーキの出来上がりだった。
「ば、化け物」
アナービーが後ずさりしながら叫んだ。
「化け物に化け物呼ばわりされたくないな」
「お前、本当は何者だ」
「だから、料理人だ」
「嘘だ、そんなはずない」
「なんでこんなことができるのか僕も分からないけど、本当にただの料理人だ」
ずる賢いアナービーはアレクと会話をつなぎながら、目立たぬように気を失っているジャンのところに行こうとしていた。
(ジャンを人質に取るつもりだな)
「だめだ。させない」
アレクはアナービーを掌から出した風で吹き飛ばした。
「さて、どう料理するかな」
アレクは【鑑定】を開いた。
「人狐 知能は高いが、戦闘能力は中程度。ずるがしこく、他者を利用するのが得意。防御力は高くなく、物理攻撃、魔法攻撃、その他すべて有効。肉は固く、臭みが強く、食用には向かない」
「あれ、お前、食えないやつなんだ」
その時、突然、落雷が二人の間に落ちた。
とっさにアレクは横飛びして伏せた。
起き上がるとアナービーの姿はなかった。
倒れたままのジャンと、黒焦げのスチールケロベロスの死体が三体あるだけだった。
アレクはジャンを背負うと町に向かった。
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