63 キラーアントと実家のメイド
「うまい」
思わずアレクは声に出して叫んでしまった。
偶然ぶらりと入った食堂で勧められた名物料理を試しに注文して食べてみたところだった。
「あんちゃん、ギーザアを食べるのは初めてかい?」
隣のテーブルでギーザアをつまみにして酒を飲んでいる初老の男が声をかけてきた。
「はい」
「どうだ、うまいだろう」
自慢げな響きがこもっていた。
「ええ」
「穀倉地帯の名物料理だ」
「帝国北部の家庭料理にも似ている気がしたのですが、蒸し焼きにしているところがいいですね」
「ほう? あんちゃんは帝国北部の出身かい?」
「いいえ。でもここに来る前は帝国にいました」
「ギーザアはもとは帝国北部から来た移民が、自分たちの郷土の肉の包み揚げを作ってふるまっていたことに由来するんだ。だが、揚げ物は油がきついと、片面を焼いてから蒸し焼きにすることを思いついた人がいた。そしてそれを『ギーザア』と名付けて、店で出すようになったんだ。すると美味い、美味いと評判になり、ギーザアはまたたく間に広まったんだ」
「ギーザアというのはどんな意味なんですか」
「考案した人の国の方言で『包み焼き』という意味らしい」
「そうだったんですか」
「この店は数あるギーザア屋の中でも老舗だ」
「いや。本当に美味しいです」
「タレだけじゃなく、酢胡椒で食べてもうまいぞ」
アレクは言われた通りに酢に胡椒をぶち込み、ギーザアを食べてみた。
また味が変わってイケた。
「あんちゃんは旅の人か」
「はい」
「一人で旅をしているのか?」
「はい」
初老の男は眉をしかめた。
「なら、気をつけた方がいいぞ。最近、この辺でも魔物が出たそうだからな。なんでも魔王と名乗ったそうだ」
「そうですか」
「驚かないのか?」
「その話なら前にも聞いているので」
「おう、そうだな。なら知っていると思うが、結局その魔物は偽魔王だったそうだ。だが、その件だけじゃなくて、最近、あちこちで魔物が出没しているらしいから、一人旅なら十分に気をつけるんだぞ。あんちゃんみたいな華奢な体つきじゃ、魔物に遭遇したらひとたまりもないからな」
「はい」
「どこにゆくんだい」
「山脈地帯の方に行ってみたいと思います」
「あっちは炭鉱や鉱石の採掘場以外は何もないぞ」
「まだ、行ったことがないので一度見ておきたいんです」
「そうか。鉱山の方にも最近魔物が出たっていう噂だから注意しろよ」
「わかりました」
アレクは勘定を済ませると店を出た。
村を出ると、あたりに人がいないのを確認してから、空に浮いた。
そして風のスキルを使い飛んだ。
(ここまで来れば鉱山の町サイクロペディアまで、ひとっ飛びだな)
アメリア国北部の山脈地帯のそばにあるサイクロペディアは、石炭や鉱石が豊富に採れる鉱山のふもとにある。鉱山で働く人と、それを加工する職人や買い付けに来る商人で溢れかえった活気のある町だと聞いていた。
実はアレクがサイクロペディアを目指しているのには理由があった。
新しい武器としての包丁が欲しかったのである。
これまでアレクは最初に家から持ってきた狩猟用のナイフと町で買った安物の包丁で魔物たちと戦ってきた。スキルの効果で安物の包丁でもそこそこ戦えたが、今後、魔王が本当に復活して、より強力な魔物が出てきた場合、今の装備では貧弱すぎる。そこで、鉄鉱石や石炭の産地であるとともに、鍛冶屋の町で刀剣の生産地でもあるサイクロペディアを目指していたのである。
(できれば、自分専用の包丁を刀鍛冶に打ってもらいたいなぁ)
山が見えてきた。
その山のふもとの町には大きな煙突がいくつも立ち、黒い煙がのぼっていた。
(あれが、サイクロペディアか)
町の周りは城壁のような壁が築かれていた。
(盗賊が入ってこられないようにしているのか? それとも……)
アレクは少し手前で着地すると、あとは徒歩で町に入るつもりだった。
「きゃああああああ」
少女の悲鳴がした。
見ると魔物が少女を襲おうとしていた。
魔物を鑑定した。
【キラーアント。アリの魔物。防御力、戦闘能力ともにそれほど高くない。魔法は使えず、特別スキルもないが、噛まれると毒があるので注意。食には適さない】
急降下する。
(間に合うか)
少女は恐怖のあまり気を失ったのかその場に倒れた。
その目の前にキラーアントが迫る。
スキルを発動させて少女を守ろとすると、横から若い女が飛び出してくると、少女を抱きかかえキラーアントの前から連れて行った。
怒ったキラーアントが二人を追いかけた。
アレクは、その間に降り立った。
迫りくるキラーアントに両手を向けると氷の矢を見舞った。
数百本の氷の矢がキラーアントを貫いた。
キラーアントはバラバラになった。
アレクは振り返った。
7、8歳くらいの金髪の少女が倒れていた。
その横で、メイド服を着た少し紫がかった銀髪の若い女性が少女を介抱していた。
「大丈夫ですか?」
「ええ、私はなんともありません。この子もただ気を失っているだけのようです」
「よかった」
メイド服の女が顔を上げてアレクのことを見た。
メイド服にしてはスカートの丈は極端に短く、体のあちらこちらの露出度が多く、目のやりばに困った。
「アレク様? アレク様ではないですか」
いきなり名前を呼ばれてアレクは驚いた。しかも『様』付だ。
「あなたは誰ですか?」
「私はブリング公爵家のメイドのシルビアと申します」
「ブリング家のメイドだって?!」
(実家の公爵家のメイドがなんでここにいる?)
「アレク様、あなた様をお迎えにまいりました」
まるでアレクの心の中の声が聞こえているようにシルビアはそう言うと、恭しく片足を半歩下げ、短すぎるスカートの裾を持ち上げて礼をした。白い太腿が付け根の近くまであらわになった。
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