54 イチゴ農園のミント(後編)
「ここよ」
「すごく広いですね」
「そうなの」
アレクを中に通した。
「お野菜はこちっちよ」
アレクはキョロキョロと辺りを見回した。
「どうしたの?」
「こんなに広いのに他に誰もいないので」
「ここは私1人でやっているの。前は両親と使用人がいたのだけど、流行り病で両親が亡くなり、私が1人でこの農園を相続したの。使用人を雇う余裕もなくなり、今は私1人だけでこの農園を経営しているのよ」
「じゃあ、畑仕事とかも1人で全部やっているんですか」
「もちろんよ。収穫したイチゴやベリーを町の市場に売りにゆくのもね」
アレクは驚いた顔をしていた。
「この髪も、実は染めているの。商品のベリーと同じ色にね。市場で少しでも有利にベリーを買ってもらうために、他の農家より目立つ格好をしようと思ってやったの」
「そうだったんですか」
「思惑通り、ベリー色の髪をした若い女性がベリーを売りに来るというのが評判になり、売れ行きは上々なのよ」
「そんな大変なのに子供食堂を手伝っているんですか?」
「うん。まあ、その……。私にはもう家族はいないから、あの子たちの寂しい気持ちが分かるというか……」
ミントはアレクにプラトーのことが好きだから忙しい中、手伝っているとは言えず、苦しい言い訳をした。
「それより、収穫をしましょう」
ミントは畑にアレクを連れて行った。
そして、カボチャや人参を収穫した。
「あっちの方の土地は?」
「あれも私の土地よ」
「畑にしないんですか」
「したいけど、開墾しないとならなくて、そんな余裕がないのよ」
ミントは親から相続した土地の5分の1くらいしか使っていなかった。残りの土地には雑草や灌木が茂っていた。農地にするには、そうした雑草や木々をすべて刈ったり、伐採し、土地を耕さなくてはならない。重労働だ。とてもミント1人ではできなかった。
「あの土地でも野菜は作れるんですか」
「もちろん。耕すことができればね」
「どうやって耕すんですか」
ミントはアレクに少し教えた。
「端の方でやってみてもいいですか」
「どうぞ。私の土地だから好きにしていいのよ」
ミントの畑は子供食堂と自分が食べる分だけだった。収入はベリーだけだった。土地を全部開墾して畑にすれば何倍もの収入をあげることができるのは分かっていたが、他人を雇うお金はなく、自分でやることは今でさえ時間に余裕がないので不可能に近かった。
ミントはベリーを栽培している果樹園に行き、市場に持ってゆくベリーを収穫すると、家に戻った。
翌日から、アレクは合間を見て農場に来て手伝いをしてくれるようになった。
「アレク、そんなにしてもらっても、私にはあなたに給料を支払う余裕はないのだけど…」
「構いません。いつも新鮮な野菜をもらっていますから、その御礼です」
「でも、それはアレクにではなく……」
「同じです。僕も毎日、いただいていますから」
「本当に悪いわね」
「じゃあ、また畑に行ってきます」
どうやらアレクは畑仕事が気に入ったようだ。それに料理人であるアレクは食材が作られる現場にも興味があるようだった。
いつものようにアレクが、荒れ果てた休耕地で何か畑仕事の真似事のようなことをしている間、仕事をしていると、地震が起きた。
(な、なに)
大地がうねるように揺れた。
真っ先に頭に浮かんだのは子供食堂の子供たちのことだった。
アレクは何もない休耕地にいるから安全だろう。だが、子供たちは倒れた家具の下敷きになっているかもしれない。
ミントは家を飛び出した。
まだ大地が揺れていた。
足を取られないようにして駆けた。
子供食堂に着くと、子どもたちはいつものようにお絵描きをしたり、積み木をして遊んでいた。
「大丈夫だった?!」
「大丈夫って?」
「地震よ」
「地震?」
「ものすごく揺れたでしょ?」
子供たちはキョトンとした顔をした。
「地震なんて無かったよ」
「そんな、ウソ」
ミントの家は大きく揺れた。間違いない。
「ミントお姉ちゃん、うたた寝でもしていて、夢でもみたんじゃない」
「そんなことないわ」
その時、大きなドーンという音がして家が揺れた。
振り向くと玄関が壊されていた。
「な、何?」
「いるか?」
「いた、いた。たくさんいるぞ」
「外に引きずり出せ」
「何、あなた達、いったい何なの」
「俺達は魔王軍だ」
「魔王?」
ミントはパニックになった。
(なんで、魔王軍がここに)
子どもたちが悲鳴をあげた。
男たちが子供の腕をねじり、外に連れ出していた。
「子供たちに乱暴なまねはしないで!」
「まだ立場が分かっていないようだな」
ミントは腕をつかまれた。
「痛い」
「こっちだ」
外に出された。
外には黒い服を着た50人くらいの男たちがいた。
子供食堂の隣の空き地の真ん中に、ミントと子供たちが集められた。
その周りを男たちが囲んだ。
「子供を確保しました。全部で23人います。それから若い女が1人です」
「よくやった」
リーダーらしき男が近づいてきた。
その男の後ろにいるモノをみてミントは悲鳴をあげた。
緑色の肌の禍々しい巨人が長い槍のような物を持って立っていたからだ。
(まさか、本当に魔王軍なの)
「魔王様、いかがですか」
緑色の巨人の後ろから、不気味な白い仮面をつけ、黒いローブを着て、フードで頭を隠している存在が出てきた。
「よくやった」
(あれが、魔王なの?)
「女はどうしますか」
「女はお前たちの好きにしてよい」
「御意」
「そういうことだ。お楽しみだな」
ミントの腕をつかんでいる男が臭い息を吐きかけるようにして言った。
(いやああああ。誰か助けて)
子供たちは泣いていなかった。恐怖のあまり固まっているのだ。
「子供たちをどうするつもりですか」
絞り出すようにして言った。
「食うのさ。力をつけるためにな」
そういうと魔王は高笑いをした。
ミントは足元が冷たくなって、目の前が暗くなってきた。
このまま倒れてしまいそうだった。
その時、聞き覚えのある声が耳に響いた。
「今、助けるぞ!」
(プラトー? プラトーなの)
幻聴かと思った。
だが振り返るとプラトーが刀を抜いて立っていた。
「邪魔が入ったようだな。だが、見たところたった1人じゃないか。魔王と魔王軍相手に、そんな華奢な剣でどう闘う」
「俺は子供たちとミントを守る」
「ほう、威勢がいいな。だが、それもあとわずかだ。お前は死ぬ」
「死は覚悟している。だが、命ある限り愛する人を守る」
「愛だと。とんだ茶番だ」
魔王がせせら笑った。
ミントは泣きそうになった。
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