66 炭鉱食堂
「いつまでついてくるんだ」
「アレク様、公爵様の謝罪のお手紙をお受け取り下さい。それと、アレク様がお戻りになったら直ちにアレク様に領主の地位をお譲りするという国王の承認印が捺印されている公文書もございます」
「どうして今になってそんなことを言い出したのだ」
「それは、そのお力のせいです」
「僕に力などない」
「なにをおっしゃいますか。さっきはアレク様はご自分の力を隠して魔物が河に流されたなどと言われましたが、私はアレク様が魔物を氷の矢で瞬殺するのを見ました。アレク様すごいです」
そう言うとシルビアは目をうるませた。
(やっぱり、シルビアに見られていたのか。困ったなあ)
いまさら自分を呼び寄せるなんてどういうつもりなのかと思った。父は一度決めたことは後から変えたりはしない性格だった。たとえ自分が誤っていたとしてもだ。
父の決定を覆せる人物は一人しかいない。
(国王だ。やっかいだな)
大統領のように、国王もアレク獲得に乗り出してきたのだ。だが国王だとしたら、戻ってもアレクに自由はない。領主というのは国王の直轄の家来になるということでしかない。国王の命令で動く戦闘人形にさせられるのだろう。
(そんなのは嫌だ)
だが、シルビアは玉印のある羊革の書面を押し付けようとしてくる。
それをアレクはかわした。
(しつこいな)
アレクはどういう素性かとシルビアに【鑑定】を使った。
(おや?)
【シルビア メイド ■◇○〜】
後の文字が読めない。
(おかしい。スキルが壊れたのか)
スキルが壊れるなんて聞いたことがないが、見た感じ壊れたとしか言いようがない。
アレクは試しに前を歩くスミスを【鑑定】してみた。普通に炭鉱夫としてのスミスのプロフィールが出た。
(どうしてだ)
するとシルビアが小さい悲鳴を上げた。
見るとコウモリがシルビアの近くを飛んでいる。
「あっちへお行き!」
シルビアが鋭い声で言うとコウモリは飛び去って行った。
前を歩いていたスミスが戻ってきた。
「大丈夫か、お嬢ちゃん。この辺は炭鉱の坑道がたくさんある。古い坑道にはコウモリが住み着いてしまっているんだ。ただ昼間のこんな明るい場所で人間を襲うことなどまずないのだが……」
「平気ですわ」
「食堂はもうすぐだ」
僕らはスミスの案内で坑道の入口の近くの大きな平屋の建物にきた。
「ここだ」
中に入ると長いテーブルがたくさん並べてあり、客席が70席くらいある食堂だった。
「鉱夫はここで交代で食事を取る。食事時は戦争みたいになる」
スミスはそのまま食堂を横切ると厨房に入った。
「ブラウンいるか?」
「おお、スミスじゃないか」
「もう一人料理人が欲しいと言っていたよな」
「ああ」
「料理人を連れてきた」
「君か?」
白の料理人服にシェフハットをかぶったブラウンと呼ばれたコックがアレクの方を向いて言った。
「はい」
「見たところまだ若いが、料理人の経験は本当にあるのか。料理店の下働きの皿洗いは料理人とは呼ばないぞ」
「料理人ギルトの会員です。それに料理人のスキル持ちです」
「なんだって?!」
ブラウンが口を開けたまま動かなくなった。
「それはすごいことなのか?」
スミスがブラウンに訊いた。
「すごいなんてもんじゃない。世の中に料理人はいくらでもいるが、スキル持ちは稀だ。ギルド会員もそうだ。一生かかつてもギルドに入れない料理人は5万といる。その若さで両方を持っているなんてありえないことだ」
「そうか、だから大統領の料理人をしていたわけか」
スミスが合点したように言った。
「大統領の料理人だと!」
「いえ、違います」
「でも大統領から多額の報酬をもらったのだろう。その金貨を俺も見たぞ」
「確かに料理はしましたが……」
「無理だ。スミス。その人を連れて帰ってくれ」
「どうしてだ」
「どうしても何も、うちがそんな高額の報酬を払えるわけがないのは知っているだろう」
「まあ、聞け。それがアレクは報酬はいくらでもいいそうなんだ」
スミスはアレクがドルーゴが打った包丁の完成待ちでしばらくこの町に滞在しなくてはならないこと、その間に料理人として働きたいらしく、報酬にこだわりが無いことを説明した。
「うちの給料は安いぞ。それでも本当にいいのか」
「はい」
「なら契約だ」
アレクはブラウンの差し出した手を握った。
仕事は明日からでいいということなので、3人は外に出た。
「じゃあ、俺は仕事に戻る」
スミスは手を振って去って行った。
「アレク様」
シルビアが神妙な顔をして進み出てきた。
「少しの間、お暇をいただきたく存じます」
「はぁ?」
「申し訳ありません」
「別に、君は僕のメイドでも何でもないから」
「そんなことありません。私はアレク様のものです。アレク様をお屋敷に連れ戻すことは決してあきらめません」
そういうとシルビアが去って行った。
(あの人はいったい何なんだ?)
「あなたなの?」
若い女性の声が後ろから聞こえた。
振り返ると紫のロングヘアーに大きな瞳をして赤い服を着た女性がアレクのことを見ていた。
「どなたですか」
「私はスミレ、炭鉱食堂のウェイトレスよ」
「初めまして、アレクです。明日から炭鉱食堂で働くことになりました」
「ブラウンさんから聞いたけど、その若さで料理人ギルドの会員なんですって」
「ええ」
「すごいわね」
スミレが目を輝かせて言った。
「そんなこと無いです」
「この町は初めて?」
「はい。今日着いたばかりです」
「宿は決めた?」
「いいえ」
「なら、私がこの町を案内して、宿を紹介してあげる」
「いえ、そんな」
「遠慮しなくてもいいのよ」
そう言うとスミレはアレクの右腕に両手を回しかかえるようにした。
「さあ、行きましょう」
スミレの大きな乳房がアレクの腕に押し付けられた。
アレクは赤くなり困り果てながら、スミレに引きずられるようにして大通りの方へ歩いて行った。
♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥
「どういうこと? 大事なところだったのに」
シルビアは空を飛びながら使い魔のコウモリに訊いた。
「とにかくシルビア様にすぐに魔宮殿に戻るようにという主様のご命令です」
主様のご命令とあらば戻るしかなかった。
(まさか、主様の魔力で私が、アレクと二人なら魔王様を出し抜いてこの世界の支配者になれると考えたことを見通して、呼び戻したのかしら)
だが、そんなことは無いと思い直した。
主様はまだ復活中だ。
体も意識もあるが、完全ではない。
大きな水槽の中に入り、人間の生き血を取り込み、修復や成長を繰り返しているところだ。
70年前のあの対戦で消滅しかけたが、僅かな肉片が残り、それがこれまで埋もれていたのが、細胞分裂を繰り返し増殖し、再生を始めたのだ。
指揮命令はできるが、全盛期のような力はまだない。
だが、主様の復活により、各地に散らばり密かに生息していた魔物たちや、来たるべき日のためにダンジョンの奥深くで眠りについていた魔物たちが目を覚まし、魔宮殿には多くの魔物が集結していた。
シルビアもその一人だ。
先の大戦で傷を負ったが、辺境の地に逃げ、そこで傷を癒やし、この再起の日を待っていたのだ。
休むことなく飛び続けて魔宮殿に着いた。
宮殿では魔物たちがシルビアを敬礼で迎えた。
「主様は?」
「奥でお待ちです」
主様の部屋に行った。
「シルビアよ、よく戻ってきた」
「アレクに接触できました。あともう一歩のところです」
主様が頷いた。
「シルビアよ、邪魔者が出現した」
「お言葉を返すようですが、現在のところアレクが一番の脅威です。私をすぐにアレクのもとにお戻し下さい」
「それが勇者でもか?」
「勇者ですって!」
先の大戦で主様を打ち破った勇者は人間なので寿命で死んだ。そして、その後、勇者の存在は確認されていなかった。
「西の王国の第2王子が勇者になった」
「でもあの第2王子はとっくに成人しています。確かスキルは聖剣士だったかと。勇者ではありません」
「クラスチェンジだ」
「クラスチェンジ?」
「そうだ。聖剣士から勇者に変化したのだ」
「そんな……」
先の大戦では勇者は生まれた時から勇者となる運命で15歳のスキルの開示式で勇者となった。それがクラスチェンジというのはどういうことなのだろうと思った。主様を倒せるスキル持ちは基本的に勇者のみだ。あのアレクという想定外のスキル持ちが現れるまではそうだった。
「アレクは自分や自分の周りの人に降りかかる火の粉を払うだけで、世界を救うとかいう使命に関心は今のところ無い。だが第2王子は世界を救うといきまいている。こいつが成長すると厄介だ。スキルが発現して間もないうちに叩き潰しておきたい」
「はっ」
「だから四天王を招集した」
「対象者は第2王子だけですか」
「実は西の王国に勇者が出現するという預言が出ていた。そのため西の国の国王は密かに勇者をサポートする者たちを各国から集めていたらしい。だからすでに勇者パーティが出来上がっていると考えておけ」
「どんな者たちを集めたのですか」
「聖女や魔道士や剣士たちだ」
「そうそう、その中にはアレクの幼馴染で婚約直前だったという聖女もいると聞いておる。アレクがそれを聞いてそのパーティに加わったら最悪だ。そうなる前に、パーティのメンバーを全員抹殺しろ」
「はっ」
シルビアは一刻も早くアレクのもとに戻りたかったが、これから四天王たちと作戦会議をしなければならなかった。
(勇者が復活した上に、アレクと婚約するはずだった女が勇者パーティの聖女ですって)
シルビアはなんだか腹立たしかった。
(そんな女になんかに負けないわ)
魔宮殿を怒りを込めた足取りで歩き、四天王や将軍たちが待つ会議室に向かった。
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