60 偽魔王討伐
「すごい……」
ミントがアレクを見て驚いていた。
「だが、魔王がまだ残っている。魔王に比べたら他の連中は雑魚と言ってもいい。最悪の相手を倒さないとならない」
プラトーが言った。
「あれは、魔王なんかじゃないですよ」
アレクは落ち着いて言った。
「なんだって?」
「ただの狐の魔物ですよ。ずる賢いだけです。それに肉は固いし、臭みが強くて、本当に食えないやつなんです」
「え……?」
「そうだよなあ、アナービー」
アナービーはそっと逃げ出そうとしていた。
アレクは手をかざすと風を出した。
アナービーの仮面とローブを吹き飛ばした。
「あれ、少し腹が出てきたんじゃないか。運動不足か」
ぼっちゃりとした腹をした人間の身体に狐の頭がついている姿がさらされた。
「ほんとうだ。ただの狐男じゃないか」
チャーリがアナービーを指差して言った。
「だが、お前は、性懲りもなく子供をさらおうとした。このまま生かしておいたら、何度でも子供たちを狙うつもりだろう」
「い、いえ、そんなめっそうもない」
アナービーが愛想笑いをした。
「お前の得意技は人を騙すことだ。だが、僕は騙されない」
アナービーが逃げ出した。
【追跡】【捕殺】
アレクはスキルを使い追った。
すぐにアナービーを捕まえた。
「お前は魔王になりたかったのか?」
アナービーは何も言わなかった。
「世界の高みに登りたかったのか」
アナービーは「それがどうした?」というような目でアレクを見た。
「なら、連れて行ってやろう。高いところに」
「何をするつもりだ?」
アレクは、アナービーの腕をつかんだ。
「見せてやるよ。高いところからの景色をな」
そう言うと風のスキルでアナービーと空に上昇した。
地上がぐんぐんと離れて行く。
「どうだ。気持ちいいか?」
「どこまで連れて行くつもりだ」
「限界までだ」
アレクは片手だけで2人分の体重を支えて上昇していた。
前は両手を使って自分1人で飛ぶのがやっとだった。
(新しいスキルを取得しているだけじゃなくて、元のスキルのパワーも増加しているみたいだ)
さっきまでいた地表が遠くなり、地上にいた人が米粒くらいになった。
「そろそろ限界だ。片手ではお前と2人でこれ以上は上がれない」
アナービーが怪訝な顔をした。
「ここからは自分で飛べ。自らの力で高みをめざせ」
アレクはアナービーの手を放した。
「や、やめろ――」
アナービーが悲鳴を上げて落ちてゆく。
アレクもそれを追うように下降した。
もし、アナービーの落ちる真下に人がいたら軌道修正するつもりだった。
だが、幸いなことに誰も下にはいなかった。
アナービーが地表に衝突した。
バウンドして手足がバラバラの方向に向く。
「グフッ」
アナービーが血を吐いた。
その横にアレクは降り立った。
「さすが魔物だけのことはあるな。あれだけの高度から地面に叩きつけられてもまだ生きているとは」
アナービーが苦しみにのたうちまわっていた。
「さて、どうやって料理してやるかな」
「アレク、事の顛末を調査・報告する必要があるから、こいつは跡形もなく消し去らないで欲しい」
プラトーが言った。
「分かりました。では冷凍しておきましょう」
アレクは手をかざすと【冷凍保存】のスキルを発動させた。
みるみるうちにアナービーは真っ白になり、氷のオブジェと化した。
「いやあああああああ」
ミントの悲鳴がした。
「マクシミリアン!」
プラトーが叫んだ。
見ると片目の軍服の男が短刀をミントの首に突きつけていた。
「馬を用意しろ。変な真似をしたらこの女を殺すぞ」
「あれは?」
「マクシミリアン大佐だ。傭兵部隊の隊長だったが裏切って魔王の側についた」
「そうですか」
アレクはゆっくりとミントを人質に取っているマクシミリアンのところに歩いて行った。
「それ以上近づいたら、この女を殺すぞ」
次の瞬間、アレクはマクシミリアンの横にいた。
「遅い」
アレクはマクシミリアンの利き腕の腱を切った。
ナイフが地面に落ちた。
「貴様、何者?」
「言ったろう究極の料理人だ。今のは食材にする足の速い動物を狩るためのハンタースキルだ」
「まだだ」
マクシミリアンは懐から何かを取り出そうとした。
【耕うん】
アレクはスキルを発動した。
地中にマクシミリアンが吸い込まれて行く。
その時、轟音がしてマクシミリアンの首から上が空に飛んだ。
「何だ?」
「僕たちを巻き込んで自爆しようとしたんですよ。でも爆弾は地中で爆発したので、マクシミリアンの首が飛んだだけですみました」
アレクはあたりを見回した。
【索敵】も使った。
敵は完全に殲滅した。
(ミントさんも、子供たちも無事でよかった)
だが、ケンが黒焦げになった男のそばで泣いていた。
「ケン、どうしたんだ」
「父ちゃんが……。父ちゃんが死んじゃったんだ」
「ケンのお父さんなのか?」
「父ちゃんは、やっぱり母ちゃんの言うとおり勇敢な兵士だったんだ。ボクを守るために魔道士の魔法攻撃に盾になって……」
わぁーっとケンが泣き出した。
アレクは黒焦げになっている男の上着をはいだ。心臓がまだ動いていた。
【食料庫】からリゲインを取り出した。
リゲインに包丁で切り込みを入れた。
それを絞り、その汁を倒れている男の唇にたらした。
それを何度も続けた。
「うーん」
男がうめき声を上げた。
「大丈夫だ。ケン、生きている」
その時、治安部隊が到着した。
「救護班の回復術士はいますか?」
アレクは治安部隊に叫んだ。
「回復術士ならいるぞ」
「こちらへすぐに来て下さい。重傷者がいます」
「分かった」
すぐに救護班が来た。
「もう大丈夫だよ。お父さんはきっと助かるから」
「アレク兄ちゃん」
ケンがアレクにしがみついて来た。
アレクはケンを抱きしめると背中を撫でて「安心しろ」と言った。
回復術士が回復魔法の詠唱を完成させると、緑色の光がケンの父に降り注がれた。
ケンの父が目を開いた。
「父ちゃん」
「ケン!」
アレクは父のもとに駆けてゆくケンを見送った。
横にミントとプラトーがいた。
「プラトーさん、怪我は大丈夫ですか」
「ああ、止血したから平気だ」
「よかった」
「それにしてもアレク、君はいったい?」
「信じてもらえないかも知れませんが、魔道士のスキル持ちでも、アサシンのスキル持ちでもなくて、本当に料理人なんです。ただ、魔物や悪い奴らも料理することができるんです」
「いや。信じるよ」
「アレク、ありがとう」
アレクは初めてそのままの自分を受け入れてもらったような気持ちになった。
【作者からのお願い】
作品を読んで面白い・続きが気になると思われましたら
下記の★★★★★評価・ブックマークをよろしくお願いいたします。
作者の励みとなり、作品作りへのモチベーションに繋がります。




