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46 フック船長(後編)


「フロン、出ろ」


 処刑の時が来た。


 海に投げ落とされたら、死ぬしかないだろう。


 甲板に連れてゆかれた。


「これから、お前を処刑する。あの板を歩いて海に飛び込め」


(終わったな……)


「手を出せ」


(何だ?)


「その手錠は魔道具で高価なんだ。一緒に海底に持ってゆかれては困る」


 フロンは思わず笑い顔になるのを必死で抑えた。


「最後に祈りでも唱えるんだな」


「はい。そうします」


 魔法制御の手錠を外してもらいながら、そう言った。


 フロンが本当にブツブツと何かを唱え始めるのを聞くと「無駄なことだ」と船員が冷笑した。


 だが、フロンが唱えていたのは神への祈りではなかった。魔法の術式を構築するための詠唱だった。


 甲板から飛び込み台のように板が海に向けて張り出していた。


 その上を歩くように言われた。


「早くしろ」


 1人がサーベルを抜くと、フロンの尻を刺す真似をして、海に張り出した板を歩くように追い立てられた。


「こいつ、本当に神に祈っているぜ」


 詠唱を唱え続けているフロンを海軍の船員たちが笑った。


 だが、フロンを助けるのは神ではない。


 フロン自身のスキルだった。


 板の端に着いたところで術式が完成した。


 フロンの足元に魔法陣が出現した。


 同時にシールド魔法もかけておいた。


「な、なんだ。魔法陣だ」


「まずい。すぐに海に落とせ!」


 フロンを突き飛ばそうと男がした瞬間、フロンは垂直に上昇した。


「あれを撃ち落せ」


 海軍だけあって、すぐに武器が出てきて弓の攻撃が始まった。


 矢はシールドに阻まれた。


 矢に遅れて、魔法攻撃が来た。


 火炎の魔弾だ。


 それも効かない。


 フロンのシールドは物理攻撃と魔法攻撃の両方を遮断することができた。


 空中浮遊とシールド構築の魔法を発動するまでは時間がかかるが、この状態になれば無敵だ。


 フロンはてっきり自分のスキルのことをよく知っていて魔法制御の手錠をかけたまま海に沈められると思っていた。


 だが、魔法が使えれば海でも地上でも同じだった。


 むしろ海上の方が船という一点の場所に制約を受けず自由に飛び回れるので有利かもしれなかった。


「攻撃はもうそれで終わりか」


 海軍お抱えの魔術師や弓兵がフロンを見上げて、焦った顔をしている。


 船長を見た。


 険しい顔をしていた。


「船長、船ではお前が法律だったな。じゃあ、この状況では海上ではオレが法律だと言ってもいいのかな」


「ふざけるな!!」


「宣戦布告だ」


 フロンは落ち着いて攻撃魔法の詠唱を唱えた。


「逃げろ」


 甲板で船員の叫ぶ声がする。


「その狭い船の中でどこに逃げるつもりだ。船ごと沈むというのに」


「やめろ、救けてくれ」


「おいおい、さんざん人を差別して、牢屋にぶち込み、そして無慈悲にも処刑するつもりだったのに、戦況が逆転したら命乞いか? お前らそれでも武人か? 軍人か? 恥ずかしくないのか?」


「船を回せ」


 大型の帆船は機敏に動くことなどできない。


「無駄だ。空を飛べるオレから逃げることはできない」


 フロンは赤い魔法陣が出現した両手を下にある軍艦に向けた。


 火炎の魔法弾が射出された。


 上空からの攻撃になすすべもなく軍人たちが逃げ惑う。


 中央のマストが折れた。


 燃え盛る帆が甲板に広がる。


 船長が救命ボートを下ろしていた。


「船長というのは、船と運命を最後まで共にするんじゃなかったのか?」


「やめろ、来るな、化け物」


「化け物? そりゃないだろう。ただの魔法だ。精密に術式を構築しただけだ。学問と同じだよ。魔物と一緒にするな」


「ひいいいいい」


「そうやって理解できないものにレッテルを貼り、化け物扱いして排除するのはいいかげんによしてくれないか」


 フロンは雷撃系の魔法を使った。


 水ばかりの海での雷撃魔法は効果抜群だった。


 それにフロンは船長が下ろしたカッターボートを奪うつもりだったので、あえて火炎系ではなく電撃系を使い、船長や乗組員だけを感電させた。


 フロンは上空から、軍艦に火炎弾をダメ押しで撃ち込んだ。


 炎上する軍艦がゆっくりと船首を上に持ち上げ、船尾から沈んでいった。


 海上に残ったカッターボートにフロンは乗った。


(さて、これからどうしたものかな)


 冒険者パーティから追放されても社会の中で生きてはいける。酒場で暴れても、しばらくブタ箱に入るだけだ。


 だが、軍艦を沈めて大勢の軍人を殺したとなれば別だ。


 大罪を犯した犯罪者として追われ、捕まれば死刑は間違いない。


(仕方ない。開き直って海賊にでもなるか)


 それしか道はなかった。


 フロンは海賊になっても『あの村』の出身と陰口を言われるのは嫌だった。


 だから名前も変えた。新しい名前は童話に出てくる悪役の海賊である『フック船長』だ。


 一切の攻撃を遮断するシールドをまとい空中から攻撃してくるフック船長は、海上では無敵だった。


 仲間も増え、最強最悪の海賊としてその名をとどろかせたのである。




(どこだ?)


 フック船長はアレクの姿を探した。


 一瞬でアレクは消えた。


 庭のどこにもいない。


「ここだ」


 上から声がした。


「まさか」


 上を見上げた。


 アレクがフック船長の上に浮かんでいた。


「馬鹿な、オレと同じ魔法を、しかも無詠唱で使えるのか」


「お前と同じ魔法ではない」


 アレクが片手を向けた。


 氷の矢が降り注いできた。


「シールドがある。無駄だ」


「でも、その空中浮遊はマジックパワーをさぞかし消費するんだよな。いつまでもつかな」


 空中浮遊して、しかも豪雨のように氷結の矢を降り注げば多大なマジックパワーを消費するのはアレクも一緒なはずだ。先にマジックパワーが尽きて墜落するのはアレクの方だと思った。


 だが、攻撃はますます激しくなってきた。

 

 氷結の矢の次は火炎放射だ。


 氷に覆われたシールドが今度は真っ赤に加熱した。


 いくら物理攻撃と魔法攻撃を遮断すると言っても桁違いの攻撃にシールドが弱ってきた。


 シールドが弱ってきたというより、フック船長のマジックパワーが尽きてきたのだ。


(まずい。このままでは墜ちる)


 こんなことは一度も無かった。空中にさえ上がれば、圧倒的に有利のまま戦いは進み、短時間でケリはついた。


(おかしい。どうしてあいつは消耗しない)


 シールドが破れて氷の矢がフック船長の肩を貫いた。


「ああああああああああああ」


 フック船長の魔法制御力が乱れた。


(しまった)


 魔法陣が歪み、高度が下がる。


「ぐあああああ」


 氷の矢がもう一本刺さった。


 フック船長は墜落した。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 アレクはフック船長が垂直上昇するのと同時に背後に周り、スキルで空に上がった。


 最初は両手を使わないと空には上がれなかったが、使っているうちに片手でもできるようになった。


 単にスキルを使いこなせるようになったというだけでなく、最初の頃よりも数段パワーがアップしたような気がする。


 アレクはフック船長の上に上った。


 フック船長は下を見てアレクのことを探していた。


(この状態は好都合だ)


 さっきまでは氷結の矢や火炎弾を撃てば人質に当たる可能性があった。


 しかし、今は空中でしかもフック船長の上だ。しかも、真下には幸いなことに誰もいない。


 アレクは攻撃を開始した。


 フック船長はさらに上昇したり横に動いたりしてアレクの氷結の矢や火炎攻撃を避けようとしたが、アレクも一緒に上昇したり移動し逃さなかった。


 しかも、シールドで受けてくれているので、下の人質に流れ弾が当たる心配も無かった。


 アレクはひたすら空いている方の片手で、氷結の矢や火炎を打ち込み続けた。


 アレクのこのスキルはどうやら自然の力が体に流入してきて発現するようで、体内の生体エネルギーの一種となったマジックパワーの消費とは異なるので、いくらでも射出や放射が可能だった。


 どのくらいの時間、氷と炎を射出し続けただろうか。


 ついにシールドが破れた。


 生身の体にアレクの攻撃が当たるようになると、あっけなく数発でフック船長は墜落した。


 マジックパワーをほとんど消費し、深手を負ったフック船長の横にアレクは下りた。


「オレの負けだ。だが、オレと同じように追放されたお前に負けたのなら本望だ」


「あなたも追放されたんですか」


「ああ、この特殊な魔法のスキルゆえにな」


 アレクは返す言葉が無かった。


「もっと早くお前に出会っていればな……」


「どういうことです」


「いや、何でも無い。お前のメシは美味かった。仲間にしたかったというのは本心だ」


 フック船長が目を閉じた。


 さっきまで縛られていた警備員たちがレイラに縄を解いてもらい駆けつけてきた。


「よし、こいつを捕まえろ」


「誰か、魔法制御の手錠をもってこい」


 警備員たちが慌ただしく戦闘不能状態の海賊たちを縛り上げていった。


「アレクさん」


 町長のロスベルトだった。


「この度は本当にありがとうございました。アレクさんのお陰で命が助かりました」


「まだ終わっていません」


「どういうことですか」


「こいつらを屋敷に入れた張本人がいます」


 ロスベルトがハッとした顔をした。


「そうでした。アーノルドですね」


 アレクは【索敵】を使った。


「ゴミ箱だ。アーノルドはこの宴会で出る大量のゴミを一時的に収納するために庭の奥に置いてあるゴミ箱の中に隠れている」


「分かりました」


 警備員たちが庭にある大きなゴミを収納するための木箱に向かって駆けて行った。




【作者からのお願い】


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