4 就活と襲来
日が昇りきった頃に町に着いた。
(暗黒の森の中で暮らすのは危険だ。だが町で暮らすには金がかかる。どうしたものか)
アレクはサーマル帝国の辺境の町のメインストリートを歩きながら考えていた。
今まで衣食住はただ同然だった。森の中で調達することができた。
だが、町で暮らすには住む場所を確保しないとならないし、食事にも金がかかる。もともとアレクは公爵家の長男だから町で働いた経験もない。
(困ったな。どうしよう)
町のメインストリートには多くのレストランが軒を連ねているのが見えた。
(やっぱりスキルが『究極の料理人』だから、レストランでコックとして働くのがいいかな)
アレクは高級そうなレストランの扉を開けた。
「いらっしゃいませ」
ウエイトレスが愛想よく声をかけてきた。
「あのう」
ウエイトレスはアレクを見るなり顔をしかめた。
「何の用?」
ウエイトレスは冷たい口調で言った。
「仕事を探しています。このレストランの調理場で働くことはできませんか」
「支配人! 来てください」
「なんだ」
白いシャツに蝶ネクタイをしめて、黒いベストを着た男が出てきた。
「ホームレスが来て、調理場で働かせろと言っています」
(ホームレスだって?)
支配人もアレクを見るなり険しい顔をした。
「ホームレスではありません。料理人のスキル持ちです」
「料理人のスキルはめったに出ないスキルだ。そんなレアスキルをホームレスが持っているわけないだろう。この嘘つき! 出ていけ! ここはお前が来るとろではない」
「話だけでも聞いてください」
「出てゆかないと治安部隊を呼ぶぞ」
アレクは仕方なくレストランを出た。
そのあと2軒ほど他のレストランを回ったが同じような対応で叩きだされた。
アレクは広場の噴水のそばに行った。
噴水のある池の水に映る自分を見ると、髪と髭は伸び放題だった。この数ヶ月間は風呂にも入っておらず、着ているものは、狩った獣の皮で自分で作った服だった。
自分の臭いには慣れっこになっていたが、体臭だけでなく、獣を捌いた血なまぐさい臭いも服や体についているかもしれない。
(確かに、これじゃあ料理店で採用してもらえないな)
アレクは、まず公衆浴場に行ってきれいに体を洗った。次に床屋に行くと、髭は剃ってもらい、髪は短髪にした。さらに服屋に行った。
アレクは試着室の鏡の前で上から下まで自分の姿をみた。
(うん。これなら大丈夫だろう)
身なりを整えるのに結構お金がかかったが、燻製肉を売った代金がまだ残っていた。
アレクは改めて最初に断られたレストランに行った。
今度は裏の従業員の通用口から訪ねた。
「何の御用ですか」
さっきの支配人が出てきた。
「コックの募集はありませんか。私は料理人のスキル持ちです」
支配人はつま先から頭までアレクのことを眺め回した。
「どうぞ、中で話をしましょう」
アレクは中に通された。身なりを整えただけで、えらい違いようだった。それにアレクがさっき放り出した相手だと気がついていないようだった。
調理場を抜けて小さい事務室に案内された。
「おかけください」
「はい」
「料理人のスキル持ちというのは本当ですか」
「はい」
「教会に行って確認を取りますがいいですか」
「どうぞ。ただ……」
「なんですか。嘘なら、早く言った方がいいですよ。後からスキルの詐称が判明したら詐欺で訴えますからね」
「ただの料理人じゃないんです」
「どういうことですか」
「持っているスキルは『究極の料理人』です」
「言われている意味がわかりません。『究極の料理人』というスキルなんて聞いたことがありません」
「スキル開示式ではっきりと『究極の料理人』と言われました」
アレクは公爵家の生まれというところは伏せて、とりあえずこれまでのことを簡単に説明した。
「では本当に神官に『究極の料理人』と判定されたというのですね……。それで、修行はどこの店で積みましたか」
「修行? 店?」
「まさか、レストランで働いたことがないわけないですよね」
「ありません」
支配人は大きなため息をついた。
「ならば採用は難しいです。全く未経験のしかも『究極の料理人』のスキル持ちなんて、とてもウチの店では雇えません」
「どうしてです」
「面倒だからに決まっているでしょう。話を聞く限りでは、あなたは料理人としてはド素人なのに前代未聞の『究極の料理人』なんていうたいそうなスキルを持っている。そんな厄介者をわざわざ雇う店はありませんよ」
「そうですか」
「ですので、お引取りください」
「一つ訊いてもいいですか」
「なんです?」
「自分のような者が、雇ってもらうにはどうしたらいいでしょうか」
支配人はうかがうようにアレクの顔を見て、少し考えてから口を開いた。
「料理人ギルドの会員なら雇います」
「どうしてですか」
「信用が違います。料理人ギルドは国を越えて世界にまたがる大組織です。そこの会員なら絶大な信用があります」
「その料理人ギルドの会員になるにはどうしたらいいんですか」
「料理人ギルト認定店で一定期間修行をして、会員の推薦を得て試験を受け、合格した者だけがなれます」
「そんな条件……」
公爵家の跡取り息子に生まれ、生活のために働いたこともなければ、町で働くことを想定したこともなかったアレクは、店で修行を積むということのイメージがつかめなかった。
(その間、どうやって生活をしてゆくのだろう)
認定店で修行と聞いて顔を曇らせたアレクを見て支配人が突き放すように言った。
「料理店で働いたことが無いという育ちが良さそうなあなたには、まあ、推薦をもらえるところまで我慢するなんてまず無理でしょうな」
「お兄さん、これ食べない」
アレクが町の中央広場のベンチで座っていると、子供に声をかけられた。
「これは何だい」
「肉飯ボールだよ。炊いた米を丸く握ったものに、甘辛いタレに漬け込んだ焼肉を巻いたものだよ」
「どうしてこれを自分に?」
「なんだか元気がないからだよ。そういうときは美味しいものを食べれば元気になるって」
「これは……」
「僕が作ったんだ。あそこの屋台で売っている」
「それなら売り物かい」
「いや。あげるよ。作りすぎて売れ残ったたんだ。冷えると美味しくなくなるから、加減のいいうちに食べてもらいたくて」
「お金は払う。じゃあ、これを一つもらおう」
「いいの」
アレクは硬貨を取り出した。
「いくらだ」
「じゃあ、10ローネで」
「そんな金額でいいのか」
「売れ残りだから割引するよ」
「そうか」
アレクは肉飯ボールを受け取った。
10ローネを渡してもまだその子は帰らない。
「まだ何かあるのか?」
「いや、食べるところを見たくて」
「見てどうする」
「感想を聞きたい」
アレクがけげんな顔をしたのでその子は慌ててつけたした。
「その肉飯ボールは僕が発案して作った新作なんだ。だからお客さんの反応が見たくてね」
少し照れたようにその子は言った。
「名前は」
「だから肉飯ボール」
「そっちじゃなくて、お前の名だ」
「ジャンだ」
「僕はアレクだ」
アレクは肉飯ボールにかぶりついた。
最初に肉を炭火で焼いた香ばしさとタレの甘辛さが来る。その後、肉汁と米がよいハーモニーをかもしだして口の中に旨味が広がった。
「うまい」
アレクはそうつぶやいた。
「よかった」
ジャンは本当に嬉しそうな顔をした。
「そこの屋台で毎週木曜日にやっているから、よかったらまた来てよ」
「ああ」
ジャンは屋台の方に帰って行った。
アレクは残った肉飯ボールを平らげた。ジャンが言っていたことは本当だ。美味しいご飯を食べるとなんだか元気になった。
アレクは先のことを考えるのを止めて空を見上げた。
紺碧の空には雲一つなかった。
「キャー」
突然、後ろからつんざくような悲鳴が聞こえた。
振り向くと、足が6本ある巨大な猫のような生き物が子供をさらって逃げてゆこうとしていた。
(なんだ? 魔物か?)
アレクは【鑑定】を発動させた。
「『シービングキャット』ネコ科の魔物。盗みと逃走に長けている。6本の手足のうち、2本で盗んだものを抱え、残りの4本で駆ける。攻撃力も防御力も弱いが、敏捷性は高い。人間が食すことができる。味は見た目と異なり蛋白な味わいで鶏肉のささ身に似ている。捕獲の仕方としては、足が早いので逃げられないようにまず足の腱を切断するとよい」
(魔物か。でもこいつはそんなに強くない。要は逃げ足の早い泥棒猫と言ったところか。それに食えるのか!)
シービングキャットは何体も出てきた。
「魔物だ、魔物が出たぞ」
「こんな町中で、しかも昼間に魔物が出るなんて前代未聞だ」
「この70年間、魔物は出現していなかったのになぜ出てきたんだ」
6本の足をもつ巨大猫が駆け回るのを見て町の人が口々に叫んだ。
だが、シービングキャットは、そんな町の人をよそに次々と子供をさらってゆく。
「助けて」
ジャンの声だった。
ジャンがシービングキャットに捕まり、二本の足でしっかりと抱えられていた。そして泥棒猫は駆け始めた。
「誰か、助けて」
ジャンが足をばたつかせて、叫んだ。
アレクは反射的に立ち上がった。
みるみるうちにジャンをさらったシービングキャットが小さくなっていく。
アレクは【追跡】のスキルを発動させるとシービングキャットの後を追った。
【作者からのお願い】
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