53 イチゴ農園のミント(前編)
「じゃあ、行ってくる」
プラトーはミントの瞳を見つめながらそう言った。
ミントはこのままプラトーが自分のことをきつく抱きしめてくれたらと思った。このところプラトーが受ける任務は危険なものばかりだった。
今回も国をまたがる巨大シンジゲートの人身売買の摘発だった。軍隊並の組織力を持つ犯罪組織との戦闘になるはずだ。無事にまた帰ってこられる保証はない。だからこそ、見送る時に、ぎゅっと抱いてもらいたかった。
でもプラトーはミントに指一本触れることもなく行ってしまった。
「あっ、ミント姉ちゃん、またため息ついている」
ケンがミントを見上げて言った。
「プラトーが行っちゃったから、寂しいんだ?」
「ミント姉ちゃんは、プラトーが好きなんだ」
「もう、何言ってるのよ」
「あっ、ミント姉ちゃんが赤くなった」
「大人をからかわないで!」
ミントは頬をふくらませて、怒った顔をした。
「おやつができたよ」
アレクが皿を持って出てきた。
「アレク、今日は何?」
「ホットケーキだよ。ミントさんからもらったベリーで作ったジャムとフレッシュなイチゴをたっぷりとのせている」
「「「わあー」」」
子どもたちはテーブルに駆けて行った。そして、皿を奪い遭うようにしてホットケーキを食べはじめた。
「ミントさんもどうぞ」
「ありがとう、アレク」
一切れ口に運んで驚いた。
「美味しい」
自分の農園で作ったベリーがこんなにも美味しくアレンジできるのかと感嘆した。
「このジャムが最高ね」
「ミントさんのベリーがいいからですよ」
アレクは、本当によく出来た子だった。
成人しているからもう青年なのだろうが、まだ少年の面影を残していた。
穏やかで謙遜してでしゃばらず、それでいて料理は若いのにベテランのコックが出すようなものばかりだった。
「プラトーは、いい人を見つけたわ」
「そんなことないですよ」
「うんうん、今まではプラトーが任務中は、ほとんど食堂を開けることができなかった。だけど今は、こうして、こんな素晴らしいスイーツまで子供たちに食べさせることができるなんて……」
すると、後ろから言い争う声がした。
「どうしたの」
ミントが行ってみるとケンとチャーリが喧嘩をしていた。
「何をやってるの」
2人を引き離した。
「こいつがボクを嘘つきだって言うからだ」
ケンが顔を赤くして言った。
「どういうこと?」
「ケンがまた自分の父は立派な兵士で国を守るために遠征中だって自慢するからだよ。いいかげん、そんなウソをつくのはやめろと言っただけだ」
「ウソじゃない!」
「ただの飲んだくれで、お前を捨てて出ていったんだろう」
「違う」
「近所の人も、お前の母ちゃんの雇い主の農場主も、みんなそう言っているぞ」
「嘘つきはそいつらだ」
ケンがチャーリにつかみかかった。
「もう、やめなさい!」
ミントはケンをつかんだ。
「アレク、チャーリを抑えて」
「はい」
アレクがチャーリをケンから引き剥がした。
「来なさい」
ミントはケンの手を引いて外に連れ出した。そのまま近くの川辺まで連れて行った。
ケンは下を見てふてくされたままだった。
「ケンカしたらダメじゃない」
「だって、あいつがボクの父ちゃんのことをひどく言うから……」
ミントは困った。
ケンの家は母子家庭だ。
ケンの父親が責任を放棄して出て行ったのは、この辺りに住む者なら誰でも知っていた。
長い沈黙が続いた。
「ミント姉ちゃん、ごめん。本当はボクも分かっているんだ。母ちゃんがウソをついているの。父ちゃんがボクが小さい頃に、酒を飲んで捨て台詞を吐いて家を出ていったのも覚えている」
「じゃあ、どうして……?」
「母ちゃんが、可哀想だからだよ」
「どういうこと」
「母ちゃんは、ボクのためにウソをついているんだ。ダメな父親を持ち、そのダメな父親にすら捨てられた子供という負い目をもたせないためにね」
ミントはまだ小さいケンがそんな大人びたことを考えていたと知って驚いた。
「それに、母ちゃんは自分に言い聞かせているみたいなんだ。父ちゃんは立派な兵士で、今は遠征しているだけで、いつか、必ず帰ってきてくれて、生活が楽になるって……だから……」
ケンは泣き出した。
ミントはケンを抱きしめた。そして頭を撫でた。
「分かったわ。分かったからもう泣かないで」
「ミント姉ちゃん――」
ケンはワア―と泣いた。
「大丈夫ですか」
気がつくと後ろにアレクがいた。
「チャーリ君にはよく言い聞かせました。自分が悪かったと認めて、ケン君に謝りたいと言っています」
ケンが泣き止んだ。
「チャーリが謝る?」
「そうです。さあ仲直りしましょう。追加のホットケーキも焼きますよ」
アレクがケンを子供食堂に連れて行った。
(アレクは、本当に何でもできちゃうのね)
ミントは、立ち上がった。
(そろそろ農園に行って仕事をしないと)
子供食堂に戻ると、子どもたちは仲良く遊んでいた。
「アレク、私は農園に戻るわね」
「はい」
「それから夕食のお野菜を後で届けるから」
「もし、よかったら自分が取りに行きます」
「いいの?」
「子どもたちにはホットケーキをふるまったばかりですから、夕食まで時間があります。それに食材の野菜が無いと夕食を作れませんから自分が取りに行きます」
「なら、お願いしようかしら」
「はい」
「実は、野菜はこれから収穫するの。もしよかったら、それも手伝ってもらえるかしら」
「喜んで」
ミントはアレクを連れて農園に戻った。
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