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50 子供食堂



「ここだ」


 アレクが連れて行かれたのは町外れの一軒家だった。


「ここですか?」


 看板も何もなく、何の変哲もない民家にしか見えなかった。


「まあ、入れよ」


 プラトーは鍵のかかっていないドアを開けると、アレクに入るようにうながした。


「おかえりなさい」


 子供たちが出迎えた。


「お腹空いた――」


「待ってろ、今、何か作るからな」


 子供たちは5人いた。


「プラトーさんのお子さんですか?」


「いや。俺の子じゃない。近所の子どもたちだ」


 アレクには話が見えなかった。


「遊びに来ているのですか?」


「ここが俺の食堂だ。近所の子供たちに無償で食事を提供している。この界隈の人たちは『子供食堂』と呼んでいる」


「無償で食事を出している? この子たちは孤児ですか?」

 

「いや違う。孤児なら孤児院が面倒をみてくれる。だが親がいる子は親が食事を用意してくれないと誰も面倒をみてくれない。だから俺が食堂を開いている」


「親が食事を出してくれないんですか?」


「アレクは旅人だったな」


「はい」


「この国には?」


「最近来たばかりです」


「その前は?」


「王国で生まれ育ちました」


「なら分からないかもしれない。この国は自由な国だ。民が主役だ。だから自由に恋愛も結婚もできるし、土地に縛られることもない。それだけに、離婚やシングルマザーも多いんだ。それに自由経済だから自分で稼がないとならない。両親が揃っていても共働きで忙しい家庭もある」


「でも、この国は世界一豊かな国ですよね」


「そのとおりだ。でも、その分貧富の差も大きいし、競争も厳しい」


「そうだったんですか」


 アレクは自由と平等と豊かさの裏にある陰を見た気がした。


「だから親が早朝から働きに出て深夜に帰ってくる家庭の子供たちに昼飯や晩ごはん、そして居場所を提供しているんだ」


 アレクは居間にいる子供たちを見た。


 一緒になってお絵描きをしたり、積み木をしたりして仲良く遊んでいた。


「お金はどうしているんですか。親からもらっているんですか?」


 プラトーは首を振った。


「そんな余裕の無い家庭の子どもたちだ。俺が自腹でやっている」


「その費用はどうやって?」


「俺はもとから傭兵だ。今も臨時雇いのミッションをこなしている。その報酬で子供食堂をやっている」


 いくら傭兵の給料が良くても、こんな育ち盛りの子供たちを何人も面倒をみたら大変だろうと思った。


「アレク、俺がミッションを遂行している間、この食堂で子どもたちに食事を提供して欲しい。今まではミッション中は食堂を閉めていた。それでは子供たちがひもじい思いをしてしまう」


「ねぇ、プラトー、その人は誰?」


 黒髪にクリクリとした目をした男の子が寄ってきて訊いた。


「アレクだよ」


 少年がアレクの方を向いた。


「アレク、よろしく。僕はケンだ」


「ケンは母親と2人暮らしだ。母親は農家に勤めているが、朝から晩まで重労働で子供の面倒をみる暇がないんだ」


「ボクのママは、メトロポリスで女優をしていたんだ。とっても美人なんだよ」


 自慢げにケンが言った。


「パパはプラトーと同じ兵士さんなんだって。今、ボクたちのために遠くで戦っているんだ。ママはボクのために騒がしい都会から自然がたくさんあるこの町に引っ越したんだって」


 ケンが目をキラキラさせて言った。


 アレクはケンの話を聞いてせつなくなった。多分、本当はケンが思っているのとは少し違うのであろう。ケンの母は自由の国の都会に出てきたが夢がやぶれ、妊娠もしていて、1人でこの農村地帯に身を寄せたであろうことは容易に想像がついた。


「あら、お客さん?」


 玄関から若い女性の声がした。


「ミントか」


 プラトーの表情が柔らかくなった。


「お野菜、持ってきたわよ」


 女性はカゴに野菜を山盛りにして、かかえていた。


 肩まであるストレートの髪は紫がかったピンク色で、肌は白く、目は青く、整った顔立ちをしていた。


「近くの農園主のミントだ」


 プラトーがアレクに紹介した。


「はじめまして。アレクといいます」


「アレクさんは何をしている人? 傭兵には見えないけど」


「料理人です」


「まあ?!」


「実はミッションに出ている間、この食堂を任すことはできないかをお願いしていたんだ」


「そうだったの。なら、私からもお願いするわ。私がもっと手伝えればいいのだけど、親から引き継いだ農園を1人でやっているので、こうして食材を提供することくらいしかできないの。アレクさん、よかったら彼を手伝ってあげて」


「申し訳ないが、給料を支払う余裕はないが、寝る場所と食事は保証する。ここを自由に使っていい。その条件で良ければ次のミッションの間だけでもいいから手伝ってもらえないか」


「新しいミッションが入ったの?」


 ミントがプラトーに訊いた。


「ああ。最近、問題になっている人身売買を行っているシンジケートの調査と討伐だ」


「まあ」


「アレクはまだこの国の事情に詳しくないと思うが、女性や子供を誘拐して他国に連れて行って売る組織が問題になっているんだ」


「そうでしたか」


「ねぇ、プラトー、いつまでお話しているの? お腹空いたよ」


 ケンがひもじそうな声で言った。


 アレクはケンを【鑑定】した。


(好物はトマトと卵料理か。よし、決めた)


「すぐに、美味しいものを作るよ」


 アレクがケンに答えた。


「えっ。お兄ちゃんがどうして?」


「僕が新しい料理人だからさ」


「アレク! いいのか?」


「はい」


 そう言うとアレクはミントから野菜が入ったカゴを受取り、キッチンへと向かった。



 20分後、食卓にみんな座っていた。ミントも一緒だった。


「「「「いただきまーす」」」」


 子供たちの声が響いた。


「うまー」


「おいしー」


 子供たちはスプーンでご飯をかき込むようにして食べた。


 ミントが一口食べた。


「美味しいわ。すごい。シンプルな材料で、しかも短時間でこんな料理を作るなんて……」


 アレクのことを見て驚いた顔をした。


「おかわり!!」


 あっという間に自分の皿をたいらげたケンが叫んだ。


 アレクはおかわりの分も予想して多めに作っておいたので、すぐにケンにおかわりを用意した。


 アレクはケンの好物を鑑定したので、まず、炊いてあって冷たくなったご飯を、トマトとみじん切りにしたタマネギを入れて油で炒めた。そのトマト炒めご飯の上に、溶いて焼いた卵をかぶせ乗せたのだ。


「ありがとう。君はすごい料理人だ」


「お兄ちゃん、だいすき。ずっといてね」


 小さい女の子が赤い米粒を頬につけながら、たどたどしい言葉でアレクにそう言った。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「アナービー様!!」


 舎弟のゴブオが、急いで追いかけて来た。


 ゴブリンロードでアナービーの倍近い身長があるくせに、動作が鈍く、オツムの方も弱いやつだった。


「どこまで行かれるんですか」


「そんなの知るか」


 帝国で人間の子供を狩っていたところ、変な奴に邪魔されて、スチールケロベロスとシービングキャットを失い、結局、子供は1人も連れて来ることが出来なかった。


 手ぶらで魔宮殿に戻ると、小うるさいデーモンにこっぴどく怒られた。


「主様の配下に無能な者はいらぬ、去れ」と言われて追放されてしまった。


 しかたなく、前から舎弟として飼いならしていた少し頭の弱いゴブオを連れ、あてもなくさまよっているところだった。


(最近、人間の奴らは魔物狩りに本腰を入れてきた。注意しないとな)


 追放されたものの、魔物の世界は完全成果主義だ。今からでも主様の復活に寄与すれば、復帰することは可能だ。


(まずは、子供の血だ。主様に大量の活きのいい子供の血を献上できれば、追放も解けるはずだ)


 だが、前回、シービングキャットとスチールケロベロスの小隊を率いてあの始末だ。人間はあなどれない。体がでかいだけの張り子のトラのゴブリンロードのゴブオと自分だけではこころもとない。


(よし、人間を利用するか)


 アナービーは悪知恵を巡らせた。


(ここは、少し恐れ多いが復活した主様になりすまし、魔王を名乗ろう。そしてオレ様に協力したら、人間を征服した後は人間のトップに置いてやると騙してやろう)


 アナービーは狐の素顔を晒すと正体がバレると思い、仮面をかぶり、長いマントに身をつつむことにした。


 池の水面に映った自分の姿を見た。


 不気味な仮面とマント姿の自分は魔王に見えなくもなかった。


「よし、ゴブオ、いくぞ」


「どこへですか」


「人のいるところだよ。都会は人が多すぎるから、まずは農村地帯で、人間を騙して協力させ、子供をさらう」


「分かりやした」


 アナービーたちは帝国の魔物討伐専門部隊に追われ、逃げるようにして高い山脈を越えて帝国の隣国に来ていた。アメリア共和国という国だ。


「ここからオレたちの復活劇の始まりだ」


 アナービーは仮面にマントの偽魔王姿でアメリア共和国の穀倉地帯へと歩みを進めた。





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