48 ライザ
「これがその魔物の残骸です」
ライザは焦げたマンティスロードの鎌のような前肢の一部を見た。
家族が殺された時の情景がフラッシュバックした。
思わず失神しそうになり体がよろめいた。
「どうされました」
「大丈夫だ」
ライザはずっと家族を殺したマンティスロードを追っていた。
帝国北部から国境線の山脈を越えてこのアメリア共和国に入ったという情報は掴んでいた。
だが、国外にいる魔物には手が出せない。
それが、最近魔物の出現が多くなり、危機感を持ったアメリア共和国政府が、魔物専門の調査・討伐部隊を持つ帝国に協力を要請してきた。
対象がマンティスロードと聞き、ライザは帝国の司令官に頼み込んで、この出張に参加させてもらったのだ。
「それで、貴国のいかなる部隊が退治したのですか」
「それが……」
共和国の治安部隊の隊長が言葉を濁した。
「何かあるのですか?」
「誰もやっていないのです」
「どういうことですか」
「このマンティスロードは原形を留めないほどに焼かれた状態で発見されました。唯一形が残っていたのがこの前肢の鎌です」
「目撃者は?」
「誰もいません。数日前、この残骸をたまたま発見した者が通報したのですが、死んでから数週間は経過していると思われます」
状況はスチールケロベロスの時と同じだった。
(まさか、アレクが……)
「その頃に周辺で何か変わったことはなかったか」
「そうですねぇ、この化け物の残骸はカナルの町の外れで発見されましたが、ちょうどその頃にカナルの町長の娘の結婚披露宴を海賊が襲う事件が起きました」
「海賊が陸で、披露宴を襲ったのか?」
「はい」
陸に上がった海賊の話などどうでもよかった。ライザは隊長の話を聞き流そうとした。
「海賊に興味はない」
「ですが、この話も不思議なんです。フック船長率いる海賊団が全滅したんですが、それをやったのはたった1人の料理人だったらしいんですよ。信じられますか?」
ライザのこめかみが震えた。
「今、何と言った」
ライザの語気と表情に隊長は緊張した顔をした。
「何か失礼なことを申し上げたでしょうか」
「今、料理人と言わなかったか?」
「はい。料理人が海賊たちを倒したというんですよ。デマではないかと思っています」
「その、料理人の名は何という」
ライザは隊長に詰め寄った。
「ええと、待って下さい……。確か……。そうだ。アレク! アレクという名です」
「アレク……」
またしてもアレクだった。
そして今度はライザの長年の宿敵を倒してしまったのだ。
「どうしました」
放心状態のライザを心配そうに隊長が覗き込んだ。
「いや。何でもない。それより、そのアレクは今どこにいる」
「それが、消えてしまったんです」
「消えた?」
「海賊を征伐したその晩にいなくなったんです。でも町のゲートでも港でも誰も、アレクらしい人物が出てゆくところを見た者がいないんですよ」
(またか。またなのか。アレク……)
ライザはハルトと国境の町イブレスカに入った。
既に日が暮れていた。
夜中はゲートが閉まり国境を越えることはできないので、イブレスカで一泊することにした。
イブレスカは二度目だった。
「そう言えば、アレクがこの町では有名なキャバレーの歌手を助けたという噂があるな」
「はい」
「せっかくだからその店に行ってみるか」
「飲食代は調査の経費で出ますか?」
「まあいいだろう」
若いハルトは顔を輝かせた。
ライザはホステスが接客をする店に入るのは初めてだった。
舞台の近くのテーブルに案内された。
ホステスが横に座った。
「この店ではショーが見れるそうだな」
「はい。もうすぐ始まりますよ」
「歌手がいるだろ。名前はなんと言う」
「サラさんです。噂を聞き付けて来たんですか? 最近サラさんすごい人気なんですよ」
「ほお、話を聞かせてくれ」
「実はサラさん、奇病にかかっていたんですけど、よいお薬で治って復帰したんです。それからは何か吹っ切れたみたいで、歌がすごくよくなり、大評判になっているんです。昨日も首都から音楽雑誌の記者が取材に来ていたくらいなんですよ」
「そうだったのか」
「首都の劇場からスカウトの話もあるみたいなので、このアオ百合でサラさんの歌が聴けるのも、あとわずかかもしれません。今晩こちらに寄られたのは運がよかったですね」
「それで、そのサラと話をすることはできるのか」
「もうすぐステージなので今は無理ですけど、ステージの後なら、場内指名をすれば呼ぶことができます」
「場内指名?」
「料金を払って気に入った娘を席に呼ぶことですよ」
ハルトが嬉しそうに言った。
「詳しいな。お前、こういう店によく来ているのか?」
「え、あ、まあその……」
ハルトはしまったという顔をした。
「まあ、別にいい。ではその場内指名とやらを頼む」
ホステスがキャンドルを手にして高くかかげた。
「こちらのテーブルにサラさんの場内指名入りました」
テーブルに来た黒服にそう言った。
その後はショーだった。
サラという歌手の歌声はライザの胸にも響いた。
聴いていると故郷の帝国北部の雪景色が心に浮かんできた。
思わず涙が一筋頬を伝って落ちるのをハルトに気が付かれないようにそっと拭った。
ショーが終わると席にサラが来た。
「今日はご来店ありがとうございました。ご指名もいただき本当に感謝です」
「素晴らしい歌声だった。時に、訊くが、アレクという料理人に心当たりはあるか」
サラの笑顔が突然凍りついたようになった。
「心当たりがあるのだな」
「お客様とどういうご関係なのですか」
「まあ、少しばかり縁のある者とだけ言っておこう」
サラはいきなりライザに詰め寄るようにした。
「アレク様は、アレク様はどこにおられるのですか」
「な、なんだ」
「アレク様の居場所が分かるなら教えて下さい」
ライザは面食らった。
話を聞くと、サラはアレクのことを精霊神の使いかなにかと勘違いして崇拝しているようだった。
だが、肝心の魔物のことを訊くと、はぐらかして、何の情報も引き出せなかった。
聞けたのは、ただアレクが素晴らしいという言葉と、アレクに会いたいという思いだけだった。
黒服が時間だが延長するかと訊きに来たが、延長は断り、ライザとハルトは勘定を済ませるとアオ百合を出た。
ハルトと通りを歩きながら宿に向かった。
「隊長、まだアレクのことを追いかけるつもりですか」
「そのつもりだ」
「アレクは魔物の手先じゃないと思いますよ」
「……」
「もし魔物と何か関わり合いがあるとしたら、逆にアレクは魔物ハンターの方だと思います。何か事情があって立場や能力を隠しているようにしか思えません」
それはライザも気が付いていた。
「隊長、もう、やめませんか。アレクのことを追うのは。あいつは多分、イイ奴ですよ」
「いや。ダメだ。アレクのことを追う。帝国に戻ったら、司令官と皇帝陛下に謁見して、正式に許可をもらうつもりだ」
「でも、そんな――」
「勘違いするな。方針変更だ。アレクを捕まえて尋問したり処罰するのではない。我が帝国の魔物討伐の秘密兵器としてスカウトするのだ」
「えええ!?」
「私はアレクが欲しい」
そう言って、その言葉に含まれた別の自分の気持ちに気が付き、ライザは頬を赤らめた。
夜道だったのでハルトはライザが赤くなっていることには気が付いていないようだった。
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